美玖襲来! SIDE:鈴瀬梨香

「お、お客様。こ、こちらの席をご利用ください」


私は彼女が何故先輩の名前を口にしたのか気になったものの、今は一応お客様と店員という立ち位置であるため無闇に詮索するわけにもいかず、素直に窓際の落ち着ける席へと案内します。


「はーい。ありがとう」


ハニカムように笑う女性の姿は大人なのに子供っぽくも見えて、そのアンバランスな魅力につい心がささくれ立ちそうになりました。


現に今私の頬は少し膨れて、笑顔は引き攣っています。


「へぇ、ここなら周りの目も気にせずゆっくり出来そうだね」

「……」


……それに、それにですよ?

目の前の女性、明らかに私よりも大きいです。

特に胸部の一部分が、万年密かに育乳に励む私とは大違いで……まるでお母さんと同じぐらいのサイズ感なのですがっ。


「ん?どうしたの?」

「い、いえ」


お、落ち着くんです、私。

例え胸が大きかろうが小さかろうが、先輩はきっと気にしないはずです。

そもそも私はお母さんの血を受け継いでいるんですから、今はこの戦力差ですが、いずれは目の前の女性と同じサイズになれますっ!


「お、お客様。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

「はい、わかりました」


ジッと一部を見ていたことに気付かれたのかと焦りながら、私はこの場から逃げるように立ち去りました。


「……」


あの女性について問いただそうとキッチンで作業をする先輩の元へと向かう中、背中には先程の女性の視線が突き刺さります。


その視線は私のことをただ見ているというよりも――まるで、を感じました。




「梨香先輩!」




逃げ帰ってきた私を出迎えてくれる天音さん。


「……天音さん、どうしたんですか?」

「いえ、その……あの女性、綺麗だなって思って」


でもあるのか、天音さんは先程の女性のことを「うーん」と小さく声を出しながらジッと見詰めています。


女性はそんな天音さんの視線に気付いた様子はなく、メニューを見つつ、時折店内を見渡していました。


「あ、そう言えば、梨香先輩。あの人と歩いてる時に少し顔色変わってましたけど、どうかしたんですか?」

「え」


まさか天音さんに気付かれていたとは思わず、つい驚いた声が漏れてしまいます。


今日初めて会ったばかりだというのに、天音さんは周りのことをよく見ていますね。

私も天音さんぐらい先輩のことをちゃんと見られていたら……なんて。そんなことを今更考えても仕方ありません。




――私には頑張るしか道はないんですから。




「いえ、ちょっと気になることがあっただけで」

「そうですか?それならいいんですが……」


天音さんは釈然としない様子で……って、そうです。



「えっと、先輩は」



私はキッチンにいるであろう先輩へと視線を向けました。


「あれ、先輩は」


キッチンには先輩の姿はなく、代わりにマスターが作業をしています。


「あ、春人先輩でしたら、配達の人が来たみたいで荷物の受け取り対応とか検品をしに行ってます」


くっ、まさかタイミング悪く先輩が席を外すなんて予想外ですね。

あの女性について問いただそうと思っていたのにっ。






「すみませーん」






先輩のことを考えていると、店内には先程の女性の透き通った声が響きます。


「あ、梨香先輩。あのお客さんが呼んでますけど……」


声がした方を見ると、先程の正体不明な女性が手を上げて私達を呼んでいます。


その顔には笑顔が浮かんでおり、パッと見はとても素敵な女性のようにみえますが、あの人は先輩の名前を知っていて、尚且つバイト先までくる人です。

先輩との間柄はまだわかりませんが、今まで先輩の知り合いの方がバイト先まで来ている様子は、私が覚えている限りありません。


そう考えると、あの女性は先輩にとってだといえます。




「っ」




胸が、とても痛いです。

私はまだ先輩の特別になれていないどころか、ようやくスタートラインに立って関係性を築き上げていこうとする段階なのに、どうしてあの人は私の何倍も前にいるんですかっ。


「……梨香先輩?」

「あ」


天音さんの声にハッとします。


……そうでした。

今はバイト中……何より私は先輩として、天音さんに仕事を教える立場です。

そんな私がこんな状態では示しがつきません。


「それでは、私が行ってくるので」


流石にまだ天音さんに任せるわけにもいかず、私が向かうことにしました。



――それにあの女性ともう少し話すべきだと、私の女の勘のようなものが語りかけている気もします。



「あ、はい!では、私は邪魔にならないようにここから見て、勉強させてもらいます」


天音さんに見送られながら、私は再びあの女性の席へ。




「お待たせ致しました。ご注文をお伺いいたします」




現れた私の姿に微笑みながら、女性はメニュー表へと視線を落としました。


「えっと、マスターのおすすめブレンド一つと、後は……」


目の前の女性がいくつかのメニューを注文し、私はその内容を注文票に書いていきます。


「――以上で、お願いします」


そのやり取りを少し繰り返した後、女性はそう言いました。


「かしこまりました。では、ご注文の内容を繰り返し」

「あの」


私がいつものように注文内容に関して繰り返そうとしたところで、女性が声を掛けてきます。


「はい?」




「えっと、ここに春人君――?」




「――」


まさか女性の方から先制パンチをしてくるとは思わなかった私は、一瞬頭の中が真っ白になりました。

しかし、次いで彼女が先輩の名前を親しい相手を呼ぶように告げる様子に、思わず持っていたボールペンを強く握ります。


「……申し訳ございませんが、働いている者との関係がわからない相手へ如何なる情報もお伝えすることはできません」


もしもの時にと、マスターから教えられていた言葉をそのまま目の前の女性へと伝えます。


「そう、ですか……まぁ、流石に親類でもなければ教えてもらえるわけないかぁ。うーん、残念。少しだけでも顔見たかったんだけど」


本当に残念そうな表情で告げる女性の姿に、私はつい聞きたい気持ちを抑えられなくなってしまいます。




「あ、あの」




突然私が声を掛けてきたことに、目の前の女性は首を傾げます。


そのことに気付きながらも、私の言葉は止まりません。


「先輩とはどういったご関係なんですか?」

「――」


私の言葉に女性は驚いた様子を一瞬浮かべ、その後にニコッと笑います。




?」




まるでからかうような笑みに私はつい頬を膨らませてしまいました。


「あはは、ごめんね。嘘だよ、嘘」

「……どういう意味ですか?」

「あなたがとても可愛らしかったからつい、からかいたくなっちゃったの……それにこの子の素直な反応、?(ぼそ)」


謝罪する女性。

ですが、私は素直に受け入れられません。


「ありゃあ、機嫌損ねちゃったか……本当にごめんね。私は春人君と仲良くさせてもらってる……うーん、友達みたいな存在かな?それとだよ」

「――ぇ」


女性の予想外の発言について戸惑ってしまいます。


どうして、私が先輩を好きなことに気付いてっ!?


「わかるよ。だってあなたが春人君のことを聞いてきたときの顔、すっごい乙女の顔して可愛らしかったから」

「っぅう!!」


思わず両手で顔を覆ってしまいます。


だって、だってっ!

そんなわかりやすい反応してたなんてっ!自分じゃ気付けないじゃないですかっ!!


「うーん、若いっていいなぁ~。反応が可愛らしいね」

「そ、そんなことないですっ」

「そんなことあると思うけど?」


くっ、さっきからこの女性に翻弄されている気がします。

これが年の功というやつですか?


「っ」


思わず感じた寒気に、私はつい目の前の女性を見ました。


い、今、この人から凄く怖い気配を感じたような……


「あ、ごめんね?今ちょーっと、歳のことを言われた気がしたから」

「い、いえ」

「私これでもバリバリの20代だからね?」

「は、はい」


そ、そこまで聞いてないんですが。

というか、この女性、雰囲気変わりすぎじゃないですか!?


「そ、それでは」


私はこの場の空気に堪えきれず、注文も終えていたためそのまま下がろうとしました。


その時です――






「荷物の対応終わりまし――え」






聞き覚えのある声と共に現れた先輩は私を――いえ、正確には私が接客している女性を見て驚いた様子で目を見開いています。



「なっ、え、なんで!?」



ですが、その表情や言葉には不快さが全くありません。

純粋に女性の姿に驚きつつも戸惑っているのが伝わってきます。


「っ」


しかし、私からすると先輩があそこまで様子は今まで見たことがありません。

そんな表情を先輩にさせる女性に対して、つい敵対心を抱いてしまいます。


私が先輩と同じように女性に対して視線を向けると、女性は驚く先輩に向かってまるで聖母のような温かみのある笑みを浮かべながら――




「来ちゃった♪」




一言、そんなことを言ってきます。


「き、来ちゃったって……いやいや!なんで、美玖さんがここに……と言うか俺、バイト先って伝えましたっけ?」

「うん、春人君に教えてもらったよ?」

「う、うーん……そうだったかなぁ」


親しそうに会話を始める二人。


……私はその間に入っていくことができません。


「あ、鈴瀬」

「は、はい!」

「美玖さんの注文票もらうよ」

「ぁ……はい」


先輩は私から注文票を受け取ると、そのままキッチンへと向かいます。




「――あ、美玖さん」




ですが、何かを思い出したように振り返った先輩。


「ん、どうしたの春人君?」

「どんな理由であれ、来てくれて嬉しいです。ありがとうございます」

「――うん」


まるで恋人のように通じ合っている様子に、私は気付くと制服の裾を強く握り絞めていました。


「いっちゃった……でも、うん。こうやってバイトを頑張ってる春人君もいいなぁ」


私の近くでそう呟く女性の表情は、女の私が見ても見惚れるものでした。






――――――――――

第1ラウンドでは美玖にいろいろと格の違いを見せつけられた梨香。

果たしてこのままやられっぱなしでいるのか、それとも美玖を驚かせる何かをみせるのか……次のラウンドもお楽しみに!

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2024年9月23日 06:08
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女難の俺がわからせた美少女達は、激重感情に目覚めて離してくれなくなった みずはる @Blossom-mizuharu

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