第11話 運命の女神

 結論から言うと、あっさりとカール・マインツから職業神託神殿の情報を聞き出すことができた。

 ただし『職業神託神殿』や『ジョブ』というゲーム用語は伝えていない。

 ではどのようにして聞き出したのかと言えば、


「王都に『運命の女神ルナロッサ』を信仰する団体はあるか?」


 と尋ねたのだ。

 運命の女神ルナロッサこそがジョブを神託する女神なのだ。そして、女神ルナロッサに仕える巫女こそが後の『職業神託官プリーステス』というわけだ。


「なぜですか? アラン様は常々『オレは女神など信じん!』と、領内での信仰や布教活動を固く禁じられていたはずでは?」


 だが、アラン・リヴァプールからは絶対にあり得ない質問だったので、童顔商人にあからさまに怪しまれた。


 アランが無神論者なのには理由がある。幼い頃、母親が病気で苦しんでいた時、アラン少年は心から女神様に祈った。


『どうかママを天国に連れて行かないでください』と。


 しかし、残念ながら女神様は応えてはくれなかった。それ以来、アランはこの世界に女神など存在しないと考えていて、それは使用人や町の人々にとって周知の事実だった。


 オレは童顔商人を納得させるためにダンジョンライフⅢのサブクエストで得た知識を活かす。


「無論、オレは女神など信じていないが、領地のさらなる発展と安寧のため女神という拠り所は必要であろう。そこで運命の女神ルナロッサの神殿を町に誘致しようと考えているのだ」


 そのサブクエストは『長らく続いた疫病の影響ですっかり生きる気力を失くしてしまった村人たちを信仰によって救い、再び村の活気を取り戻すための手助けをする』というものだった。


 村長に依頼され王都と村を往復して『とある女神様の神殿』を村に誘致するために奔走することになる。それは選択制のクエストで、どの女神を選ぶかによって結末が変わる。


 オレが選んだのは『勇壮ゆうそうの女神ヴァルキリア』だった。


 女神ヴァルキリアは戦女神として知られ、戦う者たちに好まれている女神だ。

 そんな戦女神を選んだのは、教義が面白かったからだ。勇壮ゆうそうの女神ヴァルキリアはなんと『筋トレ』を推奨しているのだ。


 マッチョな神官たちが信者たちに熱っぽく説く。『皆の者、肉体を鍛えよ』と『筋肉はすべてを解決する』と。


 結果、勇壮の女神ヴァルキリアの神殿を誘致したことで村に老若男女を巻き込んだ空前の筋トレブームが起こる。無気力な目をしていた村人たちは見る間に明るくなり、村は見事に活気を取り戻す。

 陸に打ち上げられた魚のように瀕死だった村長もボディビルダーのように変貌し、すべては丸く収まったかのように思われた――、


 ところが、少々、活気を取り戻しすぎたようだ。筋肉と自信を手に入れた村人たちが、王都で一旗揚げようと村を出てってしまったのだ。

 クエストの最後に冷たい風の吹きすさぶ閑散とした村の様子を眺めながらオレは思ったものだ。『過ぎたるは猶及ばざるが如し』と。


「なにゆえ運命の女神ルナロッサ様なのでしょうか? リヴァプール家の領地であるアンフィールド地方は小麦の一大産地。神殿を誘致するのであれば豊穣の女神ソレイユ様を選ばれるのが妥当では?」


 童顔商人の指摘は至極真っ当だ。


「回りくどいな。よりによって『なぜ運命の女神ルナロッサのようなマイナーな女神なのだ』と言いたいのでろう?」


 無神論者のアランの記憶には女神ルナロッサの名前すらなかった。


「失礼ながら、豊穣の女神ソレイユ様や勇壮の女神ヴァルキリア様と比べてあまりに知名度が……」


「うむ。領民たちもどこの馬の骨とも知れん女神を突然、信仰せよと言われても困るだろうな」

「だと思います」

「だが、それを承知でオレは女神ルナロッサにみようと思ったのだ」

「賭けてみるとは……?」


「他の女神は名が知られユーレリア大陸全土に信者も多い。今さらオレの領地で信仰すると言ったところで神殿の連中はなんとも思うまい? だが、知名度の低い女神の神殿の連中ならばどうだ?」


 オレがニヤリと悪役フェイスで微笑むと童顔商人がパチンと膝を叩く。


「誘致の話にも飛びつくことは間違いございませんな!」

「そうであろう」

「ですが、無名がゆえに資金面や領民への影響力に関して厳しい面はあるかと……アラン様の期待ほどの成果は得られぬかもしれませんよ?」


「そんなもんは最初から織り込み済みよ! 誘致の資金はオレが出してやる! 精々、立派な神殿を建ててやろうではないか!」


(運命の女神ルナロッサの神殿ならぬ職業神託神殿をさ!)


 童顔商人が困惑した様子で小さく肩をすくめてみせる。


「ワタシには理解致しかねます……なぜそこまで?」


「最初に賭けだと言ったであろう! これは先行投資のようなものだ。この先、運命の女神ルナロッサが知名度を増せば、無名時代に目をかけてやったオレに神殿の連中は頭が上がらんはずだ! それこそオレを女神のように崇めるだろうよ!」


 そうオレは豪快に笑い飛ばす。

 ジョブのことを言えないので、かなり苦しい理由付けになったが、

「なるほど! 実にアラン様らしい大胆なお考えです!」

 悪役貴族のファンである童顔商人はオレの悪役ムーブに嬉しそうだ。


(なにが賭けだよ……どう考えてもイカサマじゃねーかよ)


 なぜなら、オレは『伏せられたカードの中身』を知ってるからだ。

 ジョブという神システムが世間に認知されれば、運命の女神ルナロッサが注目されるであろうことを知っているからだ。

 そして、その時期はおそらく『魔王覚醒』の後。強さを求めれば、ジョブは避けては通れないのだ。


「アラン様。ワタシは三日後に王都スタンフォードに出立するのですが、よろしければご同行なさいますか?」


「うむ。頼む。オレが直接出向いて神殿関係者に話をつけよう」


 こうしてオレはゲーム以来、久しぶりの王都に訪れることとなった。 



 

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