sorarion914

6号棟

 あの頃。


 僕は父親の転勤で、よく引越しをしていた。

 新しい環境に身を置いて、新しく友達もできて。

 ようやく馴染めたと思った頃に、再び別れなければならない寂しさを、中学を卒業するまで経験したが――


 あれは、僕が小学校4年生の頃。

 関西から、関東のある町に移り住んだ時に経験した出来事は、今も忘れることが出来ない。


 不気味な思い出だ。






 僕はもともと、東京で生まれた。

 両親も共に関東の生まれ。

 なので、転勤場所が関西方面になった時は、両親共に慣れるまでは大変だったようだ。

 小学校低学年までは、ずっと西の方を移動していたが、僕が4年生になった時、久しぶりに関東へ移動になったのでホッとしたようだった。

 とある県の、小さな町。

 田舎ではないが、かと言って都会というほど栄えてもいない。

 中規模の町だが、駅前にはそれなりに商業施設もあり、少し郊外に出ると工場や倉庫がたくさんある。

 労働者の町と言った雰囲気だった。

 僕が引っ越した先は5階建ての集合住宅が幾つも立ち並ぶ、いわゆる【団地】という所で、築年数はかなり経っているが、きちんと管理されてるのか掃除は行き届いており、植え込みや街路樹もキレイに剪定されていて、暗い印象はあまり感じなかった。

 とはいえ、やはり古い物件なので内装の至る所に昭和の面影がチラホラ垣間見えた。

「天井が低いわね」

 と母が笑った。

「小学校は、ここから歩いて20分ぐらいですって」

「結構歩くな」

 父がそう言いながら荷解きをして僕を見た。

「タクヤ。あとでお父さんと散歩に行こう」

 新しい場所に来ると、父はまず僕と一緒に近所を散歩する。

 自分達が、これからしばらく身を置く場所を一緒に見て回りながら、危険な所、安全な所、楽しそうな所、気になる所……などを一緒に探すのだ。


 近所に挨拶を済ませた後、僕は父と2人で散歩をした。

 近くにある商店街を覗く。利用者の大半は団地の住民だろう。

 床屋にラーメン屋。クリーニング店。歯医者。

 生活に困らない程度の店が軒を連ねているが、繁盛している様には見えない。

 少し車で走れば大きなショッピングセンターがあるのだ。

 この辺りを利用するのは、足のない高齢者がほとんどなのだろう。

 ひと通り近所を練り歩いて、団地内の公園に差し掛かった時、僕は砂場に佇む1人の少年と目が合った。

「あの子、ここに住んでるのかな?」

「え?」

 父が振り向いて僕を見た。

「どの子?」

「あそこに———」

 そう言って指を差したが、僕は「あれ⁉」と思わず首を傾げた。


 そこにはもう、少年の姿はなかった。



 週明けに転入した僕は、新しいクラスの中に、公園で見かけたあの少年がいるのを見た。

 彼はカズユキと名乗った。

 いきなりいなくなるので、幽霊でも見たのかと思った――と僕が言ったら、カズユキは笑った。

「タクヤは何号棟に住んでるの?」

「3号棟だよ」

 ふぅん、とカズユキは頷き、「僕は6号棟」と言った。


 団地にありがちだが、号数は必ずしも隣り合って並んでいるわけではない。

 僕は6号棟がどこにあるのか団地内の案内表示で確認したら、1棟だけ外れた所に建っているものがあった。

 それが6号棟だった。

 立てられた時期もバラバラだったり、どういう順番で付けられたのか分からないが、若い番号が一番古いとも限らない。

(どうして6号棟だけ、こんなに外れた所にあるんだろう?)

 気にはなったが調べる程ではないので、僕はこの日以降、仲良くなったカズユキとよく遊ぶようになった。

 互いの家を行き来するようになり、その中で。

 僕はいつ行ってもカズユキの家には、家族全員が在宅しているのが不思議でしょうがなかった。

 学校が休みの休日はもちろん。放課後の夕方や、午前授業で終わる昼時でも――

 いつ行っても両親と姉が在宅しているのだ。

「タクヤがお世話になってるから、一度ご挨拶に伺ったけど――とても感じの良い人たちだったわ」

「どうして昼間にお父さんが家にいるの?」

 僕が聞くと、父が言った。

「きっと在宅の仕事をしているんだよ。そういう人もいるからね。お姉さんは……何か事情があって家にいるのかもしれないね」

 僕は納得した様に頷いた。

「近所の人に聞いたら、ここって6号棟が一番古いらしいわ」

「どうしてあそこだけ、あんな場所に建ってるの?」

 僕が聞くと、父は少し考えてから言った。

「地形の問題じゃないかな?当初は6号棟を中心に団地を作る予定だったけど、土地の整備とか……何かあって、別の場所に変えたんだよ、きっと」

 よくある話さ、と父は笑った。


 ならばどうして、1号棟じゃなかったのか?


 最初に作ったのが6なら、6ではなく1ではないのか?

「番号の振り方が独特なのも団地あるあるさ」

「6号棟は空き室が多いんですって。この団地って、立地も悪くないし、賃料も安いから入居者希望が多いのに、どうして空いてる6号棟に入れないのかしら?」

「……古いから、耐震性に問題のある部屋が多いんじゃないか?」

 そうかしら――と、母は納得できない様に首を傾げたが、すぐに肩を竦めて頷いた。



 ――翌日。

 僕は学校から帰ると、カズユキと一緒に6号棟の前で遊んでいた。

 その時に、昨晩両親がしていた話を聞かせてみた。

「ここって、あんまり人が住んでないってお母さんが言ってた」

「6号棟こ こだからね」

 カズユキはそう言うと、意味深に笑った。

「ここは選ばれた人しか住めないんだって」

「なに?選ばれた人って」

 僕が聞くと、カズユキは視線を落としてしばらく黙り込んだ。

 チョークで地面に絵をかきながら、「」と呟く。

「穴?」

 僕が見ている目の前で、カズユキは地面にチョークで大きな円を描く。

 それを、グリグリと塗り潰していく。

 赤いチョークの先がボロボロに擦り減り、途中で折れても――なお執拗に塗り潰していく。

 グリグリグリグリ

 グリグリグリグリ

 グリグリグリグリ———

「カズユキ……?」

 僕は何故だか怖くなって後ずさりした。

 そして、ハッと気づいて上を見る。




 そこには……





 6号棟の階段の踊り場。

 各住居の窓という窓から。

 住民が顔を覗かせて、じっとこっちを見下ろしていた。

 居住者が少ないと聞いていたのに……そこから見下ろす顔は無数にあって、僕は全身総毛だった。


 しかも皆無表情。

 まるで――死人のようだ。



「あぁ……」

 僕は恐怖で震え上がった。

 カズユキは無心にチョークで円を描ている。

 グリグリグリグリ

 グルグルグルグル

「うわぁぁぁぁぁ――‼」

 僕は悲鳴を上げると、その場から逃げ出した。

 背後でカズユキが立ち上がり、大声で叫ぶ。





「お前たちも穴を塞げェェェェェェ!!!!」










 * * * * * * *


 その後、僕たちはすぐに引っ越した。

 あれ以来一度も、僕はあの場所を訪れてはいない。

 今、あの場所がどうなっているか――気になって一度調べてみたが、どうやらまだ団地は存在しているようだ。


 あの6号棟も。


 詳しい場所は言えないが、行くことは正直お勧めしない。

 ましてや住むなど、もってのほかだ。

 特に6号棟は。



 あの子は穴を塞いでいると言っていたが、その穴とは一体何なのか……


 

 6と穴。

 穴と六。



 一番最初に作ったのに、なぜ号棟だったのか。


 つまり、きっと。

 たぶん、そういう事だったのではだろうか———…





 ……END




 


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