第75話 間のドラゴン
リスティ率いる「調査団」は、ナナセ達が入るだいぶ前に、間の世界に入って探索をしていた。絶え間なく襲い掛かる魔物を倒しながら進み、体力の消耗も激しく、彼らはかなり疲れていた。
橋を渡った所で巨大なドラゴンが寝ていることに気づき、リスティ達はドラゴンに見つからないよう慌てて橋の下に逃げた。
ぐったりと座り込むレオンハルトはずっと不機嫌だった。ヒーラーとしてこき使われ、ろくに休憩もなく探索し続けたのだ。彼は疲労困憊だった。
「少し休ませてくれ……この状態でドラゴンと戦うのは無理だ」
「だらしないな。最近魔術の訓練なんかしてなかったんだろ?」
ゼットはフンと鼻で笑い、へたり込むレオンハルトを見下ろした。
「あんただって似たようなもんだろ? おい、ちゃんと報酬は分けてくれるんだよな? これでろくな稼ぎがないんじゃ来たかいがないぜ」
「心配するなよ。ブラッドストーンは大量だし、質もいいぜ。落とし物もそこそこ取れたしな。……ただ宝箱は期待外れだったな。まさか全部空だとはね」
ゼットと一緒にいるベインも頷く。
「宝箱は期待したんだけどなあ。リスティ様もがっかりしてたよ」
ゼット達は、少し離れた場所で「不敗の軍団」リーダーのレンと談笑しているリスティに目をやった。
一行が疲労困憊の中で、リスティだけは元気いっぱいだった。何故なら彼女だけ殆ど何もしていないからだ。
今日のリスティはさすがにいつものドレス姿ではなく、戦闘用のローブ姿だ。彼女のローブは最高級品のもので、三つ眼のドラゴンのうろこをフード部分に織り込んだもの。うろこ自体も非常に貴重で高価なものだ。ローブの中に着ているシャツもスカートも一級品。真っ白なブーツも輝きを放っている。
リスティはこちらも高級品のロッドを持っているが、回復役として活躍するのは、戦闘後に体力を消耗した仲間達に恩着せがましく魔術を使う時だけ。仲間達はそれでもリスティから直々に回復魔術をかけてもらう度に「ありがとうございます、リスティ様」「リスティ様に癒してもらえて、元気が出ます」などと言って喜んでいた。リスティはそんな彼らの喜ぶ顔を見て、ますます得意気な顔になっていた。
橋の下に逃げ込み休憩中の仲間達をよそに、リスティはレンと何やらこそこそと打ち合わせ中だ。
「あのドラゴン、何を落とすのか楽しみだわ」
「リスティ様、確かにあれはノヴァリス中どこにもいない希少な魔物だが、倒せる自信は正直言ってない。今日は下見のつもりだったから、俺達は二十四人しかいないんだ。今回はドラゴンには手を出さずに、他の中型の魔物を探す方がいいと思う。ドラゴンはまた次の機会に……」
「怖気づいたの? レン。仮にもハイファミリー同盟のボスだった男が? 情けないわね。ここまできてあのドラゴンを倒さないなんてありえないわ。私達が一番先にドラゴンを倒すの。そしてこのダンジョンは私達のものよ。見てよ、この落とし物の数々!」
笑いを堪えながら、リスティは自分のバッグにしまい込んだ魔物の落とし物を取り出して見せた。そこには魔物の目玉やら爪やら牙やら、小さい落とし物ばかりがぎっしりと入っていた。
「マオに持たせたものも含めて、全部売ればいくらになるかしら! 見たことのない魔物の落とし物ばかりよ。値段だって私達の好きにつけられるわ」
リスティは堪えられず、ふふっと笑い出した。つられるようにレンもにやりとほくそ笑む。
「確かに、この大きなダンジョンを先に攻略できるのは大きいな……帰って鑑定するのが楽しみだ。素材も俺達で独占できる」
「ね、楽しみでしょう? だからあのドラゴンも絶対に倒してね?」
リスティはにっこり微笑み、小首を傾げた。
「うーん……リスティ様のお願いなら……分かったよ、なんとかやってみよう」
「お願いね、向こうに帰ったらいよいよ『ノヴァリス国』の建国を宣言するつもりなの。その為には、私達がノヴァリスを治めるに相応しい強さがあるってことを証明しなきゃいけないの。分かってるわよね? レン」
「あ、ああ……分かってるよ、リスティ様」
レンは戸惑いながら頷いた。リスティは本気でノヴァリス島を自分のものにしようとしていた。彼女の言葉が冗談ではないことにようやく気付いたレンは、ひきつる笑顔をごまかす為に顔を撫でるふりをした。
♢♢♢
そして現在。リスティ達は混乱状態に陥っている。
「早く回復しろよレオンハルト!」
「やってるよ! 重くて体が動かねえんだよ!」
「また消えた! どうなってんだよこのドラゴン!」
「ああ! パラディンがまた倒れた!」
ドラゴンが目覚めると同時に、リスティ達も謎の重さに苦しめられることになった。
思うように動けない中、ドラゴンは姿が消えたり現れたりしながら強烈な攻撃を叩きこんでくる。盾を構えたつもりなのに間に合わない。魔術を詠唱しているはずなのに発動しない。仲間が突然消える。ドラゴンを前にリスティ達は手も足も出なかった。
リスティ達に同行していた守護団長ユージーンは、この日の為に新調した魔物狩り用の重鎧を身に着けていたが、既に魔物狩りから離れて数年が経つ彼が役に立つはずもない。殆ど何もできないまま、地面に情けない姿で倒れていた。
「どういうことなの。どうして思い通りに動けないの!?」
後ろで見ていたリスティにもさすがに焦りの表情が浮かぶ。
「リスティ様! 早くこっちに来てパラディンを復活させてくれ! 俺達だけじゃ手が回らない!」
レオンハルトがリスティに向かって叫ぶ。リスティは頭上を見上げた。そこには巨大なドラゴンの顔がある。ドーリアなど軽々と丸呑みできそうなほど大きな顔だ。
「だ、だめよ……私はこの場を動けない」
リスティは体が固まったようにその場から一歩も動けなかった。
「リスティ様!」
レオンハルトが怒りの表情で思わず怒鳴る。リスティは首を小さく振り、少しずつ後ずさった。
その時、タケル達がリスティ達の所に飛び込んできた。
「うわ、ひでえな……半壊してるじゃねえか」
タケルの目に飛び込んできたのは、パーティの盾役が倒れ、他の攻撃役も倒れ、ヒーラー達が必死に復活させようとしている彼らの姿だった。
パーティから少し離れた場所で、リスティは一人ぽつんと立っていた。
「すぐに彼らを復活させて、逃げよう」
言うが早いか、ツバサは倒れた冒険者の元へ走る。ウィザードも復活させる魔術を使える為、ルビィもヒーラーを手伝う。ルインも当然、倒れた者に駆け寄った。
「くそ……体が重くて言うこときかない……」
ツバサは顔を歪めながら必死に復活させようと魔術を使う。他のヒーラーやウィザード達も同様だ。タケル達のパーティは、回復させているヒーラー達を守るために盾を持ってドラゴンの前に立った。
「ドラゴンをここから引き離すぞ、手が空いてる奴は手伝ってくれ」
タケルは周囲に声をかけた。
「引き離す?」
ナナセはタケルの元に足を引きずりながらなんとかたどり着いた。
「うまく動けねえのは、恐らくこのドラゴンが元凶だ。少しでも距離を離せば、まともに動けるようになるかもしれねえ」
「それはそうかもしれないですけど、どうやって引き離すんです?」
「分かんねえけどやるしかねえだろ。おい、フォルカー! 一緒に来てくれ。こいつを向こうに連れて行きたい」
「はあ!?」
ヒーラー達を守るために盾になっていたフォルカーは、一瞬驚いたがすぐに理解したようで他の盾役にも声をかけた。
「ここに何人か残す。体力自慢の奴は俺と一緒に来てくれ」
「行きます!」
すぐに数人が声を上げ、フォルカーは他の盾役と一緒にドラゴンの気を引く。
「くっそお、体が重くて全然走れん!」
フォルカーは悲鳴に似た声を上げながら、ドラゴンに斬りかかる。他の盾役もなんとかドラゴンに剣を当て、ようやくフォルカー達をターゲットにしたドラゴンから逃げるように、彼らは一斉に走り出した。
「こっちだデブドラゴン! お前の敵は俺達だ!」
タケルも弓をドラゴンに放ちながら挑発し、ドラゴンをその場から引き離す為に走る。
一方、半壊したリスティ達を立て直させようとしていたヒーラーとウィザード達は、ようやくまともに回復魔術が使えるようになり、急いで倒れた者達を復活させていった。
倒れていた者の中には、ヒーラーのレオンハルトもいた。ルインはレオンハルトの隣で倒れていたパラディンに回復魔術を使った。するとルビィがルインに声を張り上げた。
「ルイン、パラディンよりも先にそこのヒーラーを回復させてくれる?」
「えっ? ヒーラーですか?」
ルインはきょとんとした。彼女の瞳にはレオンハルトが映っていないのだ。
「すぐそこにいるじゃないの」
ルビィはルインの様子を見て首を傾げる。ルインはルビィの表情を見て、すぐ近くに横たわっているのがレオンハルトだと気が付いた。
「すみません。ここにヒーラーが倒れているみたいですが、どうやらブラックリストの相手のようで、私には姿が見えないんです」
ルインはわざとらしく大声で周囲に聞こえるように言った。その声に驚いた他のヒーラーやリスティの仲間達が不思議そうな顔でレオンハルトを見た。
「ブラックリスト? その男、あなたに何かしたの?」
「被害者は私だけではないですけど、新人狩りをしていた犯人なんです。だから彼の回復は他の方にお願いします」
「……了解、そういうことなら私がやるわ」
ルビィは事情を察したのか、急いでレオンハルトに近づき彼を復活させた。
リスティの仲間達は、体を起こしたレオンハルトを奇異な目で見ていた。
「な、なんだよ。この女がデタラメを言ってるんだよ! おい、お前! なんでそんなことみんなの前で言うんだよ! 俺が何したって言うんだよ!」
レオンハルトは焦りながらルインに詰め寄る。だがルインは何も聞こえていないのか、涼しい顔で他の倒れた者を回復させていた。その二人の様子に、周囲の者達は眉をひそめながらひそひそと話している。
「おい! 無視すんなよ、お前……」
レオンハルトはルインの肩を掴もうと手を伸ばした。だがレオンハルトの手はルインの身体を勢いよく突き抜けてしまった。
「うわっ、ブラックリスト入りって本当だったんだ……」
「新人狩りだって。最低……」
「そう言えば前に噂で聞いたことがあるよ。あいつだったんだ」
リスティの仲間達はレオンハルトを見ながら聞こえるように話している。レオンハルトは顔を真っ赤にしながら、仲間達の視線から逃れるように顔を逸らした。
ナナセ達メイジは今の所、彼らの補助しかできることがない。ナナセ達は回復薬を配ったり、魔力回復薬をヒーラー達に飲ませたりしていた。
ナナセはこの状況でも遠くで一人ぼんやりしているリスティに怒鳴った。
「リスティ! みんなを回復させたら急いでここから逃げるよ!」
リスティはハッとした顔でナナセを見つめた。
「あのドラゴンはまともに戦える相手じゃないよ! あなたが言わないとみんな動かないんだから、あなたが指示して!」
ナナセはもう一度リスティに向かって怒鳴った。リスティはタケル達が引き付けているドラゴンを見上げ、決心したようにため息をついた。
「リスティ様……」
ようやく復活した仲間達がリスティをじっと見る。するとリスティはよく通る甲高い声で叫んだ。
「あなた達! すぐに逃げるわよ、急いで!」
良かった、とナナセがホッとしたその時だった。リスティはナナセに向かって意地の悪い笑顔を向けた。
「じゃあ、後はよろしくね、ナナセ」
「え?」
リスティはそう言い残すと、仲間達を先導するように橋の反対側へ走って逃げた。
「ちょっとリスティ、みんなで一緒に逃げないと! まだタケルさん達が戦ってるんだよ? 私達を置いていくつもり?」
ナナセの必死の呼びかけを無視し、リスティの仲間達は皆ニヤニヤしながら、リスティと一緒に橋と反対の山の方角へ走っていく。レオンハルトはナナセとルインを睨みながら口を開く。
「バーカ! 俺に恥をかかすからだ! ざまあみろ」
ナナセとルインに暴言を吐きながら去って行くレオンハルト。二人には姿が見えず、何を言われたのか分からない。だが他の仲間達はしっかり聞いている。
「なに、あの言い草!」
「なんなのあいつ!」
いきり立つヴィヴィアンやマカロンの表情を見て、ナナセとルインは自分達がレオンハルトから何か侮辱されたのだと悟った。
「信じらんない! 私達に助けてもらっておいて、礼もなしに先に逃げるなんて!」
ルビィは怒りで今にもリスティ達を追いかけそうになっていた。ルインはルビィを必死になだめる。
「ルビィさん、落ち着いてください。今はタケルさん達を助けに行きましょう」
ルビィはハッとして後ろを振り返る。そこには今まさにドラゴンと対峙している仲間達がいた。
「……もおー、腹立つ! あいつら帰ったらタダじゃおかないからね!」
叫びながらタケル達を助けに行くルビィ。ナナセ達も慌てて彼女に続き、タケル達を助けに向かった。
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