第8話 ゲームシステム

 オレは今一度『アランが死亡する事件』をおさらいする。


「……数百年ぶりに魔王が覚醒したことで各地の魔物が活性化。その影響でリヴァプール家が管理する小さなダンジョンの封印が破られ魔物の大群が地上にあふれ出した。で、魔物の大群を討伐しようとしてアランは命を落としたんだ」


 そこでオレはとある可能性を見出す。


「たとえばダンジョンの封印を強化にするってのはどうだろうか……?」


 封印を強化できれば、魔物の大群がダンジョンからあふれ出すのを防げるのではないだろうか。ダンジョンライフⅢでも高レベルの白魔導士ホワイトメイジは結界魔法が使えたのだ。


「……あ、ダメだ。この世界にはまだ『ジョブ』がないんだ」


 オレは思わず白い頭を両手でかき混ぜる。

 この一か月で判明したことだが、誰も『ジョブ』について知らないのだ。

 考えてみれば当然か。ダンジョンライフⅢは多彩なジョブが魅力のゲームだっただが、あくまでもそれはプレイヤーの専売特許だからだ。


「そう言えば『ジョブ持ちNPCノンプレイヤーキャラ』がゲーム内に登場したのはゲーム開始から半年後の最初の大型アップデート後だったはず……こっちの時系列だと数年は先の話になるんだよな……」


 運営が急いで『ジョブ持ちNPC』が導入したのには幾つか理由がある。


 ダンジョンライフⅢはその名前の通りダンジョン探索がメインコンテンツなのだが、5人フルパーティーで挑もうとするとプレイヤー同士でジョブバランスを調整したりだとか、多くの苦労がある。

 かと言って、ダンジョンではソロや少人数ではクリアするのが難しい局面も多い。回復役ヒーラーのように明かにソロに向いていないジョブもいる。

 そこで誰でも気軽に5人フルパーティーを組むことが出来るように、足らないメンバーを『ジョブ持ちNPC』で埋めるシステムが導入されたのだ。

 

 それが『傭兵制度マーシナリーシステム』――通称『MSマス』である。


 ゲーム内の会話は「盾役タンク回復役ヒーラーMSマスっとくわ」なんて具合だ。

 NPCはプレイヤーほど優れた腕前ではないが、戦闘AIが優秀なので与えられた役割ロールはきちっとこなしてくれる。評判は良かった。


 素材集めやのんびりと探索したい時はオレも利用した。誰にだってあるだろう。ゲームはしたいが、誰とも話したくない日が。


 ダンジョンライフⅢのAIは全体的に出来がいい。NPCキャラも個性豊かで結構喋る。キャラによってはやかましいくらいだ。

 それにプレイヤーと違って相手がNPCだと思うと気が楽だ。人間関係に気を揉む必要がないからだ。

 雇い主のオレが無言でも気を悪くすることもなく、パーティーを組んでるNPC同士で楽しく会話してくれる。


「それをBGMにしてぼーっと過ごすのも悪くない時間だったな」

 

 忘れてはいけないのは『傭兵制度マーシナリーシステム』にはジョブ格差を緩和するという側面があったという点だ。


 なんとダンジョンライフⅢは一度決定されたジョブを変更できないのだ。


 運営としては、人気ジョブにプレイヤーが集中してジョブバランスが偏るのを避けたかったとか、安易に変更できないからこそ自らのジョブに愛着だとか希少性を感じて欲しかったとか、いろいろ理由はあったようだ。


 多種多様なジョブが世界に溢れている感じをオレは気に入っていたのだが、当然ながら不満を持つプレイヤーは少なくなかった。


「まあ、オレの場合は幸運にも最初に神託されたジョブが『聖騎士パラディン』という万能ジョブだったからな」


 聖騎士パラディン盾役タンクだ。守りに長け、挑発持ちで自己回復があり、パーティーから重宝されソロ性能も高い。

 普段は片手剣と盾の組み合わせだが、両手剣を装備すればそれなりに火力も出せる。間違いなく恵まれたジョブと言えた。


 一方で不遇と言われるジョブに当たってしまったプレイヤーの心中は穏やかじゃない。実際、嫌になってゲーム自体を止めてしまったフレンドもいた。


 そのため運営も『ジョブマラソン』を黙認してたところはあった。


 目当てのジョブが神託されるまで何度も何度もアカウントを作り直して『職業神託神殿』に通うのだ。ソシャゲのガチャでお馴染みのアレである。


 それでも、余程、プレイヤーからの要望が多かったのだろう。

 一周年記念のイベントでは遂に『神託祈願之書しんたくきがんのしょ』と呼ばれる『再度ジョブを神託して貰える』イベントアイテムが配布された。

 しかも、再度神託されたジョブが気に入らなかった場合、現在のジョブを継続できるので『使わない手はない』という太っ腹なアイテムだった。


 もちろん、オレも使った。聖騎士パラディンにまったく不満はなかったが、運試しみたいなものだ。

 実際、剣聖や賢者と言った超レアジョブを引き当てた豪運の持ち主たちがいたのだ。それを聞いたらじっとなんかしてられない。

 だが、人生は甘くない。

 神託の巫女プリーステスが厳かに告げる。『貴方のジョブは罠師トラップマスターです』と。


 そう、オレの二度目のジョブは『罠師トラップマスター』だった。


 罠師トラップマスターはその名の通り罠のスペシャリストで、素の攻撃力は魔導士並。ただ罠もそれ自体のダメージは低く、一定時間の拘束と状態異常がメインだ。

 はっきり言ってハズレだ。魔物を罠に誘い込むためにパーティーメンバーの協力が必要だったりと、初心者お断りの不人気なジョブだった。


 当然、オレは罠師トラップマスターをキャンセルする。

 ところが、オレはとんでもない間抜け野郎だった。


 ボタンを連打してキャンセルしたつもりが、聖騎士パラディン罠師トラップマスターで上書きして決定してしまったのだ。

 デバイスを変更した影響で、決定ボタンとキャンセルボタンが逆になっていることを失念していたのだ。


 一年間の努力をどぶに捨ててしまうような大失敗にオレは本気で落ち込んだ。しばらくログインできないほどに。


 ちなみにこの時、オレは金払いの悪くなったアランと同じような経験を味わうことになった。ジョブが聖騎士パラディンではなくなった途端、多くのフレンドから連絡が途絶えたのだ。


「笑える。仲良くしているつもりだったけど、相手はオレという人間ではなくオレのジョブに価値を見出していたというわけだ」


 当時のオレは心底がっかりした。それはオレという人間の価値のなさにもだし、即物的なフレンドたちにもだ。

 そして、なにより『世の中ってそうもんなんだ』という世知辛い事実に気づいてしまいひどくがっかりした。世の中クソだと思った。


 だが、同時にオレは学んだ。『己の価値は己で証明してゆく』しかないのだと。

 それが出来なければ誰にも必要とされないのだと。それはゲームでも人生でも変わらない真理なのだろう。


 罠師トラップマスターになってしまったものは仕方がない。このジョブが活きる道はないかとオレは必死で探った。

 意外にもオレの努力はすぐに報われる。バージョンアップだ。オンラインゲームにはこれがある。シーズンごとにジョブの人気が移り変わるのだ。


 当時のバージョンアップで導入された最新レイドボスに罠師トラップマスターの落とし穴や痺れ罠が有効で、罠があるかないかで討伐難易度がガラリと変わるほど効果絶大だったのだ。


 最強ではないが、罠師トラップマスターの需要が爆発的に高まったのは言うまでもない。

 

 すると、現金なもので連絡が途絶えていた何人かのフレンドから熱心なパーティーの誘いが来るではないか。

 もちろん、丁重にお断りした。オレはオレが罠師トラップマスターになっても変わらずて付き合ってくれた僅かなフレンドを優先した。


「これは悪役貴族にも言える。アランの金払いが悪くなっても変わらずアランに仕えてくれる者たちを大事にしないと」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る