最終話 大炎上

 ベンチ裏の薄暗い空間。だというのに、球場全体の熱気をひしひしと肌で感じる。


 九回表、スコアは1-0。俺たちが1点差でリード。この回に、相手のリリーフエースからうちの下位打線が得点することは難しいだろう。

 つまり、この後の最終回、九回裏を、俺が0点に抑えなければならない。逆に言えば、それさえ達成すれば――ついに、県予選優勝――甲子園だ。


 舞香との、璃子との約束を、ついに果たすときが来たのだ。


「……あんたさ、久吾。八回無失点で球数126球ってどーゆーことなの」


 二人きりの空間で俺と抱き合いながら、舞香は不満たっぷりなジト目を向けてくる。


「仕方ねーだろ。全っ然コントロール定まらねぇんだから」


「何でそんなことになんの、ここまで来て……」


 こいつ、わかってて言ってんな? わざわざ言わせてーんだな?


「今夜のお前とのセックスのことで頭いっぱいだからに決まってんだろーが!」


「……すけべ」


「そういうことを言うなって言ってんだよ! こんな状態で八回も焦らし甘出しさせられてたら、そりゃ球も荒れるわ! 今すぐお前を押し倒して孕ませたくて仕方ねーんだよ!!」


「……えっち」


 もうホントやめてほしい。

 今のこいつはまさに『ゴールデンえちえちエイジ』の中でも最盛期、『ダイヤモンドえちちムチィっ!モーメント』といった感じなのだ。ちょうど今から今夜にかけてがクライマックス、最も俺の赤ちゃんを……! ダメだ、勃起収まらん。


「ま、わかるよ、私だって。ただでさえ、これまでずっと禁欲してきたんだもんね。お互い暴走しないよう、キスだって出来るだけ控えてきたしさ……」


 そう、そうなのだ。だからこそ、この甘出し汁採取のためのキスだけでも、たかぶりまくっちまう。試合中に舞香を押し倒さぬよう、欲望を必死に制御してきた。ただでさえ疲労でいっぱいっぱいだってのによ……!


 だが、耐える。耐え切ってやる。

 二人を甲子園に連れていくためでもあるし、舞香の好きな俺のピッチングを見せる、最後の夏になるのだ。舞香に出させてもらった甘出し汁を使って、最強の投球を、舞香に捧げたい。捧げてみせる。


「……見てろよ、舞香。俺の人生かけたストレートで、ぐしょぐしょに濡らしてやるからな」


「もう濡れてる。ぐっちょぐちょ」


 もう濡れてた。ぐっちょぐちょだった。相変わらずエロすぎる。えちムチすぎる。


 興奮のあまり俺の皮余りがピクピクとして舞香のぷにぷにお腹をノックしてしまったタイミングで、ベンチへのドアがコンコンとノックされる。

 佐倉宮からの合図だ。祢寅学園の、最後の攻撃が終わったのだ。


「よし、じゃあ、舞香」


「うん……」


 何度も経験を重ねて、俺たちは一瞬で甘出し汁を採取するテクニックを身につけていた。こうやってしばらく抱き合ってイチャイチャしながら気持ちを高め、佐倉宮からの合図があったら一度軽くキスをするだけで完了なのだ。


 いつものようにお互い目を細めて唇同士を近づけていき――


「ちょ、ちょっと待って、久吾」


 しかし重なり合う寸前で、なぜか舞香は慌てたように顔を背ける。


「どうした? さすがに急がねーと……」


「そーなんだけど……なんてゆーか……やっぱ、このままじゃいけないってゆーか……このあと、やっと私らの夢が叶って、やっと結ばれるってゆーのに、さ……」


「……何か、言いたいことがあるんだな。遠慮するな。俺だって、大事な瞬間を迎える前に余計なことはスッキリさせておきたい」


 俺の眼差しに、舞香はコクリと頷き、


「久吾……私、ね? 一つだけ、あんたに嘘ついてたの……このままじゃ、あんたと結ばれることなんて、できない……」


「…………」


 舞香の瞳は涙で濡れ、その顔はまるで後悔に溺れるように歪んでいく。


 これはもう、ちょっとした秘密なんかではないのだろう。俺との関係を揺るがしかねない重大な嘘を、舞香はこのタイミングで告白しようとしている。


 俺は、世界一愛する妻のそんな告解を、受け入れることができるのだろうか……?


 いや、受け入れてみせる。


 俺は永遠に、舞香を愛し続けると決めたのだから。


「私の乳輪、野球ボールサイズって言ってたけど、過少申告してたの! ほんとはソフトボール寄りなの! 8センチなの!」


「エロすぎる……!」


 危ねぇ、想像しただけで暴発しそう。まだ8センチで助かった。ギリ堪えられた。それ以上だったらもう我慢なんてできなかった。


「あ、ごめん、嘘。また見栄張っちゃった。右は8センチだけど左は8.5センチ」


「あ、もう無理。我慢できん。大好きだ、舞香。今すぐ俺と結婚しろ」


「する。孕む。赤ちゃん。久吾の赤ちゃん」


 そうして俺は、舞香の唇を奪う。奪いまくる。

 1024回目。1025回目。1026回目。


 ――舞香と甲子園を夢見て15年。璃子と甲子園を訪れてから14年。本当に、いろんなことがあった。生きる世界まで変わっちまった。


 でも、何があっても、どこにいても、こいつだけは、ずっと俺のそばにいてくれて。俺はこいつのために、璃子や子ども達――こいつの家族のために、これからも野球をし続ける。


 俺って、なんて幸せ者なのだろう。これからの毎日が楽しみで仕方ない。早く野球がやりたい。舞香や璃子や子ども達に、俺のカッコいいところを見せ続けてぇ。


「んっ……んっ……だめ、久吾……っ、がっつきすぎ……っ」


 今ならハッキリと言える。俺は、野球が好きだ。尊敬する大谷翔平を超えてやりたい。超えてみせる。超える。


 だから、こんなところでは止まれない。高校野球なんかで手こずってなどいられない。この試合を完ぺきに抑えて、甲子園も優勝して、プロに行って、いつかワールドシリーズの舞台に立って、立ち続けて――だから。


 だから、きっと!

 俺の野球人生は! いや! 俺たちの! 野球人生は!


「んっ……大好きなの、久吾っ! あんたの一番に、なるもんっ! ……んんっ……!」


 まだ始まったばかビュルルルルルッ! ビュルル! ビュル……ッ……ビュッ!! ビュルルルルッ!!






 めっちゃ打たれたけど延長十二回投げ切って11-10で何とか勝ちました。てへ。



――――――――――――――――――――

ご愛読ありがとうございました!! 僕の次回作にご期待くださドピュ。……ぴゅ……


――――――――――――――――――――

二ヶ月かけてやっと賢者タイムが終わったので、アフターストーリー&前日譚を投稿していくことにしました^^ 連載再開です^^

あくまでも本編はここまでの69話で完結なので、この後続くお話はオマケ的なものになりますが、本編以上に面白くなるよう頑張りますのでよかったらぜひお読みくだドピュ。……ぴゅ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る