第10話 敏腕童顔商人
「もしかして……王都の女性についてですか? だったらワタシにお任せを! アラン様好みの『品のいい年上女性』をご紹介いたしましょう!」
そうカール・マインツが我が屋敷の品のいい年上女性である金髪メイドにちらりと視線を送る。童顔商人はアランのことを良く分かっている。
「冗談は止めろカール・マインツ。このオレが最近、女遊びをすっぱりと断ってること知らぬ貴様ではあるまい?」
「もちろん、噂は耳に届いております。花街の者たちがアラン様が来られなくなって稼ぎが苦しいと嘆いておりましたよ?」
「知ったことか。オレが金を落とさなくなった程度で苦しくなるなんぞ、経営努力が足りんと言わざるを得ない」
「ごもっとも。ただ最近のアラン様の変化にはひどく驚かされておりまして……どのような心境の変化ですか?」
童顔青年が僅かに目を細める。品定めの眼差しだ。
「実に健全なことに女遊びを断ち、節制に努められ、剣の稽古に励まれているとか。しかも、アラン様の剣の腕はかなりのものと聞いております」
「貴族を止めて冒険者として生きてゆくのも悪くないと思う程度にな。少なくとも、領内でオレに一太刀でも浴びせられる人間はおらん」
「それほどまでとは……確かに冒険者ならば王都に行かれるのが一番でしょう。それでこれまで頑なに触れてこられなかった『王都スタンフォード』について知ろうというわけですか……」
アランはプライドの高い男で、田舎貴族と馬鹿にされることをなによりも嫌う。身なりに人一倍気を遣っていたのも、田舎者だと馬鹿にされたくないからだ。
一方で大都会である王都に対して人一倍『憧れ』も感じていた。
王都の最新の流行など、本当は気になってしかたがなかったのだが、アランから尋ねるようなことは決してなかった。
さしずめ『べ、別に王都になんて興味はないんだからね!』である。
オレは鼻で笑ってアランお得意の不遜な態度で言い放つ。
「おかしなことではあるまい? オレも間もなく19歳だ。いつまでも片田舎でひきこもりの王様をやっていても見識は広がらん。いっぱしの領主になるためも、世間を知ろうと思っただけのことだ」
口から出まかせだ。ジョブについて調べてるとは言えるはずもないのだから。
「冒険者になるというものまったくの与太話ではないがな!」
「なるほど……」
「賢明であろう?」
「はい、賢明です……いや、賢明すぎます。貴方はそんな物分かりのいい人間ではないはずだ!」
「おい。誰か剣を持ってこい。この失礼な男の首をはねる」
「悪い意味ではありません! アラン様の己の欲望にどこまでも忠実な真っ直ぐな生き様! 目的のためなら金に糸目を付けぬ潔さ! 周囲に嫌われようが己の考えを決して改めない揺るぎなさ! ワタシはそこに憧れているのです!」
童顔青年は慌ててソファーから立ち上がり早口で弁明する。
「悪い意味ではないだと? まったく褒められている気がせんぞ!」
「以前にもお話したかもしれませんが、こう見えてワタシも貴族の端くれなのです」
「ふむ。覚えがない」
アランの記憶のデータベースにそんな情報ない。忘れているだけか、カール・マインツが吹いてるだけか。後者の気がしてならない。
「伯爵であらせられるアラン様と違って、ワタシは貴族とは名ばかりの子爵家の四男坊。いわゆる冷や飯食いです。商人をやっておりますのも、まったく実家の援助をあてにできないからでございます」
「幸運だったな。商いの才能があって」
「お褒めにあずかり光栄です。ですが、貴族の端くれとしてアラン様のような貴族然とされた方に惹かれてしまうのです。ないものねだりというヤツでしょう」
そう童顔商人が人好きのする笑顔を浮かべる。
(度胸もあって観察眼もあって頭の回転も速い……やはりこの青年は相当なやり手だ……なんだよアラン。お前の周りにも優秀な人材はいるじゃん)
オレは嬉しくなってしまう。
アラン・リヴァプールはろくでもない悪役貴族だが、童顔商人しかり、セバスやミシェルやシエロしかり、支えてくれる人間がいないわけではないのだ。
オレは悪役貴族らしくふんぞり返りながら足を組み替える。
「期待を裏切って悪いが、オレはまだ死にたくない。リヴァプール家の財産とて無限ではない。これまでのような刹那的な日々を送っていたら、どう考えても長くは持つまい?」
「失礼ですが、アラン様の平穏な老後というものは想像ができません」
「ふん……死んでしまえば、幾ら金があっても、幾らいい女がいて、幾ら恵まれた環境があってもすべて詮無きこと。生きてこそだ」
「ごもっとも」
「要するにこれは心境の変化などではなく、少しでも長く生きるために、一旦、身の回りを整理をしようとシンプルな話だ」
瞬間、オレは屋敷に哄笑を響かせる。
「貴様もその目で見たであろう? 金の切れ目が縁の切れ目! 金に目のない卑しい連中が挙って去ってくれた! 金喰い虫を整理できたことが、なによりの節制であったわ!」
オレがこのように大仰に振舞っているのには理由がある。
今まさに『己の価値は己で証明してゆく』を実践している最中なのだ。
尾張のうつけ者よろしく、ろくでもない悪役貴族と思われていたアラン・リヴァプールを周囲の連中に『意外にも有能じゃないか』と思わせたいのだ。
(カール・マインツは有能な人材だからな……今後のためにも有益な関係を築いておきたい)
「では……こうしてお呼び出し頂けたということはワタシはアラン様に『選ばれた』ということで?」
童顔青年の反応は悪くない。
だが、これはさしずめ商談だ。手放しで才能を買っていると思われては足元を見られるだけだろう。
「いや、選んでなどおらん。くだらない連中が綺麗さっぱりいなくなって、見回したら王都について詳しそうな人間が貴様しかいなかっただけだ。消去法にすぎん」
オレがそううそぶくと童顔青年がニヤリと笑う。どうやらこっちの腹の内などお見通しらしい。
「いいでしょう! 王都のことでございますね! アラン様がお選びになったこのカール・マインツになんなりと! 見事、期待に応えてみせましょう!」
実に喰えない男である。だからこそ味方にしたかったわけだが。
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