第5話

「アイくん、誰もが知っている曲をカヴァーするのに抵抗があるのはわかる。でもキミの作曲センスなら、あれが大元のアーティストに届くレベルで人気になると思うんだけど、どうかな」

「ん〜じゃあもう少しメジャーじゃないアーティストとかラッパーのアレンジとかはダメなんすか。人気に乗っかるようでなんか俺……」


 その日のライブの出番前。有名バンドのメンバーにほんの少し突っかかられて腹を立てていたというアイの話を、私はエレベーターホールに彼を連れ出してゆっくりと聞いていた。

 その流れで「喧嘩せずに、彼らより上に行ってやればいい」と話せば、カヴァー曲の制作についてもアイがぽろりと本音を漏らした。きっと、カヴァー制作の進捗がなかったのは、この本音があったからなのだろう。


 そうじゃないのだ。アイの書く曲が良い事が条件なら、とっくにこの子達は多くの人間に見つかって売れている。そうじゃない力が、バンドサウンドを普段聴かない人にさえ届く何かキッカケが必要なのだ。


「アイくん、前に言ったよね。俺は音楽で飯食いたいですって」

「はい、言いましたけど」

「じゃあ、これは手段と思いなさい。人気に乗っかるんじゃないんよ、誰しもに耳馴染みのある曲をキミのセンスでアレンジする、それを聴いたうちらのフォロワーの何倍ものファンが、ウチのバンドの曲を聴くキッカケにするんよ。それが良いものであれば、より大きな媒体のファンがつく。……アイくん、今いくつだっけ?」

「……今度28っすね」

「じゃあ、自分の芯は通しつつ、手段を選ばない方法は大切よ。勿論、法律は守る上での手段ね(笑)今のペースでファンを増やしても5年かかる数字を、半年で出していかないと、あっという間にキミは若手の枠から外れてしまう」

「確かに……そうっすけど」


 アイくん、と私は少し唇を尖らせた俯いたアイの肩を小突いた。


「腹ん中にいろんな事思ってんじゃん、もっと言いなよ」

「いや、でも。俺そんな生意気言う資格とか……」

「私にはいいよ、私はね。全然生意気じゃないし、全面的にアイくんの楽曲センスを信じてるから。だから一緒に頑張ろうって言ったんだよ。ただ敵は作るな。この業界、売れてる側の人間にマイナス印象持たれて有る事無い事言われたら損だよ。で、キミは売れたい? 音楽で飯食いたい?」


 うす。と今度はアイはしっかりと私の目を真っ直ぐ見返して言った。


「俺、自分が死なない限りはこのバンドやめないす。絶対に上に行きたいし、音楽だけで生きていきたいっす」


 オッケー、と私は手を差し出す。


「私はね、ただ面白半分で、話題性が欲しいからカヴァーをやれとは言わん。キミにしか言わん。だってアイくんがアレンジすれば、面白い誰もが一緒に歌って踊れるあの曲のカヴァーができると思ってるからよ。そこから、バンドの楽曲を聴いてファンになってもらえると思ってるんだけど、どう?」

「俺は……書いた曲は誰にも負けないと思ってるす」

「よし、じゃあ決まりだ」


 一緒に楽しいことしよう。そう言って目配せした私の手を、アイはしっかりと握り返す。


「もう……十分助けてもらってるんす。だから自分の力でなんとか恩返ししなきゃって」

「いい、いい。キミらが売れたらそれが恩返しよ。一番キミが楽しい、最高って思える曲を自由に作りな。裏のいやごとは全て投げていいから」


 えー! あきらさん、アイくんに説教っすか。とタイミングの悪いリッキィが来る。「いやどう考えても真剣な話だろ空気読めよ」とヨダが心底呆れた顔で止めに入る。他のメンバーも「どうしました?」と集まってきた。


 まだ自信も根拠も、数字もない。才能だけが輝いているひよこちゃん。それがこの子達だ。エンタメ業界は正直しんどい、けれども普通の生活では得られない素晴らしい経験も山ほど存在する。


 その不安そうな表情を、自信満々な悪ガキとしてステージに上げてあげるのが私の仕事だ。その自信に満ちた表情が、彼らの素顔になるまで。


「いいや、来年の野外フェス出たいねって話してたんだよ」

「え、俺出たいっす。まじで出たいっす!」

「あきらさん、それまじすか。俺らでいけますかね」

「当たり前じゃない。私はキミらの楽曲を信じてるし、何より皆が大好きだからね」


 ——そのために、まずは今日のステージね。


 そう告げると、彼らはふにゃりと笑いながら頷き、楽屋へ向かっていった。

 アイの目つきだけは変わったな、そう確信しながら、私も物販スペースへと戻るために一歩踏み出した。


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プラチナとコンパクトディスクたち すきま讚魚 @Schwalbe343

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