暗闇の道 

桐生文香

第1話 

 夜の山奥へと続く道路は寂しげだ。

 その道を一台の車が進んで行く。山奥の異界に吸い込まれていくようだ。


 「…俺たち、やっちまったな…。」

 「……。」

 静かすぎる車内で助手席の男が呟いた。運転席の男は返事もしない。


 車の中に重々しい沈黙が漂う。

 トランクに隠した存在のせいである。

 

 

 あれから何時間経っただろうか?

 あれからずっと焦りに支配されている。


 彼らはある男としょうもない口喧嘩をしていた。

 軽い揉み合いとなり、相手の男を突き飛ばしてしまった。

 男の額から血が流れた。

 男は意識を失った。

 

 …殺してしまった。


 彼らは焦った。

 さらに『どうしましたか?』と声がした。通りすがりの通行人に騒ぎが聞こえてしまったようだった。第三者が現場に近づいて来る。


 その時、対応し誤魔化したのが、今助手席に座る男の方である。

 現場から離れ、通行人がこちらへ来させまいと奮闘した。

 相手に怪訝に思われながらも、自然と口から出てくる嘘のおかげで何とか第三者を現場に入れない事に成功した。血を流す男を見られてしまう事を防いだ。

 おかげで時間が取られてしまった。

 


 現場に戻ると男は布でくるまれていた。

 今運転席に座る男がすでにそうしていた。

 二人は男の死体を車のトランクに詰め込んだ。車を山奥へと走らせた。

 死体を山奥の深い土の下に埋めるために。



 おかげで車の中は焦燥と静寂が漂っている。

 二人とも口が岩へと変化したのか無口となってしまった。偶に口を開けば普段と違った重たい声になってしまう。


 助手席の男は後悔とこれからの自身の行く末の心配で押しつぶされている。

 運転席の男の様子をチラリと見る。

 がっしりとした体格でも震えを感じさせる。そのせいか運転は普段から考えられない荒々しさだ。

 深く被った帽子で表情が見えないが、同じ気持ちなのだろう。助手席の男はそう考えた。


 (あれ……。)

 

 突然に違和感に包まれた。

 

 (あいつ…あんなに帽子を深く被っていたっけ?)

 

 トランクの中の男と揉めていた時は、運転席の男は浅く帽子を被っていたような気がする…。

 気がするだけで記憶がはっきりとしない。

 

 「おい…。」

 「何だ?」

 「いや…何でも…。」


 運転する男に尋ねようとしたが、躊躇してしまった。

 何故だか隣の男が怖くなった。理由は分からない。


 (あいつの声って…あんなんだっけ?) 

 新たな疑問が生まれる。

 今はいつもと違う状況なのだ。声がいつもと違うような気がするのはそのせいに違いない。自分だって自然と低い声となってしまっているではないか。

 助手席の男は確認せずに一人で勝手に納得した。


 全ては焦りのせいなんだ。

 隣の男の顔が分からないのも、声に違和感感じるのも、車の運転が荒っぽく感じるのも全て自身の勝手な思い込みに違いない…。


 (本当にあいつなのか?)

 

 隣の共犯者が疑えてくる。

 まさか、他の誰かと入れ替わっているのではないか…?


(そんなはずはない。)

 咄嗟に疑問を打ち消した。


 運転席を見る。顔は見えなくてもがっしりとした体格は変わってないのだから。

 ほっと溜息をついた。


 (俺たちが突き飛ばした男もあんな体格だったような…。)


 トランクに押し込めたはずの男も共犯者同様にがっしりとした体格だったような気がする。

 

 (まさか…そんなはずは…。)

 そんなはずはない。

 あの男は自分たちの手で殺してしまったのだから。

 額から流れる血もはっきりと見た。記憶に残っている。


 血はどれぐらい流れていたのだろうか?


 血は少しだけ流れていただけのような気がする。いや…流れる血はもっとあっただろうか…。

 

 例の男の死はちゃんと確認しただろうか?


 男が倒れてのを見て動揺し、ゆっくりと確認している余裕なんてなかったはずだ。

 もしも、あの男が事切れておらず、いつの間にか共犯者と入れ替わったとすると…。


 「……。」

 恐怖を覚えながら運転席を見つめる。

 

 相変わらず運転席では男の顔はよく見えず荒々しくハンドルを握っている。

 車の外からは枝がぶつかる度に乱暴な音が聞こえてくる。ガタガタとタイヤが揺れる。いつの間にか車は舗装されていない道を進んでいたようだ。

 外は真っ暗で何も見えない。


 (思い込みだ。思い込みだ。思い込みだ…。)

 必死に自分に言い聞かせた。


 入れ替わるとしたらいつなんだ。ずっと目の前の男を見ていたんだ。

 いや…そうじゃない…。


 騒ぎを聞きつけた通りすがりが現場までやって来そうになった時だ。

 自分は現場を見せまいと離れていたではないか。戻った時には死体はすでに布にくるまれていた。

 その時、どれくらいの時間が経っていただろうか?

 あの時、時間を確認している場合ではなかった。

 

 自分が離れている間に、例の男が息を吹き返し共犯者を返り討ちにしていた場合はありえないだろうか。

 服を取り換え、帽子まで奪ったとしたらどうだろうか。

 入れ替わりは可能ではないか…。


 (だとすると…。)

 顔をゆっくりと後ろの方へと向けた。

 トランクの中が見えるわけではないが、どうしても気になってしまう。

 

 入れ替わったとすると…。トランクの中の死体は…。

 

 (馬鹿馬鹿しい…。)

 人を殺してしまった恐怖心で変な妄想をしているんだ。

 証拠なんてない。自分勝手にあれこれと妄想しているんだ…。

 隣の男に話し掛け様子を観察すれば分かることだ。

 そう思うが、いざ隣の男に話し掛けようとすると口が金縛りにあったように動かないでいる。

 

 窓の外では周囲の木々は枝を伸ばして車を強引に掴み取ろうとしているかのようだ。

 車は乱暴に山の奥へ奥へと進んで行く。

 

 (それより…この車はどこまで行くのだろうか?帰り道はあるのだろうか?)



 

 

 

 

 


 

 

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暗闇の道  桐生文香 @kiryuhumi

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