第6話 現状確認

 勇者が18歳の時にアランは死ぬ。

 現在、シエロが16歳ということは、すなわちアランが20歳の時に勇者覚醒イベントが発生するということだ。


「二年あればなんとかなるか……?」


 オレはアゴに手を添え思案を巡らせる。


(いや、待て……この世界における二年は果たして長いのか短いのかどっちだ……? 仮に残りの二年間、善人ムーブをかましたとして、それで本当に死亡エンドを回避できるのか……?)


 険しい顔で黙り込んでいたからだろう。


「アラン様? もしかしてまだ傷が痛みますか……?」


 シエロが心配そうにオレの顔を覗き込んでくる。

 

(改めて間近で見ると、シエロは母親に似てかなりのだな)


 まつ毛が長く目も大きく、髪は黄金の稲穂のようにまばゆく輝き、肌も白磁のようにつるんと滑らかだ。その造形は紛うことなき美少女のそれと言える。


 もっとも、アランは死ぬまでシエロのことを『男』だと思い込んでいたが。


 アランが誤解するのも分からないでもない。シエロの一人称が『ボク』であることからも分かるように、勇者として覚醒するまで性別を偽っていたのは事実なのだ。


 理由はシエロが赤ん坊の頃に、どこぞの女神の神官から『この娘はいずれ勇者として魔王を打ち倒すであろう!』と神託されたためだ。


 周囲は『おお! これで新たな魔王が覚醒しても安心だ!』と大いに喜んだそうだが、母親のミシェルは生まれたばかりの娘はそのような過酷な運命を背負わせることを良しとしなかった。


 そこでミシェルは生まれ故郷を逃げるよう離れリヴァプール家で使用人となり、娘を男の子として育てることにしたのだ。ミシェルは我が子にただただ平穏で幸せな生活を送って欲しかったのだ。


 しかし、残念ながら母親の願い虚しく娘は予言通り勇者となる。


 ちなみにシエロ・マドリードは初登場時から美人の女勇者としてプレイヤーから絶大な人気を誇った。

 一部の熱狂的なファンから『シエロたん』との愛称で呼ばれ『シエロたんファンクラブ』や『シエロたん親衛隊』や『シエロたんに踏まれ隊』など数々の特殊ギルドが乱立していた。

 

「アラン様! アラン様! 痛むようなら急ぎ母を呼んできましょうか? 母に治癒魔法をかけてもらえば痛みも和らぐかと……」


「いや、だったらシエロがオレに治癒魔法をかければいいではないか?」


 反射的にそう答えたのが不味かった。シエロが愕然と固まったのだ。


「ど、どうして……ボクが治癒魔法を使えることをご存じなんですか?」


 うっかりしていた。プレイヤーにとって勇者が治癒魔法を使えることは常識だ。

 だが、勇者覚醒前のシエロは性別同様に治癒魔法を使えることを周囲に伏せていた。少なくとも、アランの記憶にはない。


 オレは動揺を隠して憮然と返す。


「別に不思議ではなかろう。母親が使えるのだ。のお前も使えると考えるのはそれほどおかしなことではなかろう?」


「む、む、娘……!?」


 新たな失言によってシエロが生まれたての小鹿ばりに全身を震わせる。


「息子な! 言い間違えただけだ! いちいち大げさに反応するな!」

「は、はい! 申し訳ございません!」

 

 もう悪役ムーブはしないと誓ったはずなのに、動揺のあまり悪役フェイスで怒鳴って強引に場を収めてしまった。反省である。


(発言には気を付けないとな……時系列を意識してまだ開示されていない情報をうっかり口にしないよう注意しないと……)


 すると、そのタイミングでミシェルが紅茶を持って部屋に現れる。彼女は給仕した後もシエロのことが心配なのか無言でその場に留まっている。

 しかし、母親に見られていてはやりずらいったらない。まるで彼女との初デートに親がついてきたかのような気まずさである。


「ミシェル。下がれ。シエロと二人だけで話がしたい」


 金髪メイドは後ろ髪を引かれるように「かしこまりました」とおずおずと部屋を出てゆく。娘もまた母親が出て行った扉を心細そうに眺めている。

 

「シエロそう緊張するな。ミシェルから聞いていないのか? オレはお前を叱るために呼び出したのではない。むしろ褒めるために呼んだのだ」


「母からそう聞いてはおりましたが……ですが、ボクはアラン様に褒められるようなことはなにも……」


「オレに見事、一撃を入れたではないか?」


「そんな! 屋敷の主人であるアラン様に怪我を負わせたのです! 褒められるような行為ではありません!」 


「あれはあくまで訓練の上でのことだ。怪我を恐れて剣の腕が上達するか? 今後も訓練の時は全力でかかって来い」

「で、ですが……」

「それに怪我をしても治癒魔法がある。見ろ。オレの額には傷ひとつないだろ?」


 オレは白い前髪を片手でめくってみせる。

 

「あれは見事な一撃だった。お前には剣の才能がある。命令だ。今まで以上に研鑽に励め。そうすればきっと将来は名のある剣士になれるだろう」


 名のある剣士どころか世界を救う勇者になるのだが。


「そ、そんな……アラン様に褒めて頂けるなんて……」


 シエロはひどく困惑している。


(まあ、だろうな。これまでアランが使用人の中でもっともきつく当たってきたのが、他ならないシエロ・マドリードなんだからさ)


 アランはシエロのことが気に入らなかったのだ。とにかく目の敵にしていた。


 理由は実にくだらない。嫉妬だ。

 大好きなミシェルの子供で、彼女から全力で愛されているシエロのことがアランは許せなかったのだ。

 だからアランは主人という強い立場を利用してなにかとシエロをいびった。シンデレラの継母たちのごとく。


「なんだその反応は? オレがお前を褒めるのがそんなに不思議か?」

「恐れながら……今まで一度もボクはアラン様に褒められたことがないので……」


 それは困惑か安堵か喜びか。シエロは少し涙ぐんでいる。


「すまなかったシエロ。今までお前にきつく当たってきたことを許してくれ」

「……え? え? え?」


 さらにアランから謝罪までされてシエロの感情はもうぐちゃぐちゃだ。


「母を早くに失くして母親の愛情に飢えていたオレは、ミシェルという素晴らし母親に愛されているお前のことが羨ましかったんだ」


 これは必ずしも善意でも罪悪感でもない。割と純度高めの打算だ。

 

(どう考えても、後に勇者となる人物と敵対してもろくなことはないからな。むしろ死亡エンドを回避するためにも積極的に友好関係を築くべきだろう)


 芝居がかったセリフ回しを誤魔化すためオレはさらに声を張り上げる。


「だが、シエロから強烈な一撃を脳天に喰らってオレは目が覚めた! 嫉妬でお前をいびったところでなんの意味もないとな!」


 これは嘘偽りのない真理だ。

 前世のネットの誹謗中傷なんかにも言えるが、自分が不幸だからと言って他人を貶めても自分が救われることはない。むしろ『人を呪わば穴二つ』ってなもんで、手痛いしっぺ返しを食らうのが関の山である。


「だったら使用人の中でも年齢の近いお前と仲良くしない理由はない! お前は剣の腕も立つ! 今後は互いに高め合っていこうではないか!」


 途端、シエロが泣き崩れる。


「ああ、身に余る光栄です……アラン様にそのように言っていただけるとは……」


 シエロは顔を手で覆い嗚咽している。


(……え? マジ? オレはお前を自分が助かるために利用しようとしているだけなんだが……)


 ここまで感動されるのは予想外だ。後ろめたさもあって、さすがに心が痛む。

 年頃の少女に気安く触れるのはどうかと躊躇われたが、現時点でアランは彼女が女の子とは知らないわけで。

 僅かばかりの逡巡した後に、オレは床にうずくまる金髪美少女をそっと抱きしめ、その丸い背中を優しく撫でるのだった。

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