悲恋と復讐

アールグレイ

第1話

 夏の陽射しが容赦なく降り注ぐ中、騎士のエドワードは馬に跨がり、村へと向かった。いつもの徴税の護衛任務。退屈な仕事だったが、その日、彼の運命は一変した。

 村はずれの井戸端で水を汲む一人の娘。輝く黒髪と吸い込まれるような瞳。エドワードは、彼女に心を奪われた。

 しかし、身分の違いは歴然。高潔な騎士と村娘。二人の間には、超えられない壁があった。それでも、エドワードは密かに彼女への想いを募らせていく。

 一方、村娘のアリアンナもエドワードのことが気になっていた。

 身分という壁。その壁はどこまでも高く、そして、二人の行方を阻む。

 しかし、二人はあきらめなかった。

 エドワードは、暇を見つけてはアリアンナに会いに行った。

 そして、二人はいつしか愛し合うようになった。

 エドワードは、アリアンナを両親に紹介したいと思った。だが、それは無理なことだった。

 二人の関係は秘密にしなくてはならなかった。密かに会い、ひっそりと愛を育む日々が続いた。

 そんなある日、不穏な噂が耳に届いた。貴族による人狩りが、このあたりで行われたというのだ。

 エドワードは恐れた。アリアンナが人狩りの犠牲になったかもしれないと。

 胸騒ぎを抑えきれず、エドワードは彼女の村へと馬を走らせた。

 そこで目にした光景は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 村には火が放たれていたのだろうか、家は焼き払われ、地面には家ごと焼かれたのか、黒ずんだ死体が転がっていた。そして、地面には無数の矢が突き刺さっていた。

 村の中央部に行くと、さらなる地獄が待っていた。

 積み上げられた人の山。それは、すべて貴族に狩られた村人たちだった。

 中には、無数の矢を受けてハリネズミのようになっていた者もいた。

 エドワードは怒りに打ち震えた。

 どうして、こんなことができるのか。村を焼き払い、罪もない村人を殺し尽くし、何が楽しいというのか?

 エドワードは、一縷の望みをもってアリアンナを探した。彼女が無事でいることを、ただただ祈った。

 しかし、彼の希望は打ち砕かれる。

 彼はアリアンナを見つけた、正確にはアリアンナだったものだ。

 アリアンナは、貴族に犯し殺されていた。

 綺麗だった黒髪は、血と体液にまみれ、かつての面影はない。服は引き裂かれ、無残な姿をさらしていた。

 エドワードは慟哭した。己の無力さを嘆き、貴族への怒りに体を震わせた。

 エドワードは誓った。アリアンナの仇を討つと。必ず貴族どもに報いを受けさせると。

 復讐を誓い、調査を始めて数日、「人狩りの張本人である貴族が王都に来る」との情報を得た。

 その報せを聞き、エドワードは単身、王都へと向かった。

 貴族の首を取るために。アリアンナの仇を討つために。

 エドワードは馬を駆り、王都に駆け付けた。

 そして、議事堂の前で来る日も来る日も貴族を待ち続けた。

 ついにその日がやってくる。

 石畳の通りに、金細工が施された豪華な馬車がゆっくりと停車する。車輪の音も高貴な空気を纏い、周囲の人々は畏敬と恐怖の念を抱いて道を空けた。

 重厚な扉が開くと、真紅のベルベットを纏った貴族が現れる。彼の顔には傲慢さと権力欲が滲み出ており、高価な宝石が光を反射して周囲を眩ませた。護衛達は訓練された獣のように周囲に配置され、貴族の身を守るために鋭い視線を光らせていた。

 エドワードは、その貴族を目にして、怒りがこみ上げるのを感じた。この貴族こそが、村を焼き払いアリアンナを犯し、殺した張本人だ。

 エドワードは、目にもとまらぬ速さで馬を降り、貴族に向かって突進した。

 護衛達が反応する間もなく、エドワードは貴族に接近する。

 そして、一瞬ですぐそばにいた護衛を切り伏せると、貴族の首に剣を突き付けた。

「貴様……なんのつもりだ!」

 突然の乱入者に貴族は驚きと怒りの声を上げたが、その顔面は蒼白に染まっていた。エドワードの鋭い眼光は、一瞬たりとも貴族から離れない。

「お前が、犯し殺した村娘を覚えているか?」

「な、何のことだ……?」

 貴族は、アリアンナのことを覚えてすらいなかった。

「思い出させてやる」

 エドワードはそう言うと、剣を貴族の股間に突き立てる。

 貴族は声にならない悲鳴を上げ、のたうち回る。

 しかし、エドワードの攻撃はまだ終わらない。痛みに悶える貴族の首を刈り取り、さらに心臓に剣を突き立てた。

 貴族は完全に絶命し、地面に倒れ伏した。

 エドワードは、貴族の死を確認する。

「アリアンナ……お前の仇はとったぞ」

 復讐を果たしたエドワードは天を仰ぎ見る。その目はどこか虚ろで、まるで魂が抜けてしまったようだった。

「く、くそ、死ねー!」

 周りの護衛達が一斉に剣を抜き、エドワードに襲いかかる。

 しかし、エドワードは抵抗すらしない。

 彼の目的は、すでに果たされた。復讐を果たした彼は、もう生きる意味を失っていた。

 エドワードは剣で切り刻まれる。その体はすでに死に体のはずだが、彼の心は晴れやかだった。アリアンナの仇を討ち、自分の命は復讐とともに燃え尽きる。

「アリアンナ……今、逝くよ……」

 そう呟くと同時に、エドワードの意識は闇へと落ちた。

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