人食いガフと明るいミライ

神埼 和人

人食いガフと明るいミライ

 その日、一匹の怪物かいぶつと少女が村はずれの森に越してきました。


「今日からここが私達のお家ね」


 少女、ミライがそう言うとゴツゴツとした身体からだでいかめしい顔つきをした怪物が「ガフガフ」と答えます。


「ガフ、お水を飲みすぎてはだめよ」


 ミライがそう続けると、ガフは「ガフガフ」と照れたように笑いました。


 ガフは一日に大量の水を飲みます。

 そのせいで、いつも川や湖が干上がってしまうのです。困るのは付近の住民。


「少しづつ、大切に飲むの。そうすれば誰も怒らないわ」


 ミライは楽しそうに歌いはじめました。

 その歌声はまるで小鳥のさえずりのよう。

 ガフは歌声にうっとりと聞きほれています。


 彼は、その姿からみんなに怖がられ友達ができませんでした。

 いつもいじめられて泣いていたのです。

 でも、ミライだけは別でした。


 ガフは少女を抱きかかえて肩に乗せ、大きな手でいとおしそうに頭やほほをなでます。

 ミライはガフの大きな手が好きでした。

 ガサガサのまるで紙やすりのような手でほほをなでられると、少女のほほは赤くはれ上がります。

 

 それでも少女はそのみにくい怪物の弱くて優しい心が大好きでした。


 その様子を物陰ものかげから見ていた一人の男に、二人はまったく気づいていません。


「あのすばらしい歌声を、なんとか手に入れられないものか……」




「怪物が少女をさらって、村はずれに住み着いたぞ!」

「子供が大好物だって!」

「水不足もその怪物のせいじゃないのか?」


 数日後、村ではそんな噂が広まりだしていました。


「怪物を退治しよう! 娘を助け、水を守るんだ!」


 村長は、大げさな身振り手振りで怪物退治を宣言します。

 村人達は歓声を上げて手に武器をとり、村はずれに向かいました。

 そして、ガフとミライがいつものように楽しく歌をうたっていると村人達が現れ、こう言ったのです。


「村から出て行け怪物! さもなければ、痛い目をみるぞ!」


 ガフとミライは、手をとりあって逃げ出します。


「娘を放せ!」


 ガフに向けて、雨のように石がふりそそぎました。


「違う! 違うの! ガフは悪くない! ガフは何もしてない!」


 村人達は、ミライの言葉にまったく耳を貸そうとしません。


「出て行け怪物!」

みにくい、人食い巨人!」


 ガフは一人で逃げ出すしかありませんでした。


「……これであの歌声は私のものだ」村長は一人、ほくそ笑むのでした。


「私達は何も悪いことをしてないのに、なぜいつもこうなるの?」


 ミライは毎晩、窓辺で悲しみにくれていました。

 彼女は村長に養子ようしとして迎えられ毎日、毎日、無理矢理に歌をうたわされています。


「ガフに会いたい……」ミライの想いはつのるばかり。


 ガフは決心します。

 魔法使いに頼み、美しい体と声を手に入れることにしたのです。


「おまえの目を見た人間は、おまえが人間に見える。美しい声と白い肌をもった人間に……」


 魔法使いは不気味に笑いながら、こう続けます。


「ひきかえに……おまえの大事な物をもらうよ。ヒヒヒ……」


 ガフはミライに会いに村へ戻りました。

 村人達は、ガフを見ても少しも怖がりません。


「どこかの貴族きぞくかしら……」

「お城の王子様かもしれないわ……」


 特に若い娘たちは、ガフの姿に見ほれています。


 ガフは上機嫌じょうきげんで、ミライの家を訪ねました。


「あなたはガフじゃないわ。ガフガフ言ってないし、手はすべすべよ」


 困ったことに、ミライはガフに全く気がつきません。

 どんなに説明しても、ガフガフ言ってみても、彼女は聞く耳を持ちませんでした。

 ガフはガックリと肩を落として立ち去ります。


 そして大事な物を失った悲しみに泣き続けました。

 来る日も来る日も泣き続けました。


 流した涙が川をつくり、湖となっても彼の涙はれません。

 その涙は村の水不足を救いました。

 村人達はガフに感謝します。


 しかし、強欲ごうよくな村長とその仲間が、またしても悪知恵わるじえを働かせます。


「もっともっと泣いてもらうにはどうしたらいいだろう?

「いや、いい手があるぞ……」


 なんということでしょうか。

 村長は水欲しさにガフの目をうばい、またしても彼を村から追放ついほうしたのです。

 

 目を無くした結果、ガフの魔法もとけてしまいました。

 魔法がとけたミライはガフの本当の姿に気づきます。


「何故、私は気づいてあげられなかったの……」


 ミライは悲しみのあまり何日も泣き続け、あの歌声をなくしてしまいます。


「歌えないなら、用はない! 出ていけ!!」


 そして、彼女も村を追いだされました。




 二人がくらしたあの森でガフは力尽き、倒れました。

 もう立ち上がる気力もありません。

 何もかも失ってしまったのです。


 しかし、その時、ガフの耳に聞こえてきたのはあの歌声でした。

 前ほどの美しさはなく、少しかすれていましたがガフにはすぐわかりました。


 彼は立ち上がりました。

 森の中を手探りで進みます。木の枝がほほをさき、石につまづいて転びました。

 その音に気づいた少女がかけ寄ります。

 それは、まさしくミライでした。


「ガフ! 私の大事なガフ! ごめんなさい……気づいてあげられなくて、ごめんなさい……」


 ミライは泣き出します。

 何度も何度もあやまりながら、泣き続けます。


 ガフは、できるだけ優しくミライのほほをなで、涙をふきました。それでもミライのほほは、赤くはれ上がります。


「ああ、このガサガサの手。間違いない、ガフだわ……」


 二人は手に手を取り合って森の奥へと消えていきました。




 それ以来、誰も二人の姿を見たものはいません。

 二人は死んだのだと、村人達はいいます。


 でも、何年かに一度、村にこんなうわさが流れるのです。

 森の奥深くで、まるで小鳥のさえずりのような美しい歌声をいた。

 そこには巨大な足跡あしあとが寄りそうように残っていた……。

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人食いガフと明るいミライ 神埼 和人 @hcr32kazu

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