第10話 『不穏な影②』

「しっ、おっきい声出しちゃダメ」


 そう言うと天音ちゃんは険しい顔で私の口を押さえた。


「迂闊だった、もう少し手前なら撒くなりできたけど、家はもうすぐだし…」


「ど、どうしよう…」


「大丈夫、私が着いてるからやばかったら逃げて」


 急なことで頭が真っ白になった私を余所に天音ちゃんは気配のする方?に声を掛けた。


「あの!私たちに何か用ですか!」


 私たちが身構えていると、道の陰から1人の女の子が出てきた。私はその女の子に見覚えがあって思わず名前を呼んでしまう。


「真宮さん…?」


 真宮さん、私と同じクラスで隣の席の女の子。

 そんな人がなんでここに?まさか本当に真宮さんが私をつけていた人なの?


「………………」


 真宮さんはバツが悪そうな顔で俯いていた。

 気まずい空気がしばらく流れ、天音ちゃんが小声で私に耳打ちをしてきた。


「ねぇ、真宮さんって?」


「私のクラスで隣の席の人、でもなんで?」


 わけも分からないまま立ち尽くしていると痺れを切らしたように天音ちゃんが真宮さんに声を掛ける。


「えっと、真宮さん?なんでこんなことしたの?」


「………」


「…っ!黙ってたら分からないよ、恋歌すっごい怖い思いしてたんだよ?何かあるなら…」


「天音ちゃん!」


 このままだと喧嘩になっちゃいそうだったから天音ちゃんを制止した。


「でも…」


 天音ちゃんは不満げではあったけど、何かあったらすぐに言うということで真宮さんと2人で話すことに決めた。


「真宮さん、ごめんね?天音ちゃんには2人で話せるように離れててもらった、良かったら教えて欲しいな?」


 なるべく刺激しないように、優しく声を掛けると真宮さんは涙を流し始めた。


「……ごめんなさい、ごめんなさい」


「大丈夫、大丈夫だからゆっくり話してみて?」


「あの、何から話そう…えと、妹が恋歌さんのファンで…」


「うん」


 それから少しずつ真宮さんは私をつけていた理由を話してくれた。


 私のファンの妹さんが、ここ最近持病が悪化して入院していること、だいぶ危ない状態で何かしてあげようとしたら私のサインが欲しいと言われてたものの、サイン会は人見知りしすぎて難しくて、かと言って学校で話しかけるのも迷惑なんじゃないかと感じてできなかったこと。


「……それで私のこと、ううん、私に着いてきてたんだね」


「ごめんなさい…ごめんなさい、迷惑かけて、怖い思いさせてごめんなさい」


 弱々しく肩を震わせたまま、真宮さんは謝り続けていた。


「……気休めにもならないけど、辛かったよね?大切な妹さんのお願い、だもんね…そんなに謝らないで?」


「でも、私…篠崎さんに迷惑かけちゃって謝っても謝りきれない…」


「ほんとに、私はもう大丈夫だから深呼吸、しよ?」


「……はい」


 確かに真宮さんのやった事は悪いことだけれど、理由を聞いたら私は責めることは出来なかった。


 甘い、って思われるかもしれないけど、害意のある行動ではないし、こんなに反省してる人を私は責められない。


「落ち着いた?」


「はい」


「良かった、ねえ、何か持ってる?」


「え?……妹のお気に入りのハンカチしか…」


「じゃあそれにしたらいいかな?」


「えっ!?」


 私の提案に真宮さんは信じられないみたいに目を見開いて私の顔を覗く。

 無理もないよね、責められるようなことをしたんだから。


「ちゃんと反省してくれてるし、妹さんのためだもんね、私は妹はいないけど大切な人はいるから気持ちは分かるよ」


「……」


「だからね、これ、妹さんに渡してあげて?」


「……!ありがとう!ほんとにごめんなさい」


「もう、ごめんは沢山聞いたよ?妹さんのこと、また聞かせてね!」


 私も多分、天音ちゃんが真宮さんの妹さんみたいだったら同じようにしてしまうかもしれない。


 確かに真宮さんのやった事は悪いことだけど、それを否定はしたくない。

 どんな人でも大切な人のために「なにかしてあげたい」という気持ちは尊いものだから。


「ありがとう、なんだか篠崎さんが人気の女優さんな理由わかったかも」


「くすぐったいよぉ、帰り気をつけてね!」


 真宮さんを見送って私も天音ちゃんのところへ。天音ちゃんの顔を見ると、さっきまで深刻そうにしていた顔が安堵の表情になっていった。


「恋歌…!大丈夫だった?」


「うん、私は…真宮さんはもう大丈夫」


「……?よく分からないけど解決してよかった」


 天音ちゃんにはいっぱい心配かけたからなにか今度お礼しなきゃ、また新しいお菓子を渡そうかな。


「天音ちゃん」


「なに?」


「帰ろっか!」


「だね、気が気じゃなかったからお腹すいちゃった!」


「ごめんね、心配かけて?また今度新しいお菓子作ってあげるね」


「やった!」


 ***


「なるほどね〜、れんちゃんをつけてたのはクラスメイトの子だったと…」


「何はともあれ、ストーカー事件は解決…ということで何よりです」


「ご心配おかけしました」


「いや〜、いいんだよ!私たちもそういうのに危機感が足りなかったから教訓にしなきゃね」


 そう言うと莉珠さんは珠里さんと一緒に今後のことについて話し始めた。


「天音ちゃん、お待たせ」


「お疲れ様、な〜んかあっさりというかなんというかだったね」


「そうだね……」


「真宮さんの妹さんのこと、気になる?」


 あれから真宮さんは4日くらい学校を休んでいる。

 多分、妹さんのそばにいてあげてるんだと思う。心配してない、と言うと嘘になる。


「ごめんね、暗くなっちゃって」


「それはいいんだよ。恋歌優しいもん…けど」


「けど?」


「私のこともちゃ〜んと見てよ。じゃないと拗ねちゃうぞ?」


 ふふ、相変わらず天音ちゃんらしい。

 天音ちゃんに一番心配かけたんだもん、その分お返ししなきゃね。


「拗ねないでよ〜、言ってた新しいお菓子作ってきたから!」


「やり〜!おっ、これはなかなか美味しそうですなぁ!」

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百合営業じゃ終わらせない!(終わりたくない!) 甘恋 咲百合 @Amayomi

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