第拾参怪 本当の願い

 夜の倉庫の中、2人の少女がぶつかり合う。暗闇中でも俊敏に動き回り、片方は白く光る刀を振るう。

 もう片方は人間には無い新たな器官を生み出し、無数の肉片を触手のように振り回して攻撃していた。その先端にあるのは“口”。けたけたと笑う無数の口が刃による攻撃を防いでいた。


「あはハはハハ!!楽しイ!もっト冷タイの頂戴!!」


「“口”が多くて近づけない....無形って変な能力を持ったのしかいないの?」


 鬱陶しいと思うのも無理はない。

 小柄な柚月に無形の身体能力強化が加われば捉えにくさは半端じゃない。背中から生えている口の数は4つもあり、さらに慣れているとはいえこの暗闇だ。普通に戦っても勝ち目は少ない。


 戦闘に慣れていない思乃と違って無形は楽しそうに声を張り上げる。口の砕く力は尋常ではなく、思乃が避けたことによって背後のコンテナが噛み砕かれたのだが....

 バゴォン!!というおおよそ普通ではありえない音を発して壊れた。

 恐る恐る背後を見ると、噛み砕かれたコンテナは口の形にくりぬかれたように破壊されており、口はぼりぼりとコンテナの壁を咀嚼していた。


(あれに噛まれたらまず勝てない....麗で受けるのはまだしも、私自身があれに噛まれるのは一発でアウトだ)


 鬼童からは、『妖刀を折れるのは同等以上の妖刀だけ』と教わった。その為無形の口によって麗が砕かれることは無い。だが....


(あんなの反則じゃない?!鉄とかコンクリートを噛み砕く口って何?!)


 妖怪の世界に“普通”なんて求めるのがそもそもおかしいのだが、それを差し置いても勝てる未来が見えない。

 鬼童の野暮用はまだ終わらないのかと考えてしまう。鬼童がいればサクッと倒してしまいそうなのに....


 ....いや、そうではないだろう!


「丹川さんは私の友達だ!私が助けないでどうする!!」


 そう言って麗で受け止めていた口を真っ二つに斬った。パキパキと音を立てて凍る口。そのまま灰となって消滅した。

 その様子を笑いながら眺めていた無形は、「そんなの意味ないぞ」と言わんばかりに背中から新たな口を生成する。


 ベロベロと舌なめずりをする無形の口が、再び思乃に向かって襲い掛かって行った。




***




 倉庫での戦いを、外のコンテナの上から眺める人物が一人。苦戦しているのは分かっているのに動こうとしないその男はやはりというべきかは鬼童だった。


 鬼童は今この状況を理解している。だが、仮に思乃が死にそうになってしまっても動くことはないだろう。鬼童にも思惑があり、この状況がと判断したがためにこうしてわざと見守ることにしたのだ。

 思乃は"純正の妖怪"の末裔。それはつまり、八妖郷に住む妖怪とは違うということ。


(思乃さん、あなたは知らなければならない)


 妖力ちからの使い方を、妖怪の歴史を、妖怪われわれという存在を。そして....


「....この街に蔓延る”厄災”を」


 彼女が”鍵”になる。そう判断したからこそ鬼童は思乃を巻き込んだのだ。彼女がこれから直面する問題や出来事は、平和な世界で生きてきた彼女にとってきっと困難な道のりになるだろう。

 鬼童達ではそれを共に歩むことはできない。それは思乃にしか歩くことのできない道だからだ。

 でも、サポートすることはできる。道を提示することはできる。彼女の背中を押すことはできる。ならばこの世界の主役に全てを任せると決めた時から、鬼童は思乃を強くすることを決めたのだ。


「思乃さん....あなたが今苦戦しているのは白漆麗にです。自分の胸に手を当ててよく考えてください。思乃さんの”本当の望み”は何なのかを」


 鬼童は「思乃が麗に認められるためには今の状況が必須である」と考えている。命の危険と隣り合わせのこの状況が必要であるのだ。

 極刀以上の妖刀に憑りつく妖怪の能力を解放するために必要なのは“対話”だ。


「妖刀との“対話”とはつまり“心の繋がり”を表します。思乃さんに足りなかったのは妖刀に眠る存在への“理解”です。そしてより契約を強く、深い力を発揮するために必要なのは”願い”の力」


 妖刀に眠る妖怪には意思がある。そして、その力を存分に引き出すために必要なのはその妖怪をどれだけ理解できるかだ。

 性格は優しいのか、ひねくれているのか。態度は大きいのか、消極的なのか。ノリがいいのか、悪いのか。おおよそ戦闘と関係ないことでも、その妖怪という存在の理解度によって強さが大きく変わる。


 能力開放が行えないということはつまり、思乃の麗に対してのことの証明でもあった。


「思乃さん、私はまだあなたに聞いていませんでしたね。あなたの”願い”は何ですか?」




***




(段々と....段々と慣れてきた....!!)


 身体強化のかかった状態で倉庫内を上下左右に跳ね回る。そんな思乃を追いかける無数の口達。思乃は迫ってきた口を斬り捨てた。


(これが白漆麗....感覚で分かるけど、確かにこの刀は凄い....!!)


 正直妖刀の違いなんて見た目やオーラなどでしか分からなかったが、実際に戦闘で使ってみるとこうも分かりやすいものなのかと感心する。無形に対して一切の隙が無く、それでいて氷の能力と耐久性を兼ね備えた刀。ゲームで言うなら攻守に優れた刀と言えるだろう。

 だが、その分他のステータスは使用者である思乃に頼る形だ。今の思乃では麗の全力を引き出すことはできない。


 麗から微弱に発せられる冷気は周囲の空気や水分を伝って氷を発生させる。斬り結び、麗が馴染んできたタイミングでその冷気が強くなった気がした。

 だが、未だに劣勢には変わりない。いくら斬り捨てても生まれてくる無数の口の威力は凄まじく、中々無形に近づくことが出来ないのだ。


 襲ってきた口をギリギリで回避する。ちりちりと刀をこすって通り過ぎていく口を、途中の肉片で斬り捨てた。

 やはり能力の解放ができなければ勝てないとふんだ思乃。戦闘の最中ではあるが、心の中で麗に語り掛ける。

 だが、麗はそれに返答もしなかった。


「なんで....麗....!」


 新たに襲い掛かってきた口を対処するが、


「ッ!?あぐっ....!!」


 一つ斬った直後に襲い掛かってきた新たなる2つの口。咄嗟に一つは対処できたが、もう一つまで追いつかなかった。

 思乃の体を喰らうように強くなっていく力。前方を麗で止めている為噛み砕かれることは無いが、ベキベキと背中から嫌な音が鳴る。


(これは....まずいかも....!!)


 妖気を麗に流し、その冷気を強くして歯ごと口を斬った。


「アああアァぁああ??!冷たイぃぃイイ!!」


 無形が口を抑えてのたうち回る。どうやら肉片ではなく“口ごと”であれば無形本体にも感覚がリンクしているらしい。

 だが、そんなことわかったからなんだという話だ。劣勢には変わりない。


「よくもォ....!冷たカッタぞぉォオお!!!」


 怒り心頭の様子。知らなかったとはいえ、思わぬ方法でダメージを与えた思乃に向かって、無形は再び口を生成。息を切らしてボロボロの思乃に対して攻撃した。


(くっ....防ぎきれ....がっ!!)


「かはっ....」


 対処しきれなかった口がそのまま思乃のお腹に激突。先ほどの攻撃でひびの入っていた背中にさらにダメージが入る。体内に残った空気が口から漏れる。その衝撃と威力によってダメージを負った体は上手く呼吸が出来なかった。

 そのまま吹き飛ばされた思乃は倉庫の壁に激突し、ずるずると地に落ちる。


(ダメ....このままじゃ....)


 襲い掛かってくる無形。その口が思乃を咀嚼しようと迫った瞬間、思乃の意識は途切れた。




***




「ここは....」


 目が覚めた思乃が立っていたのは武器庫でも見た雪景色。あの時は一瞬だけだったが、よく見れば背後に雪山があって周囲は森。今自分が立っているのは凍った湖の上だった。

 思わず綺麗だな....などと思いながら眺めている時、大事なことを思い出す。


「私、無形と戦っていたはずじゃ....」


 戦闘の最中、とどめを刺されそうになった瞬間にこの場所に来た。だが、ここがどこでいったい何故こんな所にいるのかは分からない。戦闘は?無形はどうなった?疑問符でいっぱいの脳内だが、その問いに答えは返ってこなかった。


 そして、不思議ととある方向に引き寄せられる。そこに行くべきだと直感で感じた思乃はまるで何かにとり憑かれた様にその方向に歩いた。

 しばらく進むと、先にいたのは遠目に見たことのある女性。白を基調とした和装を着て、顔を隠した女性だった。

 そして何より特徴的なのはその耳と尻尾。純白のその狐のような耳や尻尾で、思乃はこの人物が誰なのかを理解した。


「あなた....麗なの?」


「そうじゃ。この姿では初めましてじゃったかのう?」


 女性はゆっくりと振り返る。元は狐の妖怪だと聞いていた割には獣感はなく、耳と尾を除けばただの人間の女性と何ら変わりはなかった。


「さて思乃よ。なぜお主がこの場所に呼び出されたのかは理解しておるか」


「私が不甲斐なくて....負けそうだったから....」


「違うわ戯け。わらわは其方に対して不甲斐なさなど感じてはおらぬ」


 フンッ!と鼻を鳴らし、私が考えた理由をスパッと一刀両断した。

 それじゃあ一体どういうことなのだろう?それ以外に麗に呼ばれる原因など思いつきもしない。


「まったく嘆かわしいのぅ。期待しておったが故に少々過大評価をし過ぎたか....思乃、何故お主が妖刀の解放を行えないかわかるか?」


「いや、分からない....」


「わらわ達妖刀の力を全開放するためには契約者の”願いの力”が必要じゃ。じゃが、わらわはお主の”願い”など何一つ聞いておらぬ」


「えっ....私の願いは『永輝を守ること』だよ。ずっと言ってるじゃない」


「そうかそうか。ならばまだお主に妖刀開放は無理じゃな」


 何が無理だというのだ。私の願いが必要だというから言ったのに、それでは力を使えないだと?言っていることとやっていることが違う。これではまるで詐欺ではないか。


「なんで....私何も間違ったことは言ってないよ!私の願いは『永輝を守ること』!それじゃダメなの?!」


「ダメじゃな。お主、自身が《《矛盾を言っている》》ことに気づいておらぬか?言動と行動が違うのはお主の方よ」


 そう言われても、私には何が違うのかさっぱり分からない。言動と行動が違う?私の行動理念は一貫して変わらないはず。でも、麗にはそれが”違う”ことが見抜かれている。

 悔しい。自分の願いでは誰も助けられないのかと悔しさで拳が震えた。


 そんな私を見て、麗はため息をついて私に問いかけた。


「思乃、お主はわらわの力を欲したな」


「うん。丹川さんを救うために、力が欲しい」


「そこまで言っておいて何故気づかぬ。それは一体?何のために力を欲す?」


 その言葉がのしかかる。

 そうだ。私が戦闘の時に力を欲した理由は無形に勝つためであって永輝を守るためではない。この場に永輝はいないし、私が力を行使する理由も”丹川柚月を助けたいから”に他ならないのだ。


「つまり....今の私の願いでは”永輝を守る”時にしか力が使えない....」


「そういうことじゃ。願いの力は妖刀の解放に直結する大事なファクターじゃ。それを一個人の警護にのみ使うとは言語道断じゃぞ?」


「でも、じゃあどうすれば....」


「決まっておろう。お主が今、何のために力を使いたいのかを考えてみよ。それが答えじゃ」


 麗に言われ、胸に手を置いて考える。

 今、私が力を欲する理由。私が誰を、何を守りたいのか。上辺だけの願いではなく、心の底から感じている願いの存在を....


「....そうだ、私は....私の願いは....!」


 本来あるはずだった願いを、その心に秘めた自身の戦う理由を忘れていた。

 それすら教えられるとは、不甲斐ないばかりだ。


「麗」


「なんじゃ」


「願い事、言うよ」


「言ってみよ」


 私は大きく息を吸い、落ち着く様にゆっくりと吐き出した。

 真剣な眼差しで麗を見つめる。


「私の願いは『皆を守る』こと。現世も、八妖郷も、友人も、大切な人も、もちろん鬼童さんや麗のことも....私の手の届く範囲で守れる人を全て守りたい。これが私の願い」


 そんな私の言葉を聞いて、ぷっと麗は笑いだす。

 おいおい。こちとら真剣に言ったんだぞ!笑わないでくれ!と怒って顔を膨らませる。


「あっはっは!ひー....思乃よ、随分と大きく出たのう?全てを守りたい?人間の小娘の手が届く範囲なぞたかが知れておるわ」


 確かに、今の私では守れる範囲に限りがある。麗の言うとおりだ。

 私が思う願いを率直に言っただけなのだが、これではダメなのか....と考えていると、麗が真剣な眼差しで言った。


「じゃが、その青臭さは嫌いではない。思乃よ、手が届かぬならもっと奥へと伸ばせ。お主は更に成長できる。そして、それでも守り切れぬものがあるのなら仲間を信じ、頼るがよい。お主は1人ではない。お主にしか出来ないこともあるということじゃ」


「うん」


「もう大丈夫じゃな。良かろう、この白漆麗しらしちのうららが承った」


「ありがとう麗。行ってくるね」


「もうお主とのパスは繋がっておる。己の願いを口に出すがいいわ」


 麗の言葉で目が覚めた。私はきっと、これからも迷うことがあるのだろう。でも、心の奥底に潜んでいた願いが、今では思乃の行動原理に変わりつつある。それは、この状況で引き出してくれた麗のおかげだ。

 もっと言ってしまえば、鬼童がわざわざ私を1人戦闘に残したのもこのためだったのではないか?とも考えた。

 ....いや、ないない。さすがの鬼童さんといえど、そこまでは考えていないだろう。

 目をつぶる。心の奥底に隠れてしまっていた願いを、思乃が戦う理由を口に出す。


「私の願いはー」




***




 勝った!と無数の口と共に勢いよく迫る無形。

 だがその瞬間ー--




 パキィンッ!!!




 と無形の口が凍り付いた。


 ゆらりと立ち上がった思乃。思乃を中心に周囲が凍っていく。

 思乃がふぅぅ....と白い息を吐き、キッと無形を睨んだ。その雰囲気は明らかに今までと違う。

 思乃を中心に、足元に巨大な氷の陣が張られていった。その形は“雪の結晶”。溢れる妖気が思乃と舞い散る雪を白く染め上げていた。


「能力開放:白狐妖刀術....」


 スッと前に構えられた白漆麗が白く発光し、空気を凍てつかせていった。

 そして雪の結晶の陣から生えてくる氷が形を成していく。そしてそれが、つぼみが開く様に咲いたのだった。


「咲け、“雪月花”ッ!!!」


 思乃の力が、麗の能力が解放された瞬間だった。

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