第7話 順調な滑り出し?

 前世の記憶が蘇ってから一か月ほどが慌ただしく溶けた。

 異世界の生活に慣れるために毎日必死だったというのもある。だが、それ以上にオレはアランの悪行の数々を是正すべく忙しく奔走していたのだ。


 使用人たちへの態度を改め、散財を止め、金に群がる卑しい連中との関係をすっぱりと断った。

 各方面にあったツケという名の借金を清算するのに、屋敷のあちこちに飾られていた趣味の悪い美術品も根こそぎ処分した。悲しいかなほとんどが偽物だった。金に群がる卑しい連中にとってアランはいいカモだったというわけだ。

 

「それにしても『金の切れ目が縁の切れ目』とはよく言ったもんだよ」


 金払いの悪いアラン・リヴァプールにはなんの価値もないらしい。蜘蛛の子散らすように見る間に取り巻き連中はいなくなった。

 オレからしたらなんの思い入れもない連中だ。下衆なおべんちゃら野郎どもがいなくなって心から清々している。


「みんな聞いてくれ! あのアラン様が『ご苦労さん』とお優しい言葉をかけてくださったぞ!」

「見た見た! 目を疑ったわ! お坊ちゃまはどうかしちまったのかい?」

「ちょっと前にシエロに木剣で脳天を血が出るほど強く叩かれたらしいぜ」

「なるほど……それで頭がおかしくなっちまったんだねえ」 


 当初、屋敷の使用人たちや町の人々は誰もがアランの変化に懐疑的だった。一時的に頭がおかしくなってるだけだと思っていたようだ。


「あの我がまま放題だったアラン様が、こんなにもまともになられてわたしゃ涙が出るほど嬉しいよ……」

「ああ……正直、先代の旦那様が亡くなられて、アラン様に代替わりされて、この家は終わったと諦めていたが……」

「今のお優しいアラン様なら立派な領主様になってくださるだろうぜ!」


 だが、一か月が過ぎると『本当に心を入れ替えたようだ』と周囲の見る目が徐々に変化し始める。

 蛇に睨まれた蛙のようにアランに対して常に怯えていたシエロも、


「アラン様! アラン様! 早く剣の稽古を致しましょう!」


 最近では四六時中オレにべったりだ。SNSでたまに流れてくる人間不信のボロボロの保護犬が、新たな飼い主の献身によって見違えるように愛らしく変化するのを観ている気分だった。


 ちなみに自分で言うのもなんだが、オレの剣の腕はかなりのものだった。


 才能があると勘違いして努力を怠ってきたからだろう。恵まれた体躯と高い身体能力の割にアランの剣の実力はイマイチぱっとしなかった。

 だが、オレのダンジョンライフⅢで培った経験と技術が加わることで、後に勇者となる正真正銘の天才剣士であるシエロを剣で圧倒してしまったのだ。

 

 効果はてきめん。実力を示したことでシエロの中でアラン・リヴァプールが評価が急上昇。アランが尊敬の対象へと変化するのに時間は掛からなかった。


「アラン様! アラン様! もう一本お願いします!」


 はそう瞳をキラキラと輝かせる。

 

(未来の勇者は意外に脳筋だな。『本気で剣を交えることのできる相手と出会えたことが嬉しくて仕方がない』っていう顔じゃないか)


 ゲームのロード中に挟まれるtipsティップス情報なのだが、勇者はずば抜けた才能ゆえに、覚醒するまで一度も本気を出したことがなかったらしい。


 最年少のシエロが訓練で年上連中を完膚なきまで叩きのめしてしまったら後が怖い。シエロは周囲の顔色を窺い常に力をセーブしていたようだ。

 それもあってアランは死ぬまでシエロの才能を見抜けなかったのだ。『それなりに剣を使える奴』という程度の認識だった。


 この一件でシエロ・マドリードの評価も激変した。


「驚いな。シエロってこんなに強かったんだ……」

「なあ、お前ならシエロに勝てるか?」

「いや、無理だ。俺じゃ相手にもならないよ」


 リミッターを解除したシエロの剣の鋭さ、変幻自在の体捌き、無尽蔵のスタミナ、誰の目から見てもずば抜けていた。


「それよりアラン様だぜ! 信じられないほど強いじゃないか!」

「つい先日までここまでの腕ではなかったはずなんだが……」

「ひょっとして真の実力を隠しておられたのだろうか……?」

「どうだっていいじゃないか! 領主様が強くて俺は誇らしいぜ!」


 天才金髪剣士の苛烈な攻めを、ダンジョンライフⅢで名の知れた盾役タンクだったオレは、受け止め、受け流し、押し返し、回避する。やり込み鍛え上げた鉄壁の防御でまったく寄せ付けなかった。

 凄腕のシエロをじゃれる子犬とたわむれるかのごとく軽々といなすアランの評価もお陰でうなぎ上りというわけだ。


(力こそ正義ってわけね。それが魔物が蔓延る世界の流儀なんだな。実に分かりやすくていいね)


 強き領主とはそれだけで民心を掴むものらしい。

 アラン・リヴァプールの腕が立つという噂が領内に広がると、周囲の見る目が見違えるほど変わった。それは善行ムーブよりもずっと効果的だった。

 そう言えば、町からきな臭い連中の姿も明かに減った気がする。領主であるアランの強さや有能さが、ろくでもない連中への抑止になるという証明だろう。


「これは大きなヒントな気がする……死亡エンドを回避するために周囲にアランの実力を示すことも重要なんだろうな」


 オレは一日の終わりに自室のベッドで、慌ただしい日々を振り返り頷く。

 

「うむ。我ながら上手くやれてると思う。この一か月、必死で頑張った甲斐があるな。死亡エンドを回避する方向に順調に進んでるんじゃないか?」


 そう手応えを感じながらゆっくりと瞼を閉じる。ところが、オレはすぐにシーツを跳ね除けベッドからガバと起き上がる。


「――――いや、待て! 本当にこれでいいのか……?」


 急に不安に襲われた。


「悪役ムーブを是正したことで周囲の評判は劇的に改善された。後に勇者となるシエロとの関係も良好だ。ベクトルは間違ってないはず……だけど、これを二年間続けたら本当に死亡エンドを回避できるのだろうか……?」


 オレは腕組みして思案する。


「もっとやれることがあるんじゃないのか? 未来を変えるために今のオレに一体なにができるんだ? 考えろ考えろ……」


 オレは頭の中を整理する。


「一つは、己が変わること。自業自得。因果応報。オレが思うに良くも悪くも未来の事象は己に大きく起因する。日々の行いや、考え方を改めることで未来は変えられるはずだ」


 今さまにメインで取り組んでいるのがこれだ。


「もう一つは周囲を変えること。他者の影響も無視できない。誰かに足を引っ張られることもあれば、誰かに助けられることもある。どんなに強がっても人は一人では生きられない。だったら味方は多いに越したことはないだろう」


 これはオンラインゲームで学んだことだが、ソロプレイではどう頑張っても限界がある。大きな成果を得るためには他プレイヤーの助けは不可欠なのだ。

 そして、これも今まさに進行中だ。



「さらにもう一つ――——『根本的な原因を断つ』ってのもあるな」

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