第拾伍怪 事件の後

「おはよー!」

「おはよう!」


 元気な声と共に登校する生徒達。その中に見つけた柚月の姿に、思乃はホッと胸をなでおろした。

 あの日、思乃が気を失っている間に何があったのかを鬼童さんが話してくれた。


 私と丹川さんは一旦八妖郷内で治療という形で引き取られた。一晩だけだったが、完璧に治療してくれたおかげで今ではすっかり元通り。

 彼女も特に外傷はないらしいが、麗の冷気に充てられて少し体温が低くなっていたという。幸い命に別状はないぐらだったらしいが、無形に憑りつかれた人間にまで妖気による攻撃の余波が及んでしまうのは、直すべき今後の課題とも言えるだろう。


 ところで、私の体が魂のみの霊体なのに『背骨が折れた』という事象が起こるのはなぜだろうと思ったそこのあなた。

 私もそう思った。


 鬼童さんに聞いてみたところ、


「それは思乃さんの体が“霊体”から“妖体”に変化している証拠です。“霊体”は生まれたばかりの妖怪が必ず通る道です。いわゆる赤ん坊のような感じですね。灯の揺らぎが激しく、ここでの成長具合によって妖怪としての“格”が変わってきます」


 鬼童さんがリンゴを剥きながら説明する。


「それに比べて“妖体”はいわゆる成人ですね。成長が終わり、人間ではなく“妖怪”というくくりに入った妖怪のことを言います」


「えっ?ということはつまり、今までの私はだったってことですか?」


「そうですが?あぁ、安心してください。今の思乃さんは完全に妖体化していますから」


 いや、聞いているのはそこじゃないんだけど....ま、まぁいいか。

 そう思って大人しく引いた思乃は、妙に慣れた手つきでリンゴを向く鬼童さんから皿を受け取った。可愛い可愛いウサギさん形である。


 その後リンゴを食べながら聞いた話によれば柚月の無形化はやはり人為的なものだったとわかった。つまりは”誰かが柚月を無形化させた”ということである。

 やはりその時に思い浮かぶのは狐面の少女こと“華狐”。今回は出てくることはなかったが、少なくとも思乃の敵対心は上がった。


「いや、まだ華狐が犯人と決まったわけではないですからね?まあ、おおよそ当たりだとは思いますが」


「どうかのぉ?会ってみないとわからんこともあるぞ?」


 そう言って自分に飛び乗ってきたのは麗だった。

 今日も白い毛並みはふさふさと揺れており、糸目ではあるが首をかしげる様は愛くるしい。性格はあれだが。


「会ってみないとって....会えるの?」


「どうかの?無形化事件を追って行けばその内見つかるんじゃないかの?」


「確証がないのに余計なことを言わないでくれますか白漆麗」


 ガシッと首根っこを掴まれる麗。じたばたと暴れるが、その短すぎる手足では鬼童さんには届かない。


「こら!止めんか馬鹿者!」


「はいはい、当施設はペット禁止ですよ~」


「わらわはペットではないわ!それと他にも獣系の妖怪とか普通におったじゃろ!」


 抵抗空しく窓から放り投げられる麗。

 「あ~れ~」と言いながら落ちていく麗に手を伸ばすが、私はベッドから動けない為掴むことはできなかった。


「何やってるんですか?!」


「あれくらいでは死にませんよ。現界した妖怪は契約者の心を依り代にしていますから、思乃さんとの契約が切れない限り問題はありません。....あ、そもそも妖怪だから死なないか」


 お茶目ぶっているが完全に私は引いている。この人、時々とんでもないことするよな....と疑いの眼差しを向けている。


「ともかく、まだ確証ではない為何とも言えませんが、今後とも無形化事件は追っていきます。その先で彼女を捕まえることが優先事項でしょう」


「そうですね。丹川さんを無形化させたことは許せません。1発殴ってやらないと」


 そう話しながら手元のウサギ形のリンゴを齧った。




***




「おはよう、思乃さん」

「おはよう、柚月」


 あの日以降、思乃と柚月は仲良くなった。

 自分を助けてくれたことに感謝しつつ、鬼童さんにもお礼を言っていた。どうやらお母さんは無事に回復したらしい。八妖郷の商品が効いたことは本人の口から聞いた。


 ~前夜


「この度は本当にありがとうございました。化け物になってしまってから自制が効かなくなって行って....」


「仕方のないことです。普通の人間に無形化なんてことが起これば対処が出来ないのは当然ですから」


「今話しをしに来たのは、それだけが理由じゃないですよね?」


「ええ、察しが良くて助かります。”癒膏香”のお代の徴収に参りました」


 病室での出来事、傷を治療してもらっている柚月に対し鬼童さんは言った。柚月の方も薄々これが理由で来たことを悟っていたらしく、真剣な眼差しで鬼童さんを見る。


「覚悟が決まっているようで何よりです。それではお代は....」


 ゴクリと柚月が唾を飲み込む。

 ゆっくりと溜めた鬼童さんが柚月の方を向いて言った。


「無形化する前後の話を教えてください。それがお代ということにします」


「「え???」」


 柚月とハモってしまった。

 私の時は魂を半分も要求されたこともあり、何を要求するのかと聞いている私ですらドキドキしていたのに....

 呆気にとられた私たちを見て、鬼童さんは意外と言うような表情をした。


「おや?何を呆気に取られているのですか?」


「いや、もっと大きなものを要求するのかと....私の時はたm....むぐっ!」


 ”魂を半分とられた”と言おうとした時、鬼童さんが私の口塞ぐ。最初は驚いて「むぐー!」と抗議したが、鬼童さんがわざわざ言葉を遮るのにはきっと何か理由があるのだろう。

 それを理解した私が黙ると、口を塞いでいた手がスッと外された。


「情報も立派な報酬ですよ。現に、今は無形化に関する情報が特に欲しい。八妖郷協会が今一番解決すべき問題ですからね」


「分かりました。私が化け物に変わった時....”とある人物”にあったんです」


「その人物とは?」


「この前話した噂は覚えていますか?”華狐”の噂」


 その言葉を待っていたという様に、鬼童さんがニヤリと笑う。


「何となく予想はしてましたが...これで無形化事件に”華狐”が絡んでいることが確定しましたね。彼女の容姿や声については?」


「えっと、噂通りの和装です。でも、どちらかというと和風の装飾をした戦闘服って感じの見た目でした。狐のお面は白と赤のツーカラーの物で、お祭りの屋台とかに売っているようなやつです」


「ふむ、見た目は噂通りと。ただ....和装の戦闘服....どこかの組織の物でしょうか?」


「声は高めの声で、慎重や体格は私たちとそう変わりません。高校一年生女子の平均くらいでしょうか?」


「つまるところ少女体型と....大分想像がしやすくなってきましたね。彼女には何と言われたのですか?」


「『あなたも無形になったのね。でも大丈夫よ、苦しいのは少しの間だけ。必ずあなたをが現れる。信じて、待つといいわ』....その後は意識がぼんやりとしてしまって、なんて言っているのかは聞き取れませんでした」


 やはり華狐なる妖怪は無形化についての真実を知っている。なおのこと一度会っておかないといけなさそうだ。

 何故”無形化”事件を起こしているのか?何故八妖郷を訪れた人物を狙って犯行を行うのか?華狐の真意とは一体何か?考えれば考えるほど謎は深まるばかりである。


 こうして私はそのお代について少し不満を覚えつつも、柚月の一件は終わりを迎えたのである。


 ~今に戻る


 だが、今回の件も私の件もどちらも“八妖郷に訪れた者”に対して起こった事件だ。何か関係があるのかと思うのだが....


 まぁ、今考えても答えなんてわからない。やっぱり華狐本人を捕まえる方が早いだろうと考えを放棄した。


「あれ?思乃と丹川さんってそんなに仲良かったっけ?」


 横から話しかけてきたのは麗華。紙パックのリンゴジュースをチューチューと吸いながら話しかけてくる。


「うん、ちょっと色々あってね」

「最近は学校が楽しいんですよ」


 「「ねー」」とハモりながら言う。その息の合った2人に対して、ムーと頬を膨らませた麗華が思乃を抱きしめた。


「思乃は私のだからね!」


 親友である麗華を無下にするわけがないだろうと抱き着いてきた麗華の頭をそっと撫でた。


 しばらくしてチャイムが鳴り、今日も授業が始まる。私は席に戻っていく麗華と柚月に「またあとでね」と言って、ノートを取り出した。


 昼休み、昼ご飯を食べ終わった思乃は一人校舎裏に来ていた。別に告白されるわけではない。そもそも待ち人はのだ。

 事情を察してくれる柚月はさておき、何とか麗華と永輝を振り払って向かった先にいたのはふさふさの白い尻尾と耳を生やした子狐。麗だった。


「来たな」

「来ましたよ。伝言ですか?」


「そうじゃ。鬼童の奴から伝言を預かっておっての。今宵は戦闘訓練だそうじゃ」


「え、それだけ?」


「それだけじゃ。無形化事件については、今八妖郷内の製品を洗っている真っ最中だそうじゃ。何か見つかればいいがのぅ?」


 やはり鬼童も同じ考えに至ったらしい。

 華狐....基、無形化事件を起こした妖怪の狙いは八妖郷に関係する“人間”であることが分かった。つまり、無形化の被害者に共通して言えることは”八妖郷の製品を使ったか否か”ということになる。

 鬼童もそれに気づき、今は全製品の一斉捜索を行っているのだろう。


「妖怪さんたちは皆優秀だし、大丈夫よ」


「それにしても、元気になってよかったのぅ。あの小娘」


 麗が言う人物はもしかしなくとも柚月のことだろう。


「ほんとにね。助けられてよかったよ」


「お主の本当の願いも聞けたし、わらわは満足じゃ」


 麗に話した願い事。それを叶えるためにはまだまだ鍛錬が必要だ。妖怪として八妖郷のことをまだまだ知らなくてはいけないし、麗の扱い方だって学ばなければいけない。勉強することが山盛りだ。


「じゃあの。わらわは妖刀の中で寝ておる。必要になったら呼ぶがよい。まぁ、必要なくとも出てくるかもしれんがの」


 そう言って消えた麗の妖気が思乃の中へと入っていく。妖刀の中に戻ったのだろう。

 思乃は一人伸びをして、校舎の中に戻って行った。




***




 深夜、八妖郷内の訓練場で刀同士が斬りあう音がする。


 攻めている思乃に対して守りながら戦う鬼童。妖体となって妖怪としての完全体を手に入れた上に、妖気の扱い方や技まで覚えた私は今までの私ではなかった。動きが完全に違う。


「ふっ!は!」


「いい剣筋です。前よりも動けていますね」


「余裕こいてると斬っちゃいますよ!」


 思乃の一撃で鬼童が跳んだ瞬間に思乃が刀で空を切る。その瞬間に発生した氷が鬼童に向かって放たれた。

 鬼童は不知火に炎を纏わせてその氷を溶かす。着地した瞬間に凄まじい速度で迫った思乃とぶつかった。


 ぎりぎりとせめぎあう思乃と鬼童。

 だが、この程度で思乃と鬼童の実力差は埋まらない。そのままするりと抜けた鬼童によって、力を入れていた思乃がバランスを崩す。


「わっ、わっ!」


 前のめりになってこけた思乃に対して不知火の切っ先を突き付けた鬼童。

 鬼童の勝利だ。反論の余地はない。


「私の勝ちですね」


「むぅ....また負けた....!」


 やはり鬼童に追いつくのはまだ無理らしい。それに、これだけの対応力や強さを見せつけられて、まだ鬼童は余裕綽々といった感じだ。本気ではないと言うのがまた腹立たしい。


「さて、訓練はこのくらいにして次の仕事の方に取り掛かりましょうか」


 鬼童は持っていた不知火を納刀し炎に帰す。そのまま私に手を差し出した。

 私は鬼童さんの手を取って立ち上がり、スタスタと歩いて行く鬼童さんの後を追った。


「というか、こんな時間にお客さんなんて来るんですか?今現世だと深夜ですよね?」


「ええ。こんな時間でも来る人は来るんですよ。まぁ、少々騒がしい御方ですがね」


 鬼童さんに促されるがまま進み、私も通された部屋に入る。個室に入ると、そこには既に1人の女性がいた。


「お待たせいたしました。御舟みふね日葵ひまりさん」


「ちょっとちょっと!本名で呼ばないで貰えますか?!私のことはこう呼んで欲しいんですよ~」


 立ち上がった女性はくるっと回り、バチッと決めポーズをして振り返る。


「泣く子も黙る超有名配信者!”ひまりん”とは私のことだぁー!!」


 今度のお客は、色んな意味でド派手なようだった。

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怪裏界マーケットプレイス~八妖郷怪戦奇譚~ 妃桜 綾華 @ayaka_bloom

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