第12話 母と娘

「アラン様! ボクだけ意地でも王都について行きます!」 


 まだ誰にもジョブのことは知られたくはない。死亡エンドを回避するための『切り札』だからだ。少なくとも、ジョブの情報を世間に公開するのは死亡エンドを回避してからと決めている。

 出し惜しみしているわけじゃない。口にするには不確定要素が多すぎるのだ。神託を行うことのできる巫女にしたって、必ず王都にいるいとは言い切れない。


「わがまま言うなシエロ。お忍びだと言ってるではないか。領地のさらなる発展と領民の安寧のためにオレには神殿を誘致するという重大な使命があるのだ」


 だから王都には身分を隠して一人で出向くつもりだった。屋敷の使用人たちや警護の者たちにもそう伝えた。

 

「わがままではありません! アラン様を御身おんみを案じて申し上げているのです!」


 だが、金髪美少年だけは許してくれない。


「王都への道中は危険が多いと聞いております。商人の積み荷を狙って賊などが襲ってくるそうではありませんか。もしアラン様の身になにかあったらボクは……」


 これが『男子三日会わざれば刮目して見よ』というヤツだろうか。

 あの生まれたての小鹿のようにアランを目の前にすると常に小さく震えていた少年が、臆することなく意見を言うではないか。


(シエロに必要だったのは、ちょっとした自信だったのかもな)


 虐げられていたアランに受け入れられ、剣の腕を周囲に認められ、ここ最近のシエロの表情は見違えるほど生き生きとしている。ようやくオレたちプレイヤーのよく知る『勇者シエロ・マドリード』の顔になってきた。


「見くびられたものだな! このオレが賊などに後れを取るとでも?」

「滅相もございません! アラン様に敵う者などおりません!」


 そう断言するシエロの眼差しは、まるで小さな弟が兄を自慢しているかのように尊敬に満ち満ちている。


(毎日毎日、剣の稽古をしているからだろうか。ずいぶんと懐かれたものだ)


 シエロとだけ稽古をしているわけではないが、オレとまともに打ち合えるのがシエロだけなので結果的に金髪美少年と過ごす時間が一番長くなってしまう。


「ボクだって賊などには負けません! 戦闘で足手まといにはなりません! もちろん、アラン様の身の回りのお世話だってさせて頂きます!」


 身の回りの世話と言われてオレの心が揺らぐ。

 両親が共働きで家を空けることが多かったので、なんでも自分でこなしていた高校生の前世からは考えられないことだが、悪役貴族として生きているうちに徐々にお世話されることに慣れてきている自分がいる。

 朱に交わればなんとやら。むしろ、ご奉仕されるのが心地よいとすら思い始めている今日この頃である。


「ご安心をアラン様。シエロには私から料理に洗濯に掃除とひと通りのお世話の基礎を仕込んおります。お供させれば必ずお役に立つますよ」


 の奮闘に母親のミシェルが助け舟を出す。

「はい! お役に立ってみせます!」

 シエロが『お母さんありがとう』と小さくウィンクする。


「言っておくが、お忍びだから泊まる宿も質素だぞ?」

「問題ありません!」

「部屋も一つだ。オレと寝泊りも一緒だぞ?」

「か、構いません!」


 途端にシエロが躊躇う。普段は少年のような恰好をしているが、中身は年頃の娘だ。アランと一つ屋根の下というのには心穏やかじゃないようだ。


「当然、ベッドも一つだ。オレに手を出されても文句を言うなよ?」

「て、て、手を出すって……ボクにですか!?」

「ないとは言えんだろ? お前は見た目が整っているからな。寝ぼけてうっかり手を出すこともあるかもしれん」


 要するにオレは『二人旅なんてしたら女だとバレるぞ?』と警告しているのだ。さすがにここまで言えば諦めてくれるだろう。

 ところがだ。


「が、頑張ります!」


 なぜかシエロは耳まで真っ赤にして叫ぶ。

 おそらく旅に同行したい一心で応えているのだろうが、その返答は『手を出されてても構わない』と言っているのと同義だった。

 さすがにオレは呆れて母親の顔を見やる。


「いいのか? ミシェル? シエロがおかしなことを言ってるぞ?」

「ご安心をアラン様。シエロには私から最低限のを仕込んでおきます!」

「お、お母さん!?」


 ミシェルはふくよかな胸の前で両手の拳をぎゅっと握りしめ「シエロ。ふぁいと」と小声で応援している。


(なんなの……母親から娘に手を出す許可が下りたんですけど……)


 オレは白旗を振るように白い頭を揺らすしかない。


 「ああ! 分かった! 分かった! シエロの同行を許可する!」


 結局、オレはマドリード親子に根負けする。


「シエロ。良かったわね。アラン様をしばらく独占できるわよ」

「もう! お母さん! へ、変なこと言わないで!」


 二人とやり取りは完全に『母と娘』のそれにしか見えなかった。


(もしかしてミシェルはアランに『シエロが女の子』だとバレても構わないと思っているのだろうか……)


 二人旅を積極的に容認している時点でその節はある。同じ部屋に寝泊りしていれば女の子だとバレる可能性は高いからだ。


(それが最近のアランの態度を鑑みての判断だとしたら、喜ばしいことなんじゃないか……いや、待て……本当にそうか?)


 バタフライエフェクトという言葉がある。

 オレが悪役貴族としての態度を改めたことで、周囲の人々のアランに対する感情に明らかな変化が起こり始めている。

 ミシェルしかりシエロしかり。

 オレはそれを死亡エンドを回避するための喜ばしい兆候だと思ってきた。だが、ここにきて自分でも分からなくなってしまう。

 

(アランは死ぬまでシエロが男だと思い込んでいたが、もし生きてる間に女の子だと知ったら……メインストーリーに影響を与えたりするんだろうか……?)


 答えは出ない。とにかく注意深く周囲の変化を見守る必要があるだろう。


 

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