第10話 野望

月曜日、達夫は会社を休んだ。有給も余ってるし、大きなプロジェクトも落ち着いたから、あっさり休みは承認された。そもそも、その辺りは緩い会社なのでいつでも休もうと思えば休める。


昨日の預言を当ててしまった達夫は冷静に考える時間が欲しかった。この先、俺はどうなってしまうのか。本当に預言者になれるのだろうか。これだけ注目を浴びているアカウントを、なんとか収益に結び付けたい。会社でヘラヘラと働くサラリーマンを辞めて一躍ネット界の王になるんだ。そこらのインチキ預言者とは違う、本物の預言者になって世界を救うのだ。バカげた考えだと思いながらも、大きな預言を2回も的中させた達夫は、自分の可能性に掛けてみたいと思い始めていた。


高梨首相の入院について。各局のニュース番組は報道している。病状についての正確な情報は報道されていないが、かなり重病のようだ。後任の名前もチラホラあがってきている。


『このまま総選挙になるのでは?いっそ解散して国民に審判してもらうのに良いタイミングですよ!』


この世の苦しみを全て背負っています、みたいな顔をしたゲストコメンテータが言う。CMの後、アイドルみたいな顔をした女性のアナウンサーに代わり、小さな情報コーナーが始まった。


『高梨首相の病状が心配ですね。さて、その首相の病気を預言した方がいます。ご存じですよね?山形の地震も預言したSNSで話題のアカウント。一体、誰があのアカウントを運営しているのか。取材してみました!』


達夫は全くの他人事のように感じた。取材の申し込みDM来てたよな、返してないけど。放送された内容は、達夫のアカウントを紹介し、エビフライだのカキフライだの焚き火の写真まで使われて、結局は引っ張るだけ引っ張って取材には答えてもらえませんでした。と、締めくくられた。


テレビを消して達夫はSNSのアプリを開いてみる。増え続けた”いいね”も落ち着いてきた。コメントを読む。


『また当てたよ、凄い』

『預言者っていたんだな』

『正体は誰なんだよ』


同じようなコメントばかり。とりあえず”いいね”を返しつつコメントを読んでいくと


『ひょっとして、預言者は政府の人間なんじゃね?この前の地震も人工地震に決まってる』


それに対して


『出た!陰謀論(笑)』


などと、達夫とは関係ないところで喧嘩のようなやり取りが始まってしまっていた。


「俺のアカウントが世界中で話題になっている。先月までフォロワー80人に満たなかった俺のアカウントが。気が付けばフォロワー5万人以上。みんなが俺に注目しているのだ」


仕事で出かけた靖子もいない一人のリビングで、大声で叫びたかった。実際は、小声でつぶやいただけだったが。


SNSも、ネットニュースも、テレビのニュースまで、達夫の預言の話で持ち切りだ。今までに味わあった事のない、この興奮。志望していた大学に合格したときよりも、憧れのスカイラインを手に入れて夜の首都高を走ったときよりも、大好きな靖子との結婚が決まったときよりも。世界中が俺に注目している。小さな会社でサラリーマンなんかやってる俺が、世界で注目されているのだ。みんなの期待に応えないといけない。


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預言者 イシイ @hirozo777

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