後輩と後輩の修羅場?

「す、鈴瀬!?」


休憩室に入ってきた鈴瀬は俺と天音の体勢を見て冷ややかな視線を向けてくる。


心なしか場の空気が数度下がった気さえしてくる氷のように冷たい視線。そして、彼女から伝わってくる有無を言わさぬ雰囲気が俺の心臓をギュッと締め付ける。




「――はい♥せんぱいのぉ~、可愛い後輩である鈴瀬梨香ですよぉ?」




口調は前までしていたメスガキ風のものなのに、言葉から感じられる印象はまるで違う。


怒ってる、これはとてつもなく怒ってる!



「な、何か勘違いしてないか?俺と天音は」



誤解をしているであろう鈴瀬に説明をしようと口を開く。




「……へぇ。先輩の上で顔を真っ赤にしてる子、天音って言うんですかぁ……ふーん」




おかしい、鈴瀬の空気がより一層冷たくなった。

それにさっきから鈴瀬の頬が不自然なほどピクピク震えてる。



「別にぃ、私はせんぱいが誰とナニをしていようと気にはしませんけどぉ……流石にバイト先でるのはアウトだと思うんですけど?」



おい、今『なに』とか『やる』のニュアンスおかしくなかったか!?




「ま、待ってくれ!俺は別にナニもやりもしてないって!これはそういうわけじゃなくてっ!」




誤解を解こうと必死に反論する。


だが、その態度がまるで浮気を咎められたチャラ男のようにも感じられて、精神的なダメージが……というか、別に悪いことをしていたわけじゃないのに、何故俺は今こんなにも焦っているんだ。


「ふーん……というか、そういうわけじゃないのなら、早く天音さん?を上からどけたらどうですかぁ?せんぱい??」

「あ、はい」


全く笑っていない目で至極もっともなことを言われ、俺は素直に頷く。


確かにいつまでも男の股ぐらに天音を跨がらせるわけにはいかない。



「あ、天音。この体勢だと俺が動けないから、天音の方からどいてくれないか?」



俺はさっきから黙ったままの天音にお願いする。


すると天音は顔を真っ赤にしてポツリと。


「……です」

「は?今なんて言った?」


声が小さくて聞き取れなかった。




「だ、だから!その、驚いて……腰、抜けてしまいました」




あ、あー、だからさっきから動いていなかったのか。


「……らしいんだけど、鈴瀬」


未だこちらをハイライトが消えた目でジッと見てくる鈴瀬にお伺いを立てた。



「へ、へぇ……こ、腰抜けたんですかぁ。そ、それは大変ですね」



うわぁ、今度は頬を引きつらせてる。


「……はぁ。仕方ないですね」


ただそれも一瞬のこと、ため息を漏らした鈴瀬は目にハイライトを戻して天音に手を差し出す。


「立てるように私が手伝います。手、取ってください」

「え、は、はいっ……お手数をお掛けいたします」


手を握った鈴瀬はそのまま天音を引っ張り上げた。


「わっ、と、とと。あ、ありがとうございま――ぇ?」

「……ふぅ」


これでようやく俺も立ち上がれる。



「――って、おい?鈴瀬……なんで俺の膝の上に乗ってるんだ」



立ち上がろうとした時、何故か鈴瀬が膝の上にちょこんと座ってきた。


「……いいじゃないですか、別に」

「いや、立てないんだけど」

「……天音?さんはじっくりねっとり座らせてたのに」


いや、あれは不慮の事故で――というか、じっくりねっとりって語弊があり過ぎだろ。






『おーい。水無月君に花鈴、大丈夫かーい?今大きな音が聞こえてきたけど』






ホールからマスターの声が聞こえてくる。


その声に鈴瀬はビクっと震えた後、立ち上がってスカートをはらう。


「ごほん!だ、大丈夫ですっ、マスター!!」

『その声、梨香ちゃんかい?』

「はい!私が声を掛けたことで驚かせちゃったみたいで、床に少し物が落ちただけなので!」

『そうだったんだね。わかったよー、何かあったら言ってね!』

「はい!……さて」


俺達の代わりにマスターへ返事を返した鈴瀬は、椅子に座る天音と立ち上がって服の汚れを落とす俺に視線を向ける。




「それで、先輩?ウチの制服を着ているこの方は一体全体誰なんですか?」




そういって鈴瀬は何故かジト目で俺を見てきた。


「彼女は天音花鈴。マスターの姪らしくて、今日からここで働くバイト仲間だな」

「あ、は、はい!その、天音花鈴と申します。今日からよろしくお願いいたします!!」


俺の説明に反応する形で天音は椅子から立ち上がると、慌てた様子で鈴瀬に向けて再び頭を下げる。


「姪……そう言えば、先週マスターがチラッと言ってましたね」


どうやら鈴瀬の方もマスターから聞いていたらしい。

納得した様子で天音のことを見ている。



「あのぉ……あなたのお名前は」



天音は恐る恐るといった様子で鈴瀬へ問いかける。


「あ、そうでした。私は鈴瀬梨香です。聖鳴神女学園せいなるかみじょがくえんの一年生で、ここでバイトを始めて半年近く経ちます。私のことは気軽にと呼んでくれても――」


おい。そんないきなり先輩面でマウントとったりしたら。




「わぁぁあ!聖鳴神女学園ってここら辺では有名な中高一貫の女子校じゃないですか!」




後輩に対して大人げないと思っていた俺とは対照的に、天音は目をキラキラさせて鈴瀬の手を取る。


「え、え」


鈴瀬もまさかそんな反応をされるとは思っていなかったのか、少し戸惑った様子だ。


「確かあの学校って入学がすっごい厳しいって噂なのに凄いですっ!それに――梨香先輩よく見るとお人形さんみたいで可愛らしいですねっ!」

「あ、ありがとうございます」


おい、天音のやつナチュラルに梨香先輩呼びしてるぞ。

しかも鈴瀬の方が押されてる。


「それに半年もここでバイトしてるなんて――」

「――」


賞賛の言葉を止めずに次々と鈴瀬を褒め称える天音。

鈴瀬は堪えられなくなったのか俺に救いを求める視線を向けてくる。


俺は仕方ないなっと思いつつ二人の間へ入った。




「――ストップ、天音。鈴瀬が困ってる」




俺の言葉に天音は言葉を止めて鈴瀬の方へと視線を向ける。


そこには戸惑った様子で乾いた笑みを浮かべる鈴瀬の姿が。


「え――あ、す、すみません!私、可愛いものを見るとつい……」

「い、いえ。大丈夫です……ちょ、ちょっと先輩」


鈴瀬が天音から離れて俺の傍へと近寄ってくる。


「どうした鈴瀬?」

「どうしたじゃないです。な、なんですかあの子!滅茶苦茶素直でいい子なんですけど!?(ぼそぼそ)」

「いや、そんなこと言われても……俺もそんなに天音のこと詳しいわけじゃないから(ぼそぼそ)」

「た、確かにそうですよね……私としたことが少し焦って(ぼそぼそ)」

「まぁ、だから、今後関わる機会は増えそうだけどな(ぼそぼそ)」


俺が流れで呟いた言葉。

それを聞いた鈴瀬の顔は、先程と同じように凍り付いた。




「――は?」




まるで全てを凍えさせるような冷たい響きに、思わずギョッとする。


「す、鈴瀬……さん?あの、ど、どうしたんでしょうか?」

「彼女――天音さんって、先輩と同じ学校なんですか?」

「え、あ、はい……俺も今日知ったんだけど、どうやら一年生らしくて」

「ふーん、と言うことは……なるほど。これはやはりお母さんの言う通りうかうかはしていられませんね(ぼそ)」


最後の方は声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れなかったが、何かを考えている様子の鈴瀬。




「――あ、あの春人先輩!」




そんな鈴瀬に対して、どうしようか悩んでいたところに天音の声が耳に入る。


「そろそろ、お仕事を再開した方が」

「あ、そうだな」


天音の言葉に頷いた俺は、そのまま天音を連れて作業を再開しようと――あ。


「鈴瀬」

「え、あ、はい。先輩、なんですか?」

「実は」


俺は先程マスターと話していたことを思い出し、鈴瀬へと伝えていく。


「……なるほど。確かに、二人が言うとおり私が教えた方がいいかもしれませんね」

「ありがとう。マスターには俺が伝えておくから――天音。天音は鈴瀬が着替えるまでここで待っててくれ」

「あ、はいっ!」

「じゃあ、鈴瀬。また後で」

「あ」


何か言いたそうな表情をする鈴瀬に背を向けて、俺はマスターの元へと向かった。






――――――SIDE:鈴瀬梨香――――――


「……行ってしまいました」


まだ先輩と話したいと思っていたのに、先輩はそんな私の気持ちには気付いてくれずホールへ向かってしまいました。


まぁ、仕事中に長々と話していた私も悪かったですし……仕方ないことです。



「あ、あの」



と、そうでした。

今は天音さんもいるんでした。


「天音さん……で、いいですか?」

「あ、はい。梨香先輩!」


うっ、ついメスガキノリのまま言ってしまったこととはいえ、同い年の子に先輩呼ばわりされると……なんだか、すごく申し訳ない気持ちになってしまいます。


嫉妬してしまったとはいえ、もう少しちゃんとしないと。



「あのぉ」



私がそんなことを考えていると、天音さんは話し辛いことでも聞くかのように声を掛けてきました。


「ん?なんですか?」




「その……梨香先輩は、もしかしてなんですか!?」




「――え」


私はあまりにも予想外のことを言われて、思わず頭が真っ白になってしまいます。


私と先輩が恋人……つまり、彼氏と彼女?






「っぅうう!!」






その光景を想像して思わず頬が赤くなってしまい、咄嗟に両手で顔を隠します。

しかし、天音さんはそのことにめざとく気付いたようで、目を丸くしながら小声で「顔真っ赤」と。



「ち、違います。私と先輩は恋人同士ではない、です」



後輩にいきなり情けない姿を見せてしまったと思いつつも、否定する私。


「そう、なんですか?」


ですが、何故か天音さんは疑うような視線を向けてきます。


何故彼女がそんな表情をするのかはわかりませんが、これ以上付き合い続けていたら彼女の前でボロが出るのは確かです。



「こ、この話は終わりです終わり!私は着替えてきますから、少し待ってて下さいっ!!」



私は天音さんの追求する視線から逃れるように更衣室へ入っていくのでした。




◆◆◆




制服に着替えた私は休憩室で待つ天音さんの前に出ました。



「うわぁああ」



すると、天音さんは驚きの声と共に何故か目をキラキラさせながら近寄ってきます。


「梨香先輩!」

「な、なんですか?」


あまりの迫力につい腰が引けてしまいます。


「すっごくかわいいですっ!綺麗な銀髪に制服のモノトーン色がマッチしていて……とても似合っていると思いますっ」

「あ、ありがとうございます……そ、それよりもっ!早くホールにでますよっ」


照れた私はついぶっきらぼうにそう言うと、天音さんを連れてホールへと向かいます。




◆◆◆




「おはようございますー!」

「おお、おはよう梨香ちゃん」

いの一番に声を掛けてくれたのはいつものようにマスターです。


「マスター、おはようございます。今日は天音さんの教育係として、彼女にいろいろ教えればいいんですよね?」

「え、ああ、そうだけど」


そう言いつつも、マスターは少し驚いた様子をみせます。


「どうしました?」

「い、いや。喋り方がいつもと違っていたから少し驚いてね」


ああ、なるほど。そういうことですか。


「……少し考えを改める出来事がありまして」


私はそう言うと、キッチンで作業している先輩へと視線を向ける。


「はー、なるほど……」


マスターはそれだけで何かに気付いたのか、微笑みを浮かべます。


「じゃあ、梨香ちゃんに花鈴のことは任せるね」

「はい、お任せください!」


いつもなら次は先輩にも声を掛けるところですが、さっき言われた天音さんの発言が頭に残っていて、今は先輩の顔を直視できません!


そのため、先輩には声を掛けず、天音さんの方へと向かいました。


「天音さん、では仕事に関して教えますね」

「は、はい!よろしくお願いします」


天音さんの元気な返事と共に、ちょうどタイミングが良く来店を知らせる鈴の音が店内に鳴り響きます。


「天音さん。先ずは私の仕事の流れを見ていてください」

「は、はい」


緊張した様子の天音さんに背を向けて、私は来店したお客様に対応します。




「いらっしゃいませ。お客様は一名様ですか?」




私はそう言うと、笑顔を浮かべてお客様の顔を見ました。


「あ、はい。一人です」


微笑み返してくれた目の前のお客様は、子供っぽい見た目の私とは違い大人の色気を感じさせる女性でした。


「では、お席にご案内いたしますね」

「お願いします」


私は女性を連れて、一人でも過ごしやすい席へと向かいます。


その途中――




「へぇ、……うんうん、いい雰囲気だね」




後ろを歩く女性――女は、私が大好きな先輩の名前を呼んでそんなことを口にしました。






――――――――――

近況ノートに鈴瀬梨香のキャラデザを公開いたしました。

https://kakuyomu.jp/users/Blossom-mizuharu/news/16818093084956290653

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