最終話 わがままな猫
「にゃあ」
「おお、かわいいなあ」
目の前にいる猫を撫でていると、目の前に目を細くした七海が目に入った。
「やっぱり猫なんですね」
「なんだよ、不貞腐れて」
「いいえ、何でもないですぅ」
七海は悪態をつきながら頬を膨らませている。
まあ、そんなことはいつものことだ。気にせず猫と
「んにゃ」
「あ」
「あー、行っちゃいましたね」
「まだ触りたかったのに……」
「まあいいじゃないですか。ここ以外にも会える猫がいるんですから」
俺と七海は、相も変わらず猫カフェに来ていた。もちろん、ここ以外というのはおばあさんのとこにいる猫のことだ。
「それにしても先輩。あれから何回も誘ってきましたよね」
「え、そんな誘ってた?」
「勉強しなきゃーって言ってたのに、月1でしたよ」
「……恥ずかしいな」
「でも、志望校に合格したんですから。そこは大目に見ます」
七海はまるで母親のような物言いで振舞っている。
そう、あれから半年以上が経っていた。
勉強やらなんやらで気づけば受験が過ぎ、卒業式までも終わっていた。あっという間で、実感が湧かない。
それも、こうやって七海と一緒にいるとなおさらだ。
「先輩は大学生になっちゃうんですね」
「そうだな。実感湧かないけど」
「なんか、先輩が大学生って面白いですね。大学に通いながら猫探してそう」
「猫は探して見つかるもんじゃないよ。出会いがあるんだ」
「なんでそんなことハッキリ言えるんですか。なんか、キショイです」
「おい、それは言いすぎだろ」
「えへへ、すいません」
笑いながら七海は言う。
なんだか、あの出来事から七海の当たりが強くなったような気がする。これも仲の良い証拠なのかなと、不器用なりに理解しているつもりではいる。
しかし、今日が終わったら次はいつ会えるのだろう。
「七海も受験生かぁ……」
つい心の声が漏れてしまった。つぶやくような小声ではあるものの、もちろん目の前にいる七海には聞こえている。
「そうですよ、受験ですよ、大変ですよー」
「まあ、頑張れ」
「えー、なんでそんな適当なんですか。もっと応援してくださいよー」
「七海の成績なら心配なさそうだしな。まあ、頑張れ」
七海は公共施設にいるからか大袈裟にはしてないが、目の前で「うー」と声を出しながら項垂れている。
「……まあ、また誘うわ」
こんなこと恥ずかしくて面と向かって言えない。
実は今日も俺から誘った。合格祝いや卒業祝いでもなんでもない、特別でもなんでもない。
ただ、今日行かないともう一緒になることがしばらくないと思った。ただそれだけ。
「本当ですか!」
「うお」
「いやー楽しみですねー」
「まだ次の話はしてないだろ」
「どこに行きましょうか。水族館とか遊園地ですかね?」
「おーい、一人で勝手に進むな。それに、何で猫カフェ以外なんだ」
「いいじゃないですか。遊びに行けるならどこでも!」
急に元気になった七海の勢いに押されてしまう。
俺にとっても暗いよりも明るい方が七海らしくて好きだ。受験勉強の合間に出掛けたとき、いつもその明るさに助けられた。
休むようになったのも、今までやってきたことが無駄にならないことも、大事なことを気づかせてくれたのは七海だった。
そんな七海にお返しをしたい一心で言ったんだけど、やっぱりこうなるか。
「んじゃ、次に出掛ける日だけ決めるか」
「そうですね! うーん、いつがいいでしょうか」
「別に俺はいつでも」
「じゃあ来週にしましょう!」
「はいはい。じゃあ来週な」
「やったー!」
「それじゃ、そろそろ帰るか」
「はい!」
最後まで無邪気な七海に少し呆れる。
でも、それは悪い意味じゃない。それ以上に楽しませるためにはどうすればいいか考えるのが大変なのだ。
七海は鼻歌を歌いながら、俺の後ろをついてくる。
なんだか、一匹の猫をつれている気分になる。変な話ではあるけど。
慣れた手つきで支払いを終えて外に出ると、すでに空はオレンジ色に染まっていた。いつも昼過ぎに来ては一時間ぐらい滞在するのだが、今日は二時間以上もいたらしい。
「いやー、今日も楽しかったです」
「楽しかったって、また七海が喋りまくってただけだろ」
「いいじゃないですか、先輩とは話したくなるんですっ」
「ま、そういうことなら仕方ないか」
俺は恥ずかしくなって顔を逸らす。すると、七海は気になったのか俺の顔を覗いてきた。
「どうしたんですか先輩。顔赤いですよ」
「き、気のせいだろ。今夕方だし」
「えー、そうですかねー」
「はあ、いい加減にしろ」
「いて、なんで叩くんですか。私のこと好きじゃないんですか」
「いや、まあ、嫌いではないけど……。って、今それ関係なくない?」
「ちぇ、つまんないですね、先輩」
「えぇ……」
「ふふ、冗談です」
いつもと変わらないはずなのに、どうしていつも違う顔を見せてくれるのだろう。
「とにかく、次は先輩の番です。私の息抜きに付き合ってくださいね」
「そうだな」
「では、来週どこに行くか決めましょう!」
「息抜きにしては早すぎるけどな」
「いいじゃないですか、先輩はどこ行きたいですか?」
突っ込んでもわがままな七海。しかし、嫌な気はしていない。むしろその七海を見て心が満たされている。気づけば欠かせない存在になっているような気もする。
そう思わせてくれたのは、七海のおかげだ。
だったら、とことん付き合ってやろう。
「どこでもいいけど、水族館がいいかな」
「お、いいですね! でも、遊園地の方が良くないですか?」
「なら、聞くな」
「じゃあ、どっちも行きましょう!」
「そりゃ無茶だろ……」
本当、大変な後輩に懐かれてしまったようだ。
懐かれた後輩のバカンス計画 pan @pan_22
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