第76話 逃げない

 助けに来たタケル達を裏切り、逃げたリスティ達は山の方角へ向かった。


「リスティ様、大丈夫ですか? 走って疲れたのでは」

 マオが心配そうにリスティを気遣う。

「大丈夫よ。ここまで離れたらもうドラゴンも追ってこないでしょう」

 リスティは立ち止まり、大げさに息を吐いた。


「リスティ様、さすがの判断です。あのドラゴンを倒すのは不可能でした」

 ベインはリスティよりも大げさな身振りで彼女を称賛して見せた。

「そうでしょう? あの時逃げる判断をしなければ、みんな全滅していたかもしれないわ。私、みんなを守りたくて必死だったのよ」

「リスティ様、ありがとうございます!」

「リスティ様のおかげです」

 仲間達はそれぞれリスティを称えた。リスティは満足気な顔で彼らを見つめる。


「あいつらが来てくれて助かったよ。まさに救いの神だな!」

 マティアスは嬉しそうだ。

「ナナセもたまには役に立つんだな。ただのトロいメイジだと思ってたぜ」

 ゼットが声を張り上げると、周囲から笑い声が上がった。


 レオンハルトは彼らから少し離れた場所にいた。自分が過去に起こした罪のことを突っ込まれない為だ。だがレオンハルトは、ずっと他の仲間達から冷ややかな視線を浴び続けていた。


「リスティ様。もう帰りましょう。戦果は十分ですし、また次の機会に来ればいいでしょう」

 マオはリスティに声をかけた。リスティは顎に手を当て、うーんと考え込む。

「……そうね、薬もだいぶ使ってしまったし、ここで引き上げる方がいいかもね」

「だったら、遠回りになるかもしれないがこっちから川沿いに進もう。別の橋が多分どこかにあるはずだ」

 ゼットは川の方角を指さす。仲間達は「そうしよう」「少し休んでから出発しよう」などと話し合っていたが、レンはドラゴンの所へ残してきたタケル達が気になるのか、走って来た方角を一人見つめていた。


「レン」

 彼の様子に気づいたリスティがそっとレンの手に触れた。

「……リスティ様。いや、仲間が助かったのは嬉しいんだが、彼らが……」

「レン?」

 リスティはもう一度彼の名を呼び、レンの瞳をじっと見つめた。

「あのドラゴンと戦ってはいけなかったのよ。彼らは私達よりも数が多いんだもの、きっと上手く切り抜けるわ。さあ、私達も急いでこのダンジョンを出なければ」

「……そうだな、あれだけ数がいればなんとかなるか……」

 納得した様子のレンの顔を見て、リスティはホッと顔を緩めた。



♢♢♢



 リスティ達に逃げられ、ドラゴンと共に残されたタケル達は、必死にドラゴンと戦っていた。

「リスティ達が逃げただとお!?」

 弓を放ち、後ずさりしながらタケルはナナセからの報告を聞いていた。


「あんな連中、助けなければ良かった」

「ああ! 俺も同じだ! ブラックが何て言おうと知るか、俺達だけで帰るぞ!」

 怒りのあまり暴言を吐くナナセと、それを咎めるでもなく同調するタケル。二人の気持ちは同じだ。


「あークソッ、また外した」

 タケルは舌打ちをした。珍しく弓の的を外したタケルには動揺が見て取れる。

「さっきよりマシだけど、やっぱりまだ重いな。ドラゴンが瞬間移動したりするのきついわ。弓が使いもんにならねえ」

「タケルさん、このままドラゴンと戦うんですか?」

 ナナセも様々な魔術をドラゴンに当ててみる。麻痺や毒などは全く効かないようだ。攻撃魔術で少しずつ、ドラゴンの体力を削るしかないようだ。。


「狙いが定まらない……」

 ナナセもあまりの戦いにくさに弱音を吐く。

「いけるかと思ったけど、体力が減ってる感じがないんだよな」

「ひょっとして、体力が設定されてない……とか?」

「いや、それはねえと思うけど……ドラゴンに攻撃が上手く当たってねえのかもな」


 ナナセもタケルも、どうしたらいいか悩んでいた。ドラゴンの攻撃は重いが、ヒーラーと盾の協力でなんとかしのげる。問題はドラゴンの動きが不安定なことだ。突然ドラゴンの動きが止まったかと思いきや、急に動き出す。そして仲間の一人がいつ攻撃を受けたかも分からずに倒れているのだ。


「多分、俺達が一か所に集まり過ぎて、ドラゴンの動きがおかしくなってると思うんだよな。うーん、あれしか方法はないか? ……でもな……」

 タケルは何やら独り言を呟いている。

「方法があるんですか?」

「危険だけど、ある。やるしかねえな」

 意を決したタケルは、ツバサに声をかけた。


「ツバサ! 少しだけここに残して残りは後退しよう!」

「はあ? どういうこと?」

 魔術を唱えながらツバサは怒鳴るような声でタケルに返した。

「ここに全員が集まるとドラゴンの動きがおかしくなる。数を減らした方がいい」

「ちょ、ちょっとまってよ。そんなことしたら残った奴らは? すぐ倒れちゃうよ!」

「盾とヒーラーは残す。こいつはデカいけどデブだから動きは遅い。数発なら攻撃は耐えられるはずだ。その間にアタッカーを入れ替えるんだ」

「……分かったよ。何だか分からないけどやってみる」

 不安そうな顔を浮かべながらも、すぐにツバサは動き出した。




 全員がドラゴンを取り囲むように攻撃をしていたが、ツバサとタケルの指示で前衛の盾役とヒーラーは殆どが残り、一部のアタッカーを残して他はドラゴンから離れた。すると前線で戦っていたパーティでは、重さが少し軽減し、先ほどよりも動きやすくなった。

「おお! さっきより体が軽いぞ! ドラゴンも消えなくなった!」

「これならやれるかも!」

 喜ぶメンバー達だったが、ドラゴンの強さに変わりはない。ドラゴンの強烈な噛みつき攻撃で、あっという間に盾役の剣士が一人倒れた。それでもすぐにヒーラーは剣士を回復させる。動きやすくなったので、倒れた仲間をすぐに回復させられるようになった。


 ナナセは合図を待ち、タケルの指示で飛び出した。ヴィヴィアン達「メイジーズ」と息を合わせ、同時に「爆破魔術」をドラゴンに放った。爆破魔術は高額な魔術書を購入しないと習得できない。以前ナナセがハリシュベルでカエルの魔物と戦った時、他のメイジが使用していたものだ。ナナセ達はあの強力な魔術に憧れ、お金を貯めて爆破魔術を習得していた。


 爆破魔術の効果は抜群だった。魔術はドラゴンの翼に刺さり、爆発して翼を破壊するという強力なものだ。ドラゴンの怒りの咆哮が地面を揺らす。転びそうになりながら、急いでナナセ達はその場を離れる。それと交代で今度はタケルを筆頭にアーチャー達がやってきて一斉に弓を引き絞る。


 タケルがその場で考えた作戦だったが、それはみんなの想像よりも上手くいった。ドラゴンの不安定な挙動はその後も彼らを惑わせたが、徐々に慣れてきてミスが減って来た。さすが腕自慢の冒険者が集まるだけあると、ナナセは感心していた。

 みんな総力戦だった。全ての力を使い果たし、ようやくドラゴンは悲鳴のような轟音を上げながら倒れ、黒い塵のようなものに変わっていった。


「倒した……」

 タケルはその場に呆然と立ち尽くしていた。

「やった、やったぞ!」

 全員が疲労困憊で、すぐに反応できなかった。だが徐々に喜びが仲間達に伝わると、興奮が彼らの中に駆け巡った。


「やった、倒せたよ! ルイン」

「凄いよ、あのドラゴンを倒せたなんて!」

 ナナセとルインは抱き合って喜んだ。そこにヴィヴィアン達も「やったー!」と叫びながら飛び込んでくる。


 その場にいた全員が、同じ感情を味わっていた。力を合わせ、協力しあい、強大な魔物を倒したのだ。




「凄いな、大量のブラッドストーン……どれも大きいし品質も上等だ」

 フォルカーはドラゴンが消えた後に残された大量のブラッドストーンの山を前に圧倒されていた。一つ一つが手のひらサイズで大きさも規格外だ。

「落とし物も凄いぜ!」

 タケルがブラッドストーンの山をかき分け、落とし物を見つけ出し歓声を上げる。落とし物の数も多い。他の仲間達も大きな牙や皮の一部、爪などの落とし物を次々と発見し、喜びの声を上げている。

「こりゃあ、分配も大変だなあ」

 ツバサは腰に手を当て、困ったようなそぶりを見せながらも、その顔には笑顔が浮かんでいる。


「ちゃちゃっとやっちまおう。ここに長居したくないからな」

 コーヒーゾンビのリーダー、ヤマケンは早速仲間に指示を出し落とし物を一か所にまとめた。ブラッドストーンは全員で分け、落とし物は抽選で決める。抽選の方法はムギンが使われる。希望者はムギンを操作してランダムな数字を出し、一番大きな数字を出した者が勝ちだ。こういうことはハイファミリー同盟で合同討伐をしていたコーヒーゾンビが慣れているので、タケルも他のメンバーもヤマケンに仕切らせることに異論はなかった。


 ナナセは残念ながら抽選には外れたが、ブラッドストーンは手に入れた。それでも十分な報酬である。これを冒険者ギルドに持っていけばシルと引き換えてくれるのだ。


 報酬を分け合ったあと、ナナセ達は来た道を戻ることになった。出発する頃には全員の体力も魔力も十分回復し、みんな意気揚々と橋を渡った。

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