第68話 QNTR

「というわけで、山田久吾の母親に転生してしまいました。ママです」


「ひぇ……」


「ちなみに元からこの世界でも山田久吾と山田母に血の繋がりはないわよ。複雑な家庭なの」


「ひぇ……」


 俺と舞香の対面に座り、母さんはこれまでのことを語ってくれた。前の世界と同様、四十代半ばだというのに、相変わらずとても若く見える。さすが舞香と璃子の実母。お肌ツヤツヤ。ムチムチとモチモチの間って感じの質感と肉付きだ。


 まぁ、「これまでのこと」と言っても、母さんがこの世界に転生してきたのはつい数時間前だったようなのだが。すぐに状況を察した母さんは、山田母の仕事の拠点である名古屋からここまで飛んできたのだという。俺や舞香も転生してきているという確信が、母さんにはあったのだ。


 というのも……考えてみれば当たり前だが、前の世界で俺や舞香は行方不明状態だったのだ。父さんの妹からの連絡で、俺たちが突然姿を消したことを知り、母さんは長い間、俺たちの行方を探し回ってくれていたらしい。……とはいえ、自分のゲーム内転生後すぐさま、この世界に俺たちもいると思い当たれたのはやはり凄すぎるが。

 自分がこの作品の原画家だったから、という他にも何か理由があるのかもしれない。

 それは後々聞いてみることとして。まずは、


「迷惑かけちまったな、母さん……ごめん」


 隣の舞香も俺と共に頭を下げる。


「いえ、転生はあなた達のせいではないし……そんなことよりも……璃子ちゃん。いるんでしょう……? あ、会わせてよ!」


 あ、そうか。そうだった。またこの展開か。感動的なシーンとはいえ……うーん、正直俺がこのゲームのプレイヤーだったらスキップしたいなぁ……。




「モチモチだったぁ!! ――――…………っ、璃子ちゃん……っ、璃子ちゃあああああああっ!! モッチモチ璃子ちゃぁああああああああっ!!」


「夫婦で泣き方同じじゃん」


 熟睡中の娘のほっぺをモチモチしまくった母さんは、リビングに戻ってきた瞬間、号泣し始めた。気持ちは痛いほどわかるが、やはり面倒くさい。


「とりあえず、母さん。感動の対面は明日璃子が起きてからたっぷりしてくれ。今は話を整理しよう。要するに父さんが、山田久吾の母親キャラに母さんの名前を付けたってわけなのか……ん? あれ?」


 ……違う、よな? 山田久吾の母親の名前は生久絵いくえだったはず。璃香という名の母さんが憑依してしまったのは、俺たちのパターンと異なるんだが……。


「あ、わたしの名前のこと? それは、あれだから。生久絵って、わたしのペンネームで」


「そういうパターンもあるのか……」

「私、何気にお母さんが転生してきてる可能性考えて璃香って名前の人探したりしてたのに全部ムダだったんだね……」


「舞香ちゃんがわたしのこと探してくれていただなんて嬉しい。舞香ちゃん好き」


「私は嫌いだけどね、お母さんのこと。ものすごく恨んでる。主におっぱい関係で」


「……そっか、乳輪、遺伝してしまったのね……でも、大丈夫よ。あなたの夫は、久吾君は、そんなデカ乳輪も受け入れてくれるはずだから……」


 美しい涙をポロリとこぼす美熟女。今のそんな感動的な場面だったか?

 って、ん?


「え、母さん、今、夫って言ったのか? な、何で俺と舞香の関係を……言っておくが、前世では俺たち、何もしてねーからな!? 血の繋がった兄妹だと思い込んでたんだからよ!」


 俺と同様、舞香も驚愕の表情を浮かべている。母さんについての話は聞いたが、まだ俺たちが転生してからの話はしていないのだ。それなのに、なぜ……!?


「いや、だってさっきあなた達が瞑想しながら中出しだとか孕ませるだとか孕むだとか赤ちゃんだとか連呼しまくっていたから……」


「そうだった」「そうだった」


 そうだった。


「でも、二人がこの世界に転生してから正式にお付き合いし始めて、ラブラブイチャイチャしていたことまでは知っていたわよ。だって、見ていたから。野茂誠視点や与儀蒼汰視点で」


「は?」「え?」


「……まぁ、そういう反応にもなるわよね、やっぱり……実はね、久吾君の部屋でプレイ途中で放置されていた『実況!パワフル甲子園』や、豪雪たけゆきさんの部屋でプレイ途中のままになっていた『僕変え!』を、プレイしてみたの、わたしが」


「お、おう。え? それで……え? ま、まさか……」


「ええ。展開がまるで変わっていたのよね。どちらのゲームも、ヒロイン達が全く寝取られなかった。何かめっちゃ真面目に野球やってた。作った覚えもない試合シーンがたくさんあるし、『僕変え!』に至っては、そもそもラブコメが全く始まらなかった。退屈な日々を送る主人公がそのまま退屈な日々を送り続け――と思ったら、急に家族再生の感動的なシーンとかお兄ちゃんに彼女ができてホッコリしたりするシーンとかが入ってきて、何か普通に自分とあなた達家族を重ねて泣いちゃったし……そして何より! 『久吾』と『舞香』と『璃子』の見た目が、私がデザインしたもの以上に、まんまあなた達になっていたから! あなた達がゲームの中に転生したって、すぐに分かったのよ! 自分も転生できないかって、祈りまくったのよ!」


 再度、涙を流す母さん。その言葉に、俺は衝撃を受ける。


「俺たちがこの世界で改変したストーリーがそのまま反映されてたってのか……!?」

「でもまぁ、考えてみたら、そうなるものなのかな」


 舞香は納得しているが、俺としては……いや、でも、まぁそうなるのか……。そんなこと考えても仕方なかったから特に考えてもこなかったけど。

 ……うん、何か一瞬めっちゃ驚いちまったが、冷静になってみたらマジでどうでもいいな。どうせ死ぬまでこの世界で生きていくんだし。


 そう、だからこそ、このゲームを絶対クリアさせてはならない。やれることはやってきたが、可能性をゼロにしたい。そのための情報を、この世界の創造主の一人である母さんなら、何か持っているかもしれないのだ。

 感動的な再会シーンも良いが、今の俺にはそっちの方が大事だ。


「といっても、久吾君のパソコンに入っていたデータと、豪雪さんが持っていたディスクにのみ起こっていた現象ね。市場に出回っている商品のデータまで変わってしまったら大変なことになるもの。主にわたしの仕事が」


「仕事って……」


 呆れたような声を漏らす舞香。その目は冷めたように元実母を見つめていて。


「……この世界入ってくるつもりだったんなら関係ないはずじゃん。やっぱ本気じゃなかったってことっしょ。私らに対する未練があるようなフリしてさ。ホントのところは、どーでもよかったんじゃないの」


 冷たい声音。舞香にとっては、家族を捨てた母親のように感じている部分もあるのかもしれない。


「確かに舞香ちゃん達を置いて出ていってしまったことには、言い訳のしようもないけれど……仕事っていうのは、わたしにも考えがあって……気付いたのよ、あの仕事を終えるまでは、転生するわけにいかないって。だからしばらくの間、『パワフル甲子園』と『僕変え!』からは物理的にも精神的にも距離を置いていて……」


「はぁ? 意味わかんない。そーゆー言い訳いらないから。あんたみたいなモサモサ陥没デカ乳輪、間違えた。あんたみたいな家族を捨てた母親の言葉なんて響かないし」


 あ、違う! こいつ未だにデカ乳輪とモサモサと陥没乳首遺伝させたことにキレてるだけだ! 理不尽だぞ、それは! 仕方ねーだろ! だいたい陥没は遺伝じゃねーし! 陸斗や瑠美奈にだって俺たちの皮余りや乳輪や乳首が遺伝するかもしれねーんだぞ! 素晴らしいことじゃないか!


「ごめんなさい……ただ、これは二人にも知っていてもらうべきだと思うの。説明するのは難しいというか、わたしの勝手な仮説というか、万が一に備えて、なのだけれど……」


 何とも歯切れの悪い母さん。だが、その言葉に、俺は思い当たるところがあった。というか、期待してしまった。

 俺たちが考えていたことを、もしかして、母さんも……!


「まさか、この世界の終わりについて、ってことか? 仕事ってもしかして……このシリーズの、次回作ってことなんじゃないのか?」


「…………! そうよ! そうなのよ! さすが久吾君!」


 目を見開いて立ち上がる母さん。俺もそれに釣られて立ち上がり、思わず母さんの手を握ってしまう。


 やった! やはりそうだったのか!

 母さんは、璃子が生きるこの世界を終わらせないために――クリア=エンディングという概念がないような、『この世界の次回作』を創り上げてきてくれたのだ!


「ありがとう、母さん! つまりこの世界に終わりなんてないってことなんだな!」


「ないかどうかは分からないけれど、心配はいらないわ! 最新作の舞台はこの時代から200年後の世界だから! 200年後の日本に派遣されてきた宇宙人が地球のNTR文化にドン引きしてNTR文化を滅ぼそうとしてくる――のを防ぐため奮闘するNTR防衛隊の戦いを描いたストーリーだから! 少なくとも200年後まではこの世界の文明は続いているということよ! むしろ前の世界より安泰だと思うわ! 豪雪さんが残していったシナリオだからそれまでの200年間の世界の流れはガバガバだけれど、200年後の結果だけは決まっているわ!」


「全然予想とは違ったがとりあえずよかった」「NTR文化とか滅びていいっしょ。何て良識的な侵略なの。頑張れ宇宙人」


「とにかく、リリースを見届けてから転生してきたし、この世界が続くことは間違いないわよ」


「新作をリリースしてからってことは……もしかして、そっちの世界では、俺たちが消えてから結構時間が経ってたのか……?」


「そう、ね。まぁ、そんなことまであなた達は知らなくてもいいと思うわ。とにかく、わたしは今、幸せだから」


 穏やかにそう言って、疲れ混じりの微笑みを浮かべる母さん。きっと、それなりに長い時間、心配かけていたんだろうな……。そして、この世界でよみがえった璃子の命を、万が一にも途絶えさせぬよう、必死で頑張ってくれていたのだ。


「ありがとう、母さん。璃子のことは俺が幸せにするから……舞香も誤解してたんだから謝っておけ」


「……ごめんなさい、お母さん……確かに陥没に関しては私の誤解だった……ただの突然変異だった……」


 あと、本人が狙ったわけでは全くないのだろうが、そんな設定とシナリオを残してきてくれた父さんにも。そういや未だにモチモチ監禁されてるんだった。解放させるの忘れてた。まぁ別にいいか。


「でも、やはり璃子にはこのことは黙っておこう。200年後に宇宙人が、だとか言っても混乱させちまうだけだしな!」


「いやあんた、璃子を処女でいさせ続けたいだけっしょ、それ」


 一瞬でバレたわ。さすが舞香。

 でもよぉ、だってよぉ、自分が誰かとエッチしたらこの世界が終わっちまうかもしれないって璃子に思わせておきてぇよぉ……璃子は誰にも渡さない……! 大切な妹を寝取られてたまるかってんだ!


「なるほど、そうなのね……だいたい分かったわ。『僕変え!』の世界を終わらせないため、璃子ちゃんが誰かとエッチしないようにしていたということだったのね。さすが久吾君……相変わらずシスコンなのね……!」


 なぜか頬をほのかに染め、ブルルッと震える母さん。よくわからんが、俺たちの事情まで一瞬で察するその思慮深さには感銘を覚えるしかない。やはり、母さんがうちの家族で一番まともな人間なのだろう。


 そんな母さんにも、ちゃんと幸せになってほしいところではあるが……、


「俺たちは救われたけど……母さんは本当に良かったのか? いわば、この世界で知らん男と結婚してる状態なんだぞ? まぁ母さんたちが作った山田父だし、知らん男ってのとはまた違うが……それに、前の世界で新しい恋人とかいなかったのか?」


「いるわけないでしょう、そんなの……わたしは今でも、豪雪さん一筋だもの。愛しているもの……」


「「は?」」


 という声を漏らしてしまったのは、もちろん俺と舞香だ。

 だって、意味がわからない。母さんがトロンとした目をしている理由が全くわからない。もともと父さんと喧嘩別れして家を出ていったはずなのに……。父さんの方が母さんに未練タラタラなのは知っていたが、それでもヨリを戻せていないのだから、当然母さんの方は父さんに愛想尽かしているものだと思っていたのだが。


「そうね、あなた達には何も説明していなかったものね……幼いあなた達に話せるような事情じゃなかったのよ」


「そう、だったのか……何か、大人の事情が……」


 母さんはアンニュイな表情で静かに頷く。


「本当にずっと、愛していたの。愛し合っていたの……ただ、どうしても相容れない価値観があって……方向性の違いという壁に直面してしまって……そう、ね。大人になった今のあなた達なら理解してくれると思うわ。決して楽しい話ではないけれど……聞いてくれる……?」


 舞香と共に、ゆっくり頷き返す。

 父と母の離別の秘密について、ついに知る時が来たのだ……!


「豪雪さんはNTRには絶対事前警告が必要派だったのに対して、私は不意打ちNTR以外NTRとは認めない、不意打ちNTR過激派だったのよ。ちなみにわたしは唐突なNTR展開のことを、急にNTR――QNTRと呼んでいるのだけど。母さん、実はQNTR派の急先鋒だったの」


「あ、何か私、俄然がぜん眠くなってきた。今なら眠れる気がする」


「わかる」


「わかってくれるのね、久吾君」


「わかんねーよ」


「警告有りNTRなんて甘えだわ。そんなもので『脳が壊れるぅ』だとかほざいているような輩はワンピースだけ読んでオタク名乗っているリア充女と同じよ。矢口真里と同じよ。NTRヒロインとしての彼女のことは好きだけれど」


「そんな例えにワンピースを使うな」


 あと表現が全体的に一昔前なんだよなぁ。そんなファッションオタク、今どきいねーのよ。矢口さんとか言われても俺あんまピンと来ねーし。やっぱ普通におばさんだな、こいつ。


「制作現場にはわたしの思想に共感してくれる人も一定数いるけれど、結局はファッションNTR好き消費者にすり寄った予告NTRものしか作らせてくれないのよね。同人では作っているけれど、わたしの同人作品は常にQNTRだとバレているから実質的にQNTRにならないというジレンマを抱えているの。だから近年は新刊を三冊同時に出して、そのうち二冊は最後まで純愛、一冊だけが純愛に見せかけた超凶悪QNTRという、寝取られロシアンルーレット方式にしているの。でも結局いつも一冊だけ妙に分厚いという理由でバレバレなの」


「わお。どこからツッコめばいいのかわからない」

「久吾、私もう寝るね。あんたもさっさと寝なよ?」


 あくびしながらリビングを出ていく舞香。母との感動の再会がQに打ち切られた。


「もちろん商業作品においても警告派連中の言いなりになってばかりではいないけれどね。ささやかな抵抗として、NTRもの作品のパッケージデザインも一目では絶対NTRものには見えないようにしているの。例えば『実況!パワフル甲子園』も一見すると青春野球ゲームのようにしか見えなかったでしょう? 佐倉宮琴那の笑顔が眩しい、爽やかなパッケージだったでしょう?」


「そんな理由だったのかよ。おかげで璃子にエロゲだってバレずに済んだよ。結局バレたけどな」


 さぁ、そろそろ寝るか。うん、マジでいい加減、大事な明日に備えねーと。


「待って待って、久吾君。これだけは約束してほしいの。わたしが転生してきたことを、まだ豪雪さんには伝えないで……」


 部屋に戻ろうとする俺のTシャツをつかみ、真剣な瞳で見つめてくる母さん。


「何か、深いワケがあるのか……?」


「計画を練りたいの。この世界での山田夫とは関係も冷え切って完全なセックスレスなはずだけれど、場合によっては何とかして抱かれようと思うわ。豪雪さんにQNTRを味わわせるために、ね。久しぶりの再会を果たしたと思ったら、既に寝取られているなんて最凶じゃない……! わたしが寝取られて絶望鬱勃起ぴゅっぴゅする豪雪さんが見たいの!! ゾクゾクするの! イっちゃうの! それが私と豪雪さんのイチャラブセックスなの!」


「なるほど。そりゃ宇宙人さんも滅ぼしたくなるわ、この文化」


 そしてこの特級危険物を排除することに成功したあの世界は救われたわ。愛する夫を追いかけてきたということなら、父さんは世界を救った英雄だ。


「久吾君の鬱勃起ぴゅっぴゅも見たいの。もはやシナリオから逸脱したあなた達の人生において、璃子ちゃんが何の前触れも伏線なく、Qに好青年でしかない普通の彼氏を作ってきてQ吾君が鬱勃起ぴゅっぴゅするところが見たくて仕方ないの……!」


「さっきの反応それかよ。興奮で武者震いしてたのかよ。絶対させねーからな、そんなこと!」


 結局こいつもうちの家族だったな!


 舞香! 俺とお前の子ども達だけは絶対まともな人間に育て上げるぞ!!



――――――――――――――――――――

次回、最終話です^^ モチモチ!^^

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る