第13話 恋愛考察勢

 オープンワールド系の例に漏れることなくダンジョンライフⅢにも『ファストトラベル』は存在している。目的地に一瞬で移動できるアレだ。


 通称『ダンジョンファスト』。略して『DF』。


 魔王ダンジョンから派生したユーレリア大陸各地に点在する小規模から中規模のダンジョンの最深部をクリアすると『クリアパス』というものがプレイヤーに与えられ、クリアされたダンジョン間を一瞬で移動することができるのだ。


 自慢じゃないが、前世のオレはすべてのダンジョンのクリアパスを所持していて大陸のどこにだって瞬く間に移動できた。

 その通称『ダンジョンファスト』がこちらの世界にもあるかどうかはまだ分からない。なので今回は王都に往復一週間ほどの馬車の旅をすることになる。


「たまにはのんびりユーレリア大陸の景色を眺めながら旅するのも悪くないか。実はアップデートで新エリアが解放された時みたいにワクワクしてるだよな」

 

 新世界の空気を存分にを味わいたくて、わざわざ徒歩で新エリアを巡ったりするのはオレだけではないはずだ。


 そんな王都に出立する青空が頭上に広がる爽やかな朝。

 なぜかオレの眼前にはが立っていた。


「えっと、お母さんが自分の髪留めを旅のお守り替わりに付けていきなさいって……変ですか?」


 シエロが少し照れくさそうに可愛らしい髪留めを指先で撫でる。その表情、その仕草、もうどこからどう見てもボーイッシュな美少女である。


(え? なに? もう実は女の子ってこと隠すつもりないわけ?)


 とは言え、はっきりと告げられたわけでない。素知らぬ顔を決め込むのがアランとしての正しい態度だろう。

 なによりもこれから往復一週間ほどの旅に出るのだ。初日に女の子だと発覚するのはあまりに気まず。


「まあ、似合ってると思うぞ」


 オレは素っ気なく応えてカール・マインツが手配した馬車に乗り込む。シエロは「ありがとうございますアラン様……」と喜びを噛みしめながらオレに続く。


(え? なに? その顔? まるで恋する乙女じゃん……)


 馬車の扉がバタンと閉まるのと同時に、オレの記憶の扉が開く。

 オレは前世の『とある有名な考察勢』のことを思い出したのだ。


 それはダンジョンライフⅢに登場するあらゆるNPCの恋愛系の考察に執念を燃やす『恋愛ネキ』と呼ばれる人物だ。


『あの酒場の主人とあの若いウェイトレスはデキてるわ! だって明らかに他のウェイトレスと比べて会話する時の距離が近いもの!』


 といった具合にちょっとしたキャラクター同士の距離感や会話内容から恋愛考察をする。それは主要キャラからモブキャラまで多岐にわたる。

 もちろん、こじつけとしか思えない突っ込みどころ満載の考察もある。だが、それもある種の恋愛ネキの芸風として受け入れられてはいるのだが。

 プレイヤーたちは存外、色恋に興味があるらしい。ゲーム内で閲覧できる恋愛ネキの考察記事は常に人気トップ10にランクしていた。


 ちょっと意地悪な見方をすると、恋愛ネキはダンジョン攻略そっちのけで四六時中NPCの行動を観察しているわけだ。傍から見れば、素行調査をする探偵かやばい人の二択である。


『なるほど、ダンジョンライフⅢにはこういう楽しみ方もあるのかぁ』


 実のところ高校生のオレは心から感心していた。


 大陸の風景をひたすら写真の納めるプレイヤー、各地の料理を食べて回っているプレイヤー、魔物の生態について研究してるプレイヤー、ダンジョンライフⅢにはさまざまな楽しみ方があるのだと学んだ。 

 ダンジョン探索に明け暮れていたオレが、サブクエストなどを積極的にこなすようになったのもこれがきっかけだ。

 

 そんな恋愛ネキは勇者シエロ・マドリードについても考察している。


『勇者が覚醒したのは母親を亡くしたからだけじゃないわ! 最愛の人を魔物を殺されたからよ!』


 恋愛ネキの経験上、人生で最愛の人を失うことほど辛いことはないそうだ。それは生き方が一変してしまうほどの衝撃らしい。実際、恋愛ネキもあまりのショックに転職をしたらしい。

 もっとも、彼女(彼?)の場合は『他に好きな人ができた』と振られただけらしいが。転職したのは社内恋愛だったので超絶気まずくなったかららしい。

 そんな恋愛ネキが主張するその最愛の人というのが『勇者の回想シーンに登場する悪役貴族』らしいのだ。



 そうなんとアラン・リヴァプールその人なのである。



 当時、その考察記事を読んでオレは『恋愛ネキお得意のこじつけ考察キタァ!』と大いに笑ったものだ。

 高校生のオレの感覚からすると『ずっと虐げられてきた相手を好きになる』なんて有り得ないことだったからだ。案の定、考察記事のコメント欄は荒れた。


 ところが、意外なことに恋愛ネキの考察を支持する女性プレイヤーたちは少なくなかった。


 恋愛ネキ曰く『素行不良のクラスメイトが雨の日の公園で捨てられている子猫に傘をさしているところを偶然目撃してしまって以来、彼のことが気になって気になって仕方がないの!』理論らしい。


 ろくでもない男が不意に見せる優しさにキュンとしてしまう女性は少なくないと言う。どうやら女性がギャップに弱いというのは都市伝説ではないらしい。


『不意に見せる優しさってなんだよそりゃ……いつも優しいヤツのほうが偉いに決まってるじゃん。なんでろくでもない男を選ぶんだよ』


 まったく納得できなかったのだが、一部の女性プレイヤーたちは『優しいだけの男の人ってちょっと物足りないんだよね……』としみじみと漏らしていた。

 その時、オレはしっかり者の女性がなぜ売れないバンドマンと付き合うのか分かった気がした。偏見は否定しない。


 とにかく、一部の女性にそういう特殊な需要が存在しているのは事実だ。


 で、女勇者シエロ・マドリードはというと、彼女は正義感が強く自己犠牲精神が旺盛で決して他責しない。悪い人間に騙されたとしても『自分がもっとしっかりしていれば』と考える人だ。

 さらに一度決めたことは命を賭してでも貫く芯の強さを持っていて『忠臣は二君につかえず』よろしく仲間だと認めた相手は絶対に裏切らない。


 恋愛ネキ曰く『ろくでもない男にハマる典型的な女』だそうだ。


 確かにシエロにはその節があるとオレも感じている。

 主人と使用人という圧倒的な主従関係が背景としてあるのは事実だが、悪役貴族のアランに子供の頃から虐げられてきたのを『自分に落ち度があるんだ』とシエロは考えている。

 そして、母親のミシェル同様に母性が強いからなのか『アラン様は自分が支えなければ』とどれだけ虐げられても忠誠心を抱き続けているのだ。


 つまりだ。本質的なシエロの性格と、ここ最近の豹変したオレの優しい態度。


 この二つが合わさることで『悪役貴族が不意に見せる優しさにキュンとしてしまうろくでもない男にハマる典型的な女』という恐ろしモンスターを生み出してしまった可能性があるのだ。


 走り始めた馬車。流れる牧歌的な風景。二人だけの静寂の室内。

 オレは真実を確かめるために意を決して口を開く。


「ところで、シエロ。お前は好きな人はいるのか?」

  

 


 


 



 

 

 

 


 

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転生モブキャライフ~勇者の回想シーンで死亡する悪役貴族に転生したのでゲーム知識で最強冒険者になって生き延びます~ 忍成剣士 @Shangri-La

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