第9話 深淵の少女

 オレは自室の姿見に映る白髪の悪役貴族に向かって指をさす。


「なあ! アラン! オレは決めたよ!」


 ゲームについていろいろと振り返ったことで考えがまとまった。


「とにかくこの二年間でオレはできるだけ強くなる!」


 結局のところこれが一番間違いがない。ゲームで言うところの『レベルを上げてごごり押しでクリアする』ってやつである。

 極論、魔物の大群が襲って来ても負けなければいいだけのことなのだ。


「だが、闇雲に剣の稽古に励んでどこまで強くなれるか分からない……やはりジョブの獲得は必須だろう」


 ジョブによるステータスの補正の恩恵は無視できない。なにより個々のスキルがとにかく強力なのだ。治癒魔法にしても、ジョブが回復系ヒーラーなら失った腕が一瞬で復活するほどだ。


「ジョブの情報を集めよう。オレの予想が正しければ、現状でもジョブの神託は受けられるはずだ……本編の始まる二年後に『職業神託の巫女プリーステス』が突如として現れるとは思えないからな」


 ここはゲームの世界だが、異世界という名の現実でもある。職業神託神殿にしても元となる神殿があるはずだ。


「情報を突き止めて、直接出向いて、巫女に神託を依頼する。ゲームと同じなら職業神託神殿が『王都スタンフォード』のどこかにあるはずだ」


 アランは王都から遠く離れた辺境の田舎貴族だ。王都に関しての記憶はないに等しい。使用人たちも同様だろう。

 つまり、王都に詳しい人間から話を聞くところから始める必要があるってことだ。

 明日からの目的がはっきりしたところでオレは再び瞼を落とす。


     ◆◇◆◇◆


 その夜、オレは奇妙な夢を見た――――、


 暗くて狭い部屋の真ん中で、ひどく痩せ細った黒髪の少女が膝を抱えてしくしくと泣いている。


 寂しいよ寂しいよと。

 悲しいよ悲しいよと。

 お腹が減ったよと。

 ママ、お願いだから私を捨てないでと。


 幼い少女の沈痛な訴えに胸が締め付けられる。

 オレは急いで駆け寄り黒髪の少女抱きしめる。


「大丈夫だ! 君は一人じゃない! オレがついているぞ!」


 オレはこの少女をなんとしてでも助けてやりたいと思った。だが、どうして『見ず知らずの少女』をこんなにも助けたいと思うのか自分でも分からなかった。


 直後、腕の中の少女が黒い霧となって霧散する。必死で手を伸ばすが届かない。

 やがて暗くて狭い部屋に少女の声だけが響く。一変して黒髪の少女が狂ったように喚き散らすのである。


 くそくそくそくそ! この世界はくそだ!

 人間なんてどいつもこいつもくそ豚野郎だ!

 みんな死んでしまえばいいんだ! 

 こんなくそみたいな世界はなくなってしまえばいい!


 壊れた玩具みたいな哄笑が響く。

 黒髪少女の声色にもう怯えた様子はない。あるの激しい怒り。深い憎しみ。圧倒的な絶望。そして、生きることへの諦め――――、


     ◆◇◆◇◆


 すべての飲み込むブラックホールのようなどす黒い感情に溺れそうになってオレは目を覚ます。

 ベッドからガバと起き上がりゼエハアと激しい呼吸で繰り返す。それそこ深い水底から這い上がったみたく白い前髪が額にべったりとくっついている。


「……とんでもない悪夢だったな」


 しかし、ただの悪夢だと切り捨てるには引っ掛かる。


「あの黒髪の少女は誰だ……?」


 視界が霧に覆われているかのように記憶がおぼろげだ。それがオレの記憶なのか、アランの記憶なのかさえ定かではない。

 

 黒髪の少女の顔も分からない。黒いペンで顔がぐちゃぐちゃに塗りつぶされたかのように思い出せない。

 

「黒髪からして……前世のオレが知っている人間の可能性もあるか」


 とは言え、この世界でも黒髪の人間は珍しくはない。アランの知り合いの可能性も完全には否定はできない。


「ダメだ……さっぱり分からん。一旦、この件は保留するしかなさそうだ」


 黒髪の少女のことは気になるが、今日は朝からやることが山積みだ。

 オレは素早く着替えを終えると、さっそく屋敷の一切を取り仕切る執事長のセバスを呼びつける。


「アランお坊ちゃま。おはようございます」


 間もなくして背が高いロマンスグレーのイケオジが現れる。

 セバスは父親の代からリヴァプール家に努める最古参で、シエロの母親であるミシェルの次にアランが信用している人物である。


「セバス。確か、領内の町に行商人のカール・マインツが滞在しているな?」

「左様で」

「カール・マインツはもちろん王都にも商いに出向くのであろう?」

「はい。数日後に王都に出発すると、おっしゃられておりました」

「ならば当然、王都にも詳しいよな?」

「おそらく」

「よし! 王都の話を聞きたい! 至急カール・マインツを屋敷に呼んでくれ!」

「かしこまりました」


 朝食を終える頃、小奇麗な身なりをした赤毛の童顔青年が「まいどおおきに!」とにこやかに姿を現す。


「アラン様、王都ついて聞きたいそうで? どういう風の吹きまわしですか? もしかして儲け話ですか? だったら喜んでお話させて頂きましょう」


 アランの顔を見るなり笑顔のカール・マインツが捲し立ててくる。

 悪役貴族のアラン・リヴァプールを前にしてもまったく怯む気配はない。童顔とは裏腹にカール・マインツは実に肝が太いのだ。


「いや、ただの知識欲だが?」

「左様ですか。途端にやる気がなくなりました」


 赤毛の青年は大げさに落胆してみせる。主人に対して失礼と言わざるを得ない態度ではあるが、この屋敷に童顔青年を咎める者はない。

 なにせこの童顔青年のことをアランが気に入っているからだ。 

 アランのことを無条件でもてはやす周囲の人間の中にあって、この青年のような歯に衣着せぬタイプは非常に珍しく、それが新鮮で良かったようだ。


「セバスさーん! ワタシにも飲み物お願いしまーす!」

 

 童顔商人が何食わぬ顔でソファーに腰掛ける。

 カール・マインツは金に目敏く、したたかで図々しい。だが、同時に人懐っこく、話題が豊富で、実に嫌味がない。

 商人としての腕も確かで、童顔商人の扱う商品はいつだって間違いがなかった。


(屋敷にあった無駄な美術品や宝飾品などをセバスに頼んで売り払ったが、ほとんどが安物か偽物だった。だけど、カール・マインツから購入した品だけは、すべて買値よりも高値で売れたんだよな)


 今のところオレの印象も悪くない。はっきり物を言う人間というのは、回りくどくなくて助かる。


「で? アラン様? 具体的に王都のどんなことについて知りたいんですか?」


 カール・マインツは出された紅茶を一気に飲み干すと、剣呑に目を細めおもむろに切り出した。

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