第拾肆怪 雪月花

「能力開放:白狐妖刀術....」


 周囲の空気が凍り付いていく。

 ふぅぅ....と吐いた息は白く、周囲は急激な温度の低下で霜が発生していた。足元がパキパキと音を立てて凍り付く。

 その氷は形を成していき、同じく雪の結晶の陣となった。


「咲け、“雪月花”ッ!!」


 足元から生えた氷のつぼみが花開く。その瞬間、圧倒的なまでの冷気が周囲に向けて放出された。

 凍り付く倉庫、無形も動揺し動けていない。


 そんな隙だらけの相手を逃がすわけがなく、私は踏み込んで無形を睨んだ。

 傷ついた自分の体なんて気にせず、ただ真っすぐに無形に向かって踏み込む。最早背中の傷などどうでもいいと言うように駆けだした。

 一瞬のうちに縮まる距離。だが本能で危険を感じたのか、無形は複数の口で再び思乃に襲い掛かった。


 迫る口による攻撃を斬る。肉片で斬り落としても再生してしまう為、口ごと斬り捨てる必要があることは先ほど理解した。

 そして、口への攻撃は”本体にリンクする”ことも先ほど学んだ。であるならば肉片で斬り捨てる必要はもうほぼない。


 そう考えながら私は麗を振う。


「ふっ....!!」


 振り向きざまに口を2つ纏めて斬り捨てる。真正面から斬り捨てたために刃は確実に口ごと斬り裂いた。


「ッ!!?イぎゃァァぁああ!!」


 と悲鳴を上げてのたうち回る無形。

 口に氷が付着しており、ぱっくりと唇ごと斬られた跡が見えた。その傷の上から更に氷が発生し、痛みのあまり絶叫している。


「あぁああァァあア....ウガァァアアァあああ!!!」


 その叫び声が大きくなる。それと同時に現れたものに思乃は驚きのあまり声を失った。

 そこに出てきたのはさらに大量の口。4つ如きではない、見えるだけでも2桁数はある。その大量の口が、よだれを垂らしながら思乃を狙っていた。


(嘘....まだ増えるの?!)


 今まで4つでもなかなか苦戦したのにそれが一気に数倍だ。対処しきれるかどうか微妙な線である。

 だが、こんな状況でも私はブレなかった。

 まっすぐに見据えるは無形本体。この口の大群さえ突破できれば恐らく勝利は確実と思われた。つまりここが正念場である。


 無形が口の大群を操作して思乃を襲う。周囲の壁や床なんかお構いなしに破壊しながら十何個という口が一気に私の目の前まで迫った。

 その攻撃を捉えながら扱える範囲最大限を利用して回避と攻撃を繰り返す。


「ふぅぅ....行くよ、麗!」


 駆け出した瞬間に襲ってきた口を斬り裂く。やはり数が増えただけで元の構成やら能力やらは変わっていないらしい。

 斬り裂いた口が凍る前に刀から冷気を発し、肉片ごと凍らせていく。そのまま足場代わりに飛び乗って肉片伝いに無形に迫った。

 周囲の口は私を喰らうために襲い掛かるが、冷気による攻撃と空中の水分を凍らせて作った氷のガードによってその行方を阻まれる。

 それでも対処できない口に関しては麗で逸らし、時には斬って進む。


 その瞬間、目の前を何かが勢いよく通り過ぎた。


「うぉっ!!危なっ!?」


 視界の外すれすれを大きく開いた口が通り過ぎていく。氷のガードを上手く避けて襲ってきた口に、あと1歩踏み込んでいたら噛み砕かれていた。死に際すれすれである。


 咄嗟に避けてしまったせいでバランスを崩す。そのまま肉片の上から落ちてしまった。あと少しで無形に届くと言うところで、視界の外からの攻撃によってそのチャンスを逃してしまう。

 落ちていく私を口達が逃がすわけがなく、空中から追いかけてきた。身動きが取れない中で迫ってくる口というシチュエーションに少し嫌悪感を感じたが、今はそんなこと思っている場合ではない。

 麗に妖気を流して冷気を強くし、着地の直前に真下に向かって回転しながら思いっきり振った。


 パキィンッ!!という音と共に足元に生成される氷。そして、その際の衝撃によって空中での減速に成功した私はそのまま着地した。


(でもまだ....)


 そう、迫る口に対しては何のアクションも起こせていない。その数は8つにまで及んだ。


(どうしよう....何か対処法は....ん?)


 ふと聞こえた誰かの声。その声は思乃が次にすることを教えてくれているようだった。そしてこの声を思乃は先ほど聞いたばかりである。


『何をやっておるのじゃお主!せっかく能力開放させてやったんじゃから“技”を使うんじゃ!!』


 その声は麗だった。脳内....いや、心に直接語り掛けてくるこの感覚は、麗とのパスがしっかりと繋がっていることを感じさせる。

 そして麗の言う“技”の使い方も、私は自然と理解していた。


 迫る口、それに対して一瞬のうちに刀をひゅんひゅんと振り床に3点の傷をつける。


「白狐妖刀術:雪月花」


 そう唱えながら刀を上にかざし、180度ひっくり返して切っ先を地面に向けた。


「『参点晶』氷薔絡縛ひょうそうらくばく!!」


 そのまま麗を地面に突き刺す。すると、再び展開される結晶型の陣。そこから生まれた蕾たちが花開き、茨となって口達を絡めとっていく。

 氷で出来た茨は口達を肉片ごと巻き込んで締め上げ、そのまま無形との繋がりを締め切ってしまった。

 口達は氷を砕こうと抵抗するが、密度が高く砕けない。むしろ、妖気を流すたびに締め付ける力は強くなっていき、そのまま口ごと周囲の肉片も同時に凍らせた。


 そして麗を抜いた瞬間、口ごと氷が砕けて消えた。

 空中に舞う氷の破片を見て、無形は驚いたように固まる。


「ガっ....なぁ....!?」


 最早叫ぶ気力もないほどに妖気を使っていたらしい。無形は動けずに、消えていく自分の肉片たちを見ていた。


「これで終わりよ。丹川さんの肉体、返してもらうからね」


 真っすぐに麗を無形に向けて構える。

 たじろぐ無形。私は容赦なく無形に向けて迫った。


「アァァああ!!」


 無形はとうとう耐えられなくなったのか背を向けて逃げ出した。だが、私が逃がすわけがない。

 私の方が速く、攻撃が来ないのであれば追いつけないわけはなかった。


「逃がさないッ!!」


 そのまま無形の背中に1点の傷を作る。

 その衝撃にのけぞる無形。そのまま思乃はその圧倒的な速さで無形に傷を作っていく。

 2点....3点....4点....そして6点まで傷が作られた瞬間ー


「?!ガっ....!!」


 無形の体が空中に出現した巨大な結晶の陣で固定されていた。その捕縛する力は強く、無形の力では解くことができない。

 びりびりとした感覚が邪魔をして、無形は身動きが取れず空中でもがいていた。


「白狐妖刀術:雪月花」


 数メートル先から切っ先のみを向ける。目を見開いたその瞬間ー


「『六点晶』刺天氷乱蓮華してんひょうらんれんげ!!」


 一瞬のうちに氷でできた道を加速した状態で私は滑る。目に追えぬ速度で無形に迫り、空中で固定されている無形を背中から貫いた。貫かれた無形の傷跡からパキパキと氷が現れていき、つぼみが開くように花が咲く。咲いた花は“蓮華”。氷でできた蓮華が咲いていき、貫かれた傷跡から無形の核となる小生物が凍った状態で現れた。

 その小生物は体を抜け出すことが出来ず、空中でそのまま氷漬けになる。そして蓮華が完全に咲いた瞬間に無形の妖気が氷ごと砕かれて霧散した。


 核ごと貫かれた無形は柚月の体から消滅していき、砕け散った結晶陣と共に柚月の体が床に落ちる。

 私麗を一振りして纏っている冷気を払い、そのまま鞘に納めた。


「ふぅ....これで終わった、かな....」


 フラッと倒れそうになる思乃。それを誰かが受け止めた。


「お疲れさまでした、思乃さん。素晴らしい戦いぶりでしたよ」


「鬼童さん....ありがとうごz....いや、そうじゃなくて!今までどこに....ゲホッゲホッ!!」


「無理をしないでください。体内の傷が激しいうえ、初めての戦闘であれだけ妖気を使ったんです。大人しくしててください」


 そう言われては従うしかない。鬼童に対して言いたいことは色々あったが、今はそんな文句を垂れることよりも眠りたい。

 そう考えるほど、段々と瞼が閉じていく。疲れやら何やらが重なって私は大きく息を吐いた。それは安堵から来たものだろう。


 すると、いつの間にか自分の右側に何かがいることに気づく。白く、ぴょこぴょこと動き回るそれは私の上に乗ってきた。

 え、何この生き物....可愛い....となっているのも束の間、すぐに目を見開くこととなる。


「なんで寝てるんじゃ思乃?まさかこの程度で疲れたとは言うまいな?」


「え....は....?麗....?」


 聞こえた声は麗そのもの。よく見れば、その姿は赤い文様の入った白狐だった。背中に入った文様の形は7本の線で構成されており、小さく白い生き物なのに上からのふてぶてしいその態度、間違いなく麗であった。


「あなた....出てこれたの?!」


「当たり前じゃ。お主と正式にパスが繋がったおかげで“現界”できたのよ」


「言ってませんでしたっけ?能力開放まで会得するということは、妖刀にいる妖怪と心を繋ぐということになります。つまり、妖刀内の妖怪は現界することができます。もちろん、その際に使われる妖気は契約者持ちですが....あっ」


 そこまで言って鬼童も気づいたようだ。

 私は先ほどの戦闘でほぼ限界まで妖気を使い果たしている。そのうえ制御方法がまだ完璧ではない為、垂れ流しにしてしまった妖気も多い。

 そんな中、麗が現界するために妖気を使ったとなれば....


「まぁ、こうなりますよね」

「思乃は情けないのぅ」


 私の意識は既になかった。

 しょうがないと言わんばかりに鬼童は回収班を呼び、私を持ち上げて倉庫の外に出ていく。そのあとを、麗がぴょこぴょこと追いかけていった。


 こうして、丹川柚月の無形化事件は幕を閉じたのだった。

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