【シノプシス】第九回 烈愁麗は鉄観娘と対決し、戒児と供に桜爛花街を脱出する ノ段
第九回 烈愁麗は
●
桜爛花街の湯屋の中。
中央が吹き抜け構造になった多層構造の楼閣内。
吹き抜けの中には渡り廊下や梁が通り、壁面には欄干や桟など手掛かり足掛かりになる箇所が多い。
対峙する愁麗と尤璃安。遊女たちは恐れおののいて逃げ惑う。
険しい表情で睨みつける愁麗。対する尤璃安は無表情。
「尤璃安……なんであんたが?」
「
「どうして天雷七星が来ないのかと訊いている!」
「知りたければ玉露峰に戻ってから伺いを立てればよろしい」
冷たく言い放つ尤璃安。愁麗はギリリと歯軋りする。
横から戒児が口を挟む。
「烈姐姐! この女の人は知り合いですか?」
「あんたはすっこんでな!」
鎌首をもたげる銀鱗双蛇。
鉄観娘も両腕を持ち上げ構える。
「出来る限り
「ご大層な口を叩くじゃないか。あんたも偉くなったもんだ」
「私は正式に〈月華宝典〉の皆伝を受け、この〈鉄観娘〉を任されました。抵抗は無駄です」
「そのデカブツが何だって? やれるもんならやってみな!」
「分かりました」
鉄観娘の右手が飛んでくる。
肘の関節をつなぐ包帯を伸ばしてリーチが数メートルも延長されている。
愁麗は跳躍して避け、楼閣の桟に飛び乗り壁に張り付く。
両足の中の包帯をバネのように伸ばして跳躍して追ってくる鉄観娘。
愁麗はさらに跳躍して渡り廊下に飛び移る。
鉄観娘は腕を伸ばして梁を掴み、ターザンのごとく空中を移動して追いすがる。
「ヤベえぞあいつ! あの図体のくせして猿みてえに身軽じゃんかよ!」
飛胡が目を輝かせて驚きの声を上げる。
戒児は心配顔。
吼える愁麗。
「鬱陶しいんだよ!」
跳び上がってくる鉄観娘に銀鱗双蛇の連打を叩き込む。
掴んでいた梁が折れ、吹っ飛んだ鉄観娘の巨体が壁面に叩き付けられる。
鉄観娘の装甲を構成している鋼鉄のリングが外れてずれる。
「どうだい!?」
愁麗は不敵な笑みを浮かべかけるが、すぐにその目は大きく見開かれる。
飛来する複数の鋼鉄のリング。
蛇で防御すると、蛇の胴に巻き付き、締め付けてくる。
「こ……こいつは!?」
愁麗は蛇に神気を加え、リングの圧迫に抵抗する。
リングは内力の反発力で蛇の胴から浮いた状態に。
「この〈鉄環錠〉から逃れることは不可能です」
鉄観娘が自分の胴体の装甲リングを外して投げつける。
跳躍して避ける愁麗。
的を外れたリングは直前まで愁麗の立っていた位置の背後にある柱に当たると、締め付けて破壊する。
再び小リング(鉄観娘の腕のリング)が愁麗を襲う。
避けきれずに銀鱗双蛇で防御するが、左右で計九個のリングが蛇の胴に絡まる。
(くっ……思ったより……重い!)
愁麗は跳躍したが蛇が重くて飛距離が伸びず、桟を掴み損ねて落下。
愁麗は壁を蹴って落下速度を殺す。
鉄観娘がそれを追い、上から襲ってくる。
地上で愁麗の蛇と鉄観娘の両手が正面から組み合う形に。
胴体の大リングを使ったため装甲に隙間が出来、中の尤璃安の顔が見える。
愁麗はフリーの両手に暗器の銀針を握る。
左右の手の指の間に三本ずつ。
尤璃安と睨み合う愁麗。
尤璃安の目は恨みも怒りもなく澄んでいる。
「……しゃらくさいんだよ!!」
苦い表情を浮かべて吼える愁麗。
蛇の頭で鉄観娘の両手を突き、後ろに跳んで間合いを離す。
(どうして――!?)
戒児は愁麗が絶好のチャンスを見送ったことに気付いた。
尤璃安が二個の大リングを飛ばす。
愁麗の顔に戦慄が走る。
ガキィン!
二つの大鉄環錠が空中で止まる。
回転する鉄環錠を止めているのは二個の鉄球。
それを持っているのは、愁麗の前に飛び出した戒児だった。
戒児は正面に突き出した両手の中で鉄睾を回転させ、内力で駆動する鉄環錠を受け止めている。
「戒児!?」
尤璃安は伸ばした包帯を鉄環錠に絡めて回収し、今度は複数の小鉄環錠を飛ばす。
小鉄環錠は戒児の鉄睾を避けて手足にぶつかるが、巻き付くことなく表面を滑り、鉄睾に吸い寄せられてその周囲を回り始める。
尤璃安は大鉄環錠を戒児の頭から被さるように投げる。しかし見えない力場に阻まれて戒児に触れられない。
「烈姐姐が蛇で防いでいるのを見てもしやと思ったけど、やっぱりですね。この輪っかが内力で操られてるなら内力で防げる!」
愁麗から戒児に視線を移す尤璃安。
「子供の力で防げるはずはない……お前は何者だ!?」
「僕は戒……」
戒児が自己紹介を言い終わる前に尤璃安が攻撃を仕掛ける。
鉄観娘の両手を戒児の両手の鉄睾に合わせ、正面から内力勝負を挑む。
愁麗は血相を変えて叫ぶ。
「やめな尤璃安! 相手は子供だよ!!」
※両手を合わせて内力を正面からぶつけ合うことは武術の勝負の中でも最も危険な行為のひとつである。目の前の相手に全力を注がねばならず、敗北すれば深い内傷を負うことになる。
愁麗は戒児を助けるため針を投げようとするが、異変に気付いて手を止める。
押されていると見えた戒児の内力が膨れ上がり、鉄観娘の圧力と拮抗した。
戒児の両手の鉄睾が高速回転しながら光を放つ。
戒児の髪が炎のように逆立つ。
(力がどんどん湧いてくる……こんなの初めてだ! 相手がこの人だから!?)
戒児と鉄観娘を中心にして竜巻のような旋風が発生する。
●
湯屋の上階から観戦している莫蓮香主。
少し離れた位置に並ぶ僧形の男(龍吟法師)。
互いに目を合わすことなく、他人同士の会話を装い情報交換。
「八の字はその後どうだい?」
「音沙汰ないな。おそらく今も凍洞で万の字と対話中ではないかな」
激化する愁麗と鉄観娘の対決。
「よもや健在とはな」
「ピンピンしてるよ」
「嬉しい誤算……と言いたいところだが、ちと目立ちすぎではないかな。正体不明で神出鬼没であればこその銀鱗兇娘だ」
「ほどよいところで雲隠れしてもらうさ」
乱入して鉄観娘と対決する戒児。
「あれが噂の〈小桃鉄心〉か。本当に子供ではないか」
尤璃安との神気対決。
戒児の髪が逆立ち、額の痣が丸見えに。
驚く二人。
「ぬう、あの〈印〉は……!?」
「まさかね」
「あの小僧、天雷門の禁足地から連れ出したと聞いたが」
「仙人の弟子か何かだと言ってたけど、とんだ虎の子を拾ったもんだね」
「面白く……いや、ううむ……こいつは扱いが難儀だぞ?」
「絵を描き直す必要がある……か」
「ここであの紅月師に捕まってもらっては困る」
「やれやれだね」
莫蓮香主が手下に指示を出す。
「さっきのヤツが使えるだろ」
●闖入者
神気の力場同士がぶつかり合う内力勝負。
戒児は鉄睾の手応えに奇妙な違和感を覚える。
(鉄睾の回転にブレが出てる……もしや亀裂が!?)
莫蓮香主の指示で木枠の檻が中庭に落とされてくる。
力場に接触したことで檻が砕け、再び登場する怪焔童子。
その乱入で戒児と尤璃安の金縛りが解ける。
「その鉄環の巨人の足止めをしな。そうすりゃ自由にしてやる」
不承不承ながらも、返された金砕棒を手に鉄観娘に挑む怪焔童子。
鉄環錠で捕らえられるも〈金焔功〉で加熱し、繋がっている包帯を焼き切る。
危険を感じて怯む尤璃安。
潮時だと判断した飛胡が煙幕玉を投げ込み、中庭が白煙に包まれる。
煙幕で視界を奪われた尤璃安は放った鉄環錠を回収して防御を固める。
白煙の中から飛び出す戒児と愁麗。
自分の〈金焔功〉で体内の銀針が加熱されてのたうち回っている怪焔童子。
「針を抜いてあげてもいいですか?」
「放っときな。こいつは悪辣外道の限りを尽くしてきた武威浪だ。情けをかける価値もない」
「でも泣いてますよ」
戒児は鉄睾の磁力を使って怪焔童子の身体に食い込んだ銀針を抜いてやる。
「これからは悪いことはしないでくださいね」
言い含める戒児。愁麗は無駄なことだと不満顔。
●脱出経路
「烈姑娘、こっちだよ!」
呼び声に従って部屋に飛び込むと、莫蓮香主が
「一緒にこの中に隠れな。しばらく声も立てるんじゃないよ」
二人が中に入ると蓋が閉じられた。さらに封がかけられる。
「姐姐……!?」
「黙ってな」
長持の中は二人が入るには狭い。
愁麗は戒児の顔を自分の胸に押しつけるようにして抱いて黙らせる。
長持が持ち上げられ、運ばれている感覚が。
その後、下に降ろされ、水路を運ばれているらしい水音が聞こえる。
さらに階段を運び上げられ、最後に馬車の荷台に積み込まれる物音。
外から聞こえてくる男たちの声。
「この長い箱は何だ? 妙に重かったが」
「高価な美術品か何かだろ。お得意様の荷物だから下手に触るなよ。封が一枚でも破れてたら目ん玉が飛び出るような額の違約金を請求されるぞ」
荷馬車が移動し始める。
馬車の周囲には複数の人間が付き従っている気配がある。
戒児が小声で訊ねる。
「何がどうなってるんです?」
「
※鏢局……運送業と警備業・保険業を兼ねる商売。金品や旅客の護送を請け負う。〈鏢師〉と呼ばれる用心棒を派遣する。
「莫蓮香主があらかじめ手配しておいたんだろう。桜爛花街の中も外も敵だらけだったからね。これで裏をかけるって寸法さ」
「そっか……でもあの莫蓮香主って人はどうして姐姐が銀鱗兇娘と知ってて助けてくれるんですか?」
「さあね。あたしが生きてた方が都合がいいんだろ」
「ふうん……それにしてもちょっと狭いなあ……」
「……あ、こら、動くんじゃないよ」
戒児が身体をモゾモゾさせると、愁麗は焦った声を漏らす。
二人は箱の中で横向きに向かい合わせで抱き合う形になっていて、戒児の顔が愁麗の胸の谷間に、片足が愁麗の腿の間に挟まっている。
戒児は呼吸を確保しようと顔を動かし、愁麗の胸の谷間に鼻先を埋める形になる。
「姐姐の胸って大きくて柔らかくて……好きです」
「そうかい」
長持の中は真っ暗なので見えないが愁麗の頬は真っ赤。
「
「どうでしょう? 岩爺以外の家族のことは覚えていないので……」
「そうかい」
愁麗は戒児の身体に回した腕に力を込めて抱き締める。
荷馬車は何事もなく進む。
山道に入り、ゴトゴトと車輪が石を踏む震動が伝わってくる。
周囲が少しうるさくなったので戒児は安心して口を開く。
「ところで湯屋で襲ってきたあの人……烈姐姐のお知り合いですよね? 師姐って呼んでいましたけど」
「……昔の話さ。それより、危ないところを助けてもらったから、これで三回助ける誓いのうち一回は果たしたことになるね」
「え? それは違いますよ。だってあの人、姐姐を殺す気がなかったし……それに姐 姐も反撃できたのにしなかったでしょ?」
「それは……」
「本気でやれば勝てたけど、傷付けたくないから手を出さなかったんですよね? 見てて分かりましたよ」
「戒児、あんた――」
愁麗は言いかけて止めると、戒児の額にキスをする。
戒児にはその意味がよく分かっていない。
「あの子が……尤璃安に殺気がないのは、殺す気がないからじゃない。もともと心がないのさ」
「心がないって?」
「あの子と会ったのは一〇年も前のことさ――」
愁麗の昔語り。
「
「親を亡くしたりはぐれた子供なんて何人もいたけど、紅月院まで生きて辿り着けたのはあたしら二人だけだった。あの子はどんな辛い目に遭っても泣きも喚きもしないで付いて来たけど……紅月院に保護されてから分かったのさ。あの子の心がとっくに壊れちまってたことに――」
「あの子の心を治してもらおうと玉露峰を訪ねて入門もしたけど、結局は無駄だった。あの子は笑いも怒りもしないけりゃ泣くこともない。殺せと命じられて来たとしても殺気は出さないだろうさ」
「人を救う紅月師が殺しに来るわけがないじゃないですか。天雷七星だと戦いになるから彼女が代わりに来たんですよ、きっと」
戒児は呑気に言うが、愁麗はいまいましげに鼻を鳴らす。
「どうせ尤璃安が相手ならあたしが戦いづらくなると踏んでの卑怯な手さ。尤璃安をけしかけておいて、隙をついて背中から襲うくらいのことはやってのける連中だよ」
「そうかなあ……」
不機嫌になり黙り込む愁麗。
「でも……そうだ、玉露峰に入門したってことは姐姐も紅月師だったんですよね? それで治癒術が使えるんだ」
「使えないよ」
「え?」
「紅月院の治癒術の真髄は患者と経穴を結んで神気の流れを交換することにある。それには慈悲と献身の心が欠かせないけど……今のあたしにそんなものはないのさ」
突然止まる馬車。
騒ぎ出す鏢師たち。
「フフ……ククク……ハハハハ!」
「お、おいどうした!? 急に笑い出して……何が可笑しいんだ? 教えろよ……アヒャ!? フ……フヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
問い質す声もすぐに笑い声に変わる。
荷馬車を警護する鏢師たち全員が笑い声を上げている。
長持の中、異様な笑い声に囲まれた愁麗と戒児は恐怖に青ざめる。
「姐姐……!?」
「待ちな。今出て行くのはマズい。もう少し様子を……」
馬が狂ったようにいななき、荷馬車が急発進する。
すぐに荷馬車は崖際のカーブに差し掛かる。
馬は曲がるが振り回された荷馬車は道からはみ出し、二人が身を隠した長持は荷台から放り出されて崖下へ転落していく。
[第九回・了]
DRAGON BERRY【ドラゴンベリー/桃蛇戀戀】 雑賀礼史 @saigareiji
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