勇者様と魔王様


■レヴィターIII世

 レヴィター・ザル・バルドラーIII世は旧世界において実在したとされる邪神の一柱。魔王として世界を震撼させ、人類を滅亡寸前にまで追いやった。レヴィターという名前は当時の魔王国に多く存在するが、単にレヴィターと呼ぶ場合は主に彼の事を指す。




 それは遥か遠い昔。現在の暦が使われる以前の、それこそ昔話で語られるような物語より遥か以前の、神話と呼ばれるような時代の話。すでに一次資料はほとんど残っておらず、残っていたとしても内容の正確性を問う以前にそのものの真贋から怪しいと疑ってかかるような、途方もなく昔の事だ。

 歴史の専門家が研究を続けても、数百年前、下手をすれば数十年前の事でさえはっきりしないのだから、そんな事を調べても意味はないと言う人もいるが、編纂院では常に研究が続けられている。

 あるいは近代の事よりも優先的に、狂気にも似た熱情で以て。


『決して歴史を絶やす事なかれ』


 その言葉は世界における歴史の保全者たる編纂院の行動理念であり、基礎であり、所属する者は常に心へ留めておく事を義務付けられる言葉である。

 過去に学ぶべき事は多い。夢想が如く未来に理想を求める者は多いが、おおよその問題は積み重ねられた歴史の中に埋もれているものだ。そして、本当に学ぶべき事は目を背けられ、記録にも残り難い失敗例にこそ多く散見される。

 編纂院という組織は常にその理念で歴史を紡ぎ続けているのだ。



 ある日、そんな編纂院にて一つの人事異動があった。年若い研究者の一人が編纂院の中心部ともいえる中央編纂部第一室への異動する事になったのだ。

 それは歴史の中で見ればありふれた光景であり、当人にしてみれば極めて重大な、人生を左右する辞令だったといえる。


「レヴィターIII世の一次資料……ですか?


 彼女が異動先で新しい上司に与えられた最初の仕事は断絶期以前の資料の閲覧と整理。

 直接的に言われたわけではないが、歴史を断絶させたという最悪の魔王の名を間違えるはずもない。つまり、表向き存在していないはずの資料へアクセスを命じられたわけだ。


「それって、魔王って事ですよね?」

「同名で著名な存在は他にいないね」


 それはそうだ。レヴィターIII世といえば魔王の事で、魔王と言えばレヴィターIII世の事である。III世と付かなくともレヴィターだけですでに極悪の代名詞であり、その名前は未だ人名はおろかモノの名前へ付ける事さえ禁忌とされている地域もあるほどだ。

 ただ、そんな神代と呼ばれるような古い伝承の存在の資料を見せると言われても、実在するとは正直信じられない。

 なんせ、彼が引き起こしたのは『断絶期』だ。ほぼすべての文明が失われ、記録が散逸するような空白の期間の前ともなれば精査可能な資料が残っているだけでも御の字で、内容の正確性は期待できたものではない。


「そもそも、彼……彼でいいんですかね? 資料が存在していたという時点で驚きなんですが。実在すら怪しまれているのに」

「資料は怪しい部分もあるが、実在していたのは間違いない。といっても、巷で色々語られているような実像ではないのも確かだ」


 魔王レヴィターIII世は魔王だけでなく邪神とも破壊神とも呼ばれ、その悪逆さで知らぬ者はいないと断言できるほどに有名だ。

 架空に近い存在という事もあって好き勝手に創作された結果、極悪の権化のような扱いになっているが、実在の存在というなら確かにそこまで極端とは思えない。

 普通なら創作で扱われる際にそのキャラクターはデフォルメされ、物語として分かりやすく改変されるものだ。特に歴史上の人物であれば、成した偉業によって聖人のような扱いをされたりするのが常だが、普通に考えればそんな極端な存在がそうそういるはずはない。

 もはやフリー素材と化している彼の人物像は、属性が付け足された結果、あまりに極端で掴みどころがないものとなってしまっている。


「実際はどんな方だったんでしょうか? 創作だと、かなり極端な方向にデフォルメされている印象ですが」

「資料に残る彼は、創作など比にならないほど残虐で悪辣な存在だ」

「え」


 そんな事を考えていたら、真逆のほうに否定されてしまった。


「人智の及ばないような残虐さ……は言い過ぎだろうが、ここまでいくと再現性を高めるほどに陳腐に見えるようになるし、あまり絶対的過ぎるから、少なくともエンターテイメントの悪役として適当ではないだろうね。もっとも、倒せないからこそ文明は一度断絶したわけだけど」

「断絶の原因は、天変地異とかそういった自然災害の暗喩とも言われてますが」

「天変地異はあったろうが、引き起こした原因は魔王だね。全部が全部とは言わないが、おおよそは間違いない」

「…………」


 これがそこら辺の一般人、あるいは著名であっても編纂院以外の人物が言うのなら冗談ととれるのだが、目の前の上司は世界で最も権威ある専門家の一人だ。気さくなイメージだから冗談の類を発しないわけでもないだろうが、いくら待っても否定の言葉はなかった。


「資料の確認には禁則存在も関わっているから、いくつかは本物と判明している。未だ真贋が判明していないものは多く、内容の精査が進んでいないモノもまた多いがね」

「禁則存在というのは……その……」

「これから君が面会する、編纂院の特別顧問だ。この部屋から繋がっている専用の直通エレベーターで最下部へと向かい、直接指示を受け給え」


 編纂院には表向きの代表以上に偉い存在が所属しているという噂はあった。どこぞの王族か、絶滅を危惧されている長命種か、とにかく人類が触れてはいけない類の存在だと。

 それが実在する。いるとすれば確かに中心たるここで、専用の場所まで設けているのなら間違いないのかもしれない。

 言われたままエレベーターで下へと運ばれる間、彼女の胸中を支配するのは無事帰還できるかの不安。異動初日でとんでもない仕事もあったものである。


『入りたまえ』


 長い時間をかけて到着した先の、神秘性の塊ともいえる荘厳の内装に目を奪われていると、脳内に直接声が響き渡った。

 声を持たず、精神同士で干渉する事により会話をするという種族がいる事は彼女も聞き及んでいたものの、体験するのは初だった。中央大陸から出た事のない身だからおかしくもないのだが、その時点ですでに非現実だ。

 その指示こそが編纂院の禁則存在なのだろうとあたりをつけ、言われるまま足を進める。


「…………」


 そこには言葉を失うしかないものが鎮座していた。

 見ているだけでスケール感が狂うような巨大な生体ポッドらしき筒の中にいるアメーバのような生物が、バラバラに配置された眼球でこちらを覗き込んでいる。

 形だけで見れば悍ましい、しかし神々しささえ感じられる存在にただ圧倒される。


『さて、まずは自己紹介をしようか。私が君たちが編纂院の禁則存在と呼称するモノだ。こんな姿だが、断絶期以前は神と称されたモノの成れの果てである』

「か、神様ですか?」


 造形からは想像もつかないが、納得してしまう神秘性はある。とはいえ、自分などが面会してもいいのかと恐縮はしても圧は感じない。少なくとも害意はなさそうだ。


『なに、すでに力を失い、名も失い、滅ぶ事さえできず、ただただ長きを生きるだけの存在だ。今では、多くの戒めと共に生かされているに過ぎない』

「戒めですか?」

『そう、戒めだ。この編纂院はそのために作られ、維持されている。歴史を忘れる事なかれ。断絶期の悪夢を忘れるな、とな』

「編纂院の理念は、断絶期の記録を維持するためのものだと?」

『歴史に学び、教訓として得る事は多い。だからそれがすべてとは言わぬが、基盤となるのはその一点である』


 確かにそうだ。人類史を見ても、過ちと呼べるような世界的な問題が発生したのはいつだって過去の歴史を忘れた時といえるだろう。

 価値観の違いで意見は変わるだろうが、それが重要でないという者は少ないはずだ。特にここ、編纂院においては。


『中央編纂部第一室という部署は少々特別な部署でね。所属するにあたって、まずこの理念を実感してもらわないと始まらない。新任の者は必ず通る道だから、特別身構える事はないがね』

「ここに来る際に指示されたのは魔王の資料閲覧ですが」

『正にそれが中央編纂部第一室、そして編纂院の根底にある理念なのだ。歴史が紡がれる限り、絶対に忘れてはならない世界の教訓である』


 こうして、彼女の中央編纂部第一室における最初の仕事が始まった。

 元々長期に渡る仕事だとは聞かされ、準備はしていたわけだが、しばらくはこの空間で過ごす事を強制されて外に出る事はできない。とはいえ、生活するための設備は一通り揃っているから不足はなかった。

 魔王に関係する膨大な一次資料に目を通し、理解し、時折整理や掃除もして、禁則存在の教えを受ける。言ってみれば大学で研究していた時のような環境に近く、彼女はすぐに順応した。


 そして、魔王の資料に触れる度に、世間で言われてる創作の彼の姿が如何にマイルドになっているのかを知る。

 ここに来る前に言われたように、極端な悪そのものとしてのイメージではまだ足りないというのは本当だったのだ。それほどまでに現実味がないほど残虐で悪辣、周到で隙のない魔王の姿が残されている。


「疑問があるのですが」

『なんだね?』


 こうやって、禁則存在は聞けば答えてくれる。あくまで彼の知る事に限り、全知にはほど遠く、失われた記憶は多いものの、それは長い期間を書けて保全・熟成されてきた知識の塊なのだ。


「レヴィターIII世には、側近や直属の配下のような存在はいなかったのでしょうか? 資料を見る限り、彼以前の魔王には多くそのような存在はいたように見受けられるのですが」

『いた事はいたのだろうが、私に残る微かな記憶を含めて名も功績も残っていない』

「断絶期以降の歴史上でも、一人の人物とされる存在が複数の人物の功績をまとめた……いわゆる称号のようなものである事は多いわけですが、その類という事は?」

『彼は極端と呼べるほど、様々な事を自分の名において実行してきた。まるで、世界のすべての悪は自分そのものだと宣伝するかのように。そして、少なくとも私の微かな記憶にある彼は相当な長命であり、資料で在位期間とされる時期、彼が玉座に座っていたのは間違いない』


 魔王に限らず、魔族という種は謎が多い。個体差によって寿命の幅が大きいというのも確かだ。だが、それにしてもレヴィターIII世の在位期間は極端に長い。

 禁則存在や他の長命種がいたから同一人物だと断言できるものの、人間だけしかいなければ把握は不可能だったはずだ。

 ……もっとも、その人類は断絶期において文明を失い原始人と変わらない生活を送っていたのだから、記録に残す事もできなかっただろうが。あったとしても石板のようなもので、紙の資料ですら皆無といわれているほどだ。


『推論になるが、彼は極端に優秀だったのだろう。他者は必要なく、一人ですべてをこなせてしまう絶対者。だからこそ止めるものもおらず、悪意が膨張したのかもしれない』

「それができてしまったから?」

『そうだ』


 身震いがした。際限なき悪の膨張が断絶期なのだとしたら、確かにそれは忘れてはならない。世界における命題なのだろう。




【魔王様】




「とうとう宰相も逝ってしまったな。奴が望んでいたような内々での葬儀は叶わなかったが、人望を考えれば仕方あるまい」


 小雨の降り注ぐ専用墓地。そこに立ち並ぶ墓標を前に、魔王はしみじみと呟いた。

 その横にはそこが定位置となった勇者の姿もある。実際は割と姿を消すのだが、狙ったかのように重要なタイミングでは必ずいるのは何故なのか。そんな勇者の謎を解明するのは長い付き合いの中ですでに諦めていた。


「引退後は慈善事業に従事してたわけだしな。裏ではNTR絶対許さないマンとして有名だったが」

「それに触れるのは勘弁してやれ」


 公的なイメージ的には好ましくない活動ではあったが、彼の功績やそこに至る経緯を知ってしまっているがために強く否定もできなかったのだ。

 実は葬儀に参列者の中にNTR絶対許さない同盟の幹部が参加していた事は内緒だ。参加は許可しても、自費出版の本を一緒に燃やす事にはさすがに反対したが。


「しかし、アレだな。宰相は役職的に仕方ないにしても、結局四天王や衛士長に活躍の場を用意できなかったのは悔やまれるな」

「生体改造の第一人者として多大な貢献をしたんだが」

「間違いなくあいつらは望んでなかったと思うぞ」

「いや、宰相は望んでたぞ。咽び泣いていた」

「宰相だけだから」


 あと、咽び泣いていたのは別の理由に違いない。彼の名誉のためにあえて触れる気はなかったが。

 魔王としても今更生体改造自体に拘る気はないのだ。非人道的なのは間違いないが、強くあれというのは魔族の本能として当然の事だし、実際無駄なほどに強くなっていた。弊害も後遺症も色々あったが、武人として強さを求めるなら仕方のない範疇と言えなくもない。しかし、それも武人として活躍の場があればの話だ。


「お前の手際が良過ぎて、四天王どころか幹部級の出番さえ皆無だったしな」

「俺もさすがにあそこまで人類軍が弱いとは想定外だったわ」


 人類軍との戦いにおいて、その後半……というか、勇者召喚後はほとんど消化試合だった。生体改造された一般兵でゴリ押しできるほどの戦力差があった上に数も圧倒していたほどだ。

 当然魔王はおろか四天王の出番はなく、前線の部隊長ですら戦闘に参加する例はほとんどなかった。

 それ以前に、あまりに周到な勇者の手際により、準備段階ですべての結果は決まっていたのだ。ワンサイドゲームが決まっている戦場に特化戦力の手番などあるはずもない。


「人類軍にお前はいないからな」

「勇者はいただろ、淫紋の」

「アレは召喚されてすぐに幽閉されただろうが」


 魔王は逐一勇者の報告を受けていたから、人類側の動向についても把握している。把握しているから分かるのだが、人類軍は決して何もしなかったわけではないのだ。

 奴らはことあるごとに起死回生の作戦を立案し、準備していた。そのすべてが有効かと聞かれれば疑問なのだが、いくつかは成功すれば四天王の出番があっただろう程度には有効な作戦も混ざっていたのだ。

 そのすべてを目の前の勇者は尽く看破し、妨害し、逆に利用して手玉にとった。いっそ憐れみさえ覚えるほどに。

 起死回生の案というのは基本的にリスクの高いものだ。そんな諸刃の刃を何度も封じられて戦況を保てるはずはない。


 ちなみに、勇者が何故そこまで人類軍の情報を詳細に網羅しているのかは分からない。魔王軍の暗部たる闇蜘蛛の活躍だからとはいうが、奴らにそこまでの実力はないはずなのだ。実際、魔王の指示で仕事を渡した際の手腕は普通だし。

 直接聞けば答えてくれるかもしれないが、怖くて聞けなかった。


「ところで今更なんだが、お前いつ死ぬの? 大日扶桑国とやらの人間ってそんな長命なのか?」


 もしそうならただひたすらに怖い。こんなのが平然と闊歩していたという事実だけでもすでに怖いが、一体どんな化け物の巣窟なのか。


「どストレートな質問だけど、どうなってんだろうな。分からん。基本的にこの世界の人間と変わらないはずなんだが」


 魔王はそうであって欲しいと純粋に思う。関わる事などないだろうが、そんな国が存在するとしたら、それだけで魔王の精神は均衡を失ってしまうからだ。こんな劇物が溢れかえる国など想像したくもない。


 勇者がいる限り人類軍に光などない。というかすでに光など欠片も存在しない状況で、なんなら人類そのものがすべての領土を失って散り散りになっている状況なのだが、この怪物がいる限りは復興など不可能だろう。

 このままでは絶滅までは不可能でも、原始人よろしく穴の中に潜んで明日が訪れる事を祈る生活が待っているのは間違いない。その残された人類でさえ、団結できないよう後々まで残るような不信の芽がばらまかれている。


『お互いを敵視するように仕向けるのが植民地統治のコツだな』


 当たり前の事のように言ってのける勇者と、それを引き起こされた現実を目の当たりにして魔王はいつもの如く震えていた。

 更に勇者の恐ろしいところは、魔王領における内ゲバの芽までその手腕ですべて尽く摘み取ってしまう事だ。おかけで魔王領はどこを見ても魔王へ絶対の忠誠を誓う者ばかりである。

 そう、恐るべきは忠誠の向かう先が勇者でなく魔王という点だ。

 勇者は狡猾なまでに情報をコントロールし、すべての功績が魔王のものであるように見せかけている。実際のところ魔王はほとんど何もしておらず、やってる事といえば勇者という危険物を野放しにしている事くらいなのに。


「寿命に関しては、ひょっとしたら勇者の権能の一つかも。地下牢獄に繋いでる淫紋勇者もまだ生きてるみたいだし」

「軽く千年以上も拷問を受け続けているのか、アレは」

「自動でアップデートしつつ動作するようにしているから、労力は大した事ないぞ」

「別にお前の労力を気にしているわけではない」


 定期的に送られてくる簡素な報告書を見る限り、勇者は精神的な耐性……というか回復力を持ち、発狂しないらしい。つまり正常な精神で拷問を受け続けているというわけだ。

 また、人類勢力変動に伴う勇者の強化システムが働いているのか、まったく死ぬ気配がない。人類が絶滅寸前な今、能力自体も上がっているのだろうが、この危険物が脱走を許すはずもなく、ただひたすら責め苦を受け続けている。

 延々と拷問を受け続けた経験もある魔王としては思うところがないわけでもないが、それはそれとして本物っぽい勇者に同情する余地はない。敵側にコレがいたのが、ただ哀れだなと思うばかりだ。過去の自分の英断に感謝すら覚える。


「しかし、こんな事を長く続けているが、お前は不満などないのか?」

「別にないけど?」

「そうか。我にとって変わる気などないのはさんざん思い知ってるが」

「なんで最高の隠れ蓑を捨てなきゃいけねーんだよっ!」


 今更疑うまでもないが、本当にそう思ってそうだから怖い。

 実際、勇者の待遇は最上級も最上級だ。そこまで望まないという事もあるが、手に入らないものなどない。せいぜい個人としての贅沢に限るから国政に影響するはずもないが、それでも贅沢は贅沢だ。

 いつの間にかハーレムを形成しているし、魔王の娘は正妻としてそのハーレムを牛耳っている有様である。ただ、勇者の仕組みなのか子供はいつまで経っても生まれそうになかった。本人はいらないと言っているので問題はないのだろうが




【現代・編纂院禁書庫】




「そういえば、結局魔王は男性という事でいいんでしょうか?」

『ハッキリとは断言できないが、レヴィターというのが男性名であった事、当時の魔族がおそろく男性主体の社会であった事、その他数多の文献上から見られる情報からおそらく男性であったはずと考えられる』

「否定する材料もあると?」

『ない事もないという程度ではあるが』


 巷で言われる魔王はフリー素材化が激しく、男性だったり、女体化していたり、ホモだったり、オカマだったり、幼女だったりとあらゆる属性が付け加えられて訳分からない事になっているのだが、普通に考えるなら男性だ。

 ただ、魔王などという特級の例外を普通という枠で括っていいかはかなり疑問が残る。


『彼……ここはとりあえず彼としておくが、彼以前の歴代魔王がすべて男性とはっきりしているのも理由の一つとして挙げられはするが、そこまではっきりしているのにレヴィターのみが断定できないというのもまた議論の対象ではあるな』

「結婚などはしていなかったのでしょうか。配偶者の存在もまったく記録がありませんが」

『ないな。娘という記述がいくつか確認されるが、その娘に関しても人物像は巨人と見間違うほどの大女だったり可憐な少女だったりと記述がはっきりせず実在は怪しいというのが現在の見解だ』

「成長による変化という事は?」

『記述されている時期が逆なのだ』


 それが魔王の性別がはっきりしない理由の一つでもある。


『また、男色家であったらしいというのも議論の焦点が定まらない材料ではある。その他にも部下の妻を籠絡したという記述や、気に入らない相手の男性器を引き千切って食したという記述も……』


 せっかく触れずにいたのに禁則存在のほうから触れてしまった。

 そう、魔王は本人の性別も配偶者の有無もあやふやで、はっきりとした記述も残されていないのに、そういったセンシティブな記述は多く事かかないのだ。

 男だろうが女だろうが、たとえ当時の魔族の慣習が違うといっても、到底正常とはいえない極端な性癖が垣間見える。だから創作のネタに使われるのだが、まさか一次資料にそんな記述があるなどと誰が想像するというのか。




【魔王様】




「そういえば、魔王様って再婚しないのか?」


 それは日々の業務の中の何気ない雑談だった。

 対して魔王は『お前はどうなんだ?』と聞き返したりはしない。何故なら勇者はすでにハーレムを構築している上に、責任をとる気などなさそうだからだ。


「再婚といわれても、我が結婚した事などないが」

「あれ? じゃあ娘がいるのは? 実は養子とか?」

「アレも一応我の子ではあるな。いや、今のアレを同じ存在と認めたくないというか、元々のアレは余計に我の種からできたものと思いたくもないのだが……とにかく実子だ。あんなのをわざわざ養子にとったりなどせん」


 どちらにせよ、あまり認知したくはなさそうである。


「産んだのは?」

「適当に孕ませた娘であるな。実は他にも子はいたのだが、先代魔王とのイザコザの際に色々あってな。生き残っているのは幽閉後に生まれたアレだけだ」

「なんだ、魔王もヤる事やってたんだな」

「長い生を生きているからな。子供の十人や二十人できたり、それらが全滅したりもするだろう」


 魔族基準でも、それはかなり稀有な例である。


「それで、今結婚しないのは?」

「魔王就任以前……最悪でもお前を召喚する以前までならあり得たが、この立場になってからだと配偶者が絶大な権力を持つ事もあって……正直面倒になった。今更強く言ってくる部下もおらんしな」


 かつてであれば娘を差し出して出世の踏み台にしようという輩もいたが、今ではそんな存在はほとんどいない。

 特に四天王を始めとした生体改造された兵士が表に出始めた頃からは皆無である。いくら娘を道具のように考える親でも生体改造されるかもしれない相手に差し出したくはないというのが本音らしい。勇者の巧妙な情報操作によりあの所業は魔王がやった事になっているから尚更だ。

 加えて、万が一にでも勇者に対して変な事でもしないかという不安もある。実の娘だって、いつの間にか決闘挑んでたり、返り討ちに遭って分からせられたり、何故か少女化したりと心臓に悪い事をしているのだから。


「魔族自体、人間に比べれば性欲が薄いというのはあるが、我も年をとって性欲が減衰しているというのもあるしな」

「その割には人のを見せろだの言ってくるが」

「それはお前、あんなのを躾けたとか男としてどんな神器だか気になるだろう、普通」


 純粋な生物学的興味である。自分に使ってほしいとかは欠片も考えていない。万が一にでも分からせられたら大変である。


「まあ、魔王の座はともかく家の跡取りの事はあるし、例の天界侵攻の話が終わって一段落でもしたら結婚を考えてもいいかとは思ってる」

「人生の尺が違うからそれでもいいか。一段落したら一段落したで面倒になったりしそうだけど」

「ありそうであるな」


 魔王は仕事ではかなり生真面目な面を見せているが、私生活に関してはかなり適当なのだ。だから若い時も性に奔放であったのかもしれない。


「ところで、その天界侵攻の話なんだが、作戦を立案してから結構経つが……」

「あー、いつも以上にお前主体で頼む。止める気はないが、どうも我を含めた魔族は神々に反逆できないように精神的なブロックがかけられているらしい」

「そうなのか。じゃあ、魔王に扮して暴れたりしたらびっくりするだろうな」

「普通ならお前にも制限かかってそうなんだがな」




【現代・編纂院禁書庫】




『魔王は地上を完全に平らげたのち、神々の住まう天界へと侵攻した。方法については皆目見当もつかないが、本来この世界の被造物にかけられたセーフティを無視した行動だった』


 それは断絶期以降にあった空白期の話だ。記録には残されていない、禁則存在の記憶にのみ残る、歴史の秘宝と呼ぶべき貴重な話である。

 そう、この世界そのものと世界を管理する基盤システムを構築した神々と呼ばれる存在は、魔王によって蹂躙され、滅びたのだ。目の前の禁則存在はその成れの果てである。

 彼は個体ではない。一体どれだけの数の神が元となっているのか自身でも把握していないが、かつて神だったモノ……魔王によってバラバラにされた塵のようなものをかき集めた集合体なのだ。


『私もこうして存在ごと記憶を散り散りにされた故、詳細は残っていない。ただ、魔王自らが先陣を切り、無数の異形と共に天界を蹂躙したという光景は目に焼き付いている』


 禁則存在は今でも不思議でならない。魔王は一体どうやって被造物にかけられた強力なロックを外したのか。こうして敗北した身となり、システムの詳細が失われた今となっても、そんな穴が存在したとは思えない。

 魔王だけでなく、同様に踏み込んできた戦力に関してもそうだ。天界の勢力を蹂躙した戦力すべてが対象外となるバグでも発生したというのか。有り得ない。有り得ない事が起きてしまった。


「その中にも幹部らしき姿はなかったと?」

『覚えているのは、我々を蹂躙する魔王の姿と無数の異形化した黒騎士の姿だ。アレが通常戦力というのなら、人類では太刀打ちできまいよ』


 間違いなく一体一体が歴代魔王よりも強い通常戦力だ。千や万どころではない、そのすべてが不気味なほどに統率されているのだから、幹部や部隊長など必要としないというのも頷ける。

 当時の人類軍などすべての力を結集したとしても勝てたかどうか。

 勢力はバラバラで内輪もめばかり、それに加えて切り札であるはずの勇者も戦果らしい戦果は上げられていない。

 そんな体たらくでは魔王の元に強固な一枚岩を形成していた魔王軍に勝てないのも当然だろう。システムの殻を飛び越えてくる相手に盤上で勝てるはずもない。


『私は、アレを神々の愉悦が創り出してしまった世界のバグのようなものと考えている。戯れに生命を弄んだ報いだとな』

「…………」

『実のところ、神々が構築した世界統治システムの詳細は失われている。私に残っているのも、残滓のような記憶のみだ。それ故に強く戒めねばならぬのよ』

「忘れてはならぬと?」

『その通りだ』


 重い戒めだった。その理念こそが断絶期を経て世界を構築し、今を維持しているのだ。


「しかし、それほど栄華を誇り、強固な体制を作り上げた魔王領……魔王国はどうして滅んだのでしょう? 少なくとも、魔王が生きている限りは滅びそうにありませんが」


 ここに残る資料や禁則存在の記憶から判断する限り、魔王の存在はあまりに絶対的だ。外敵はもちろん、内部からでもこの体制は崩せる気がしない。絶対的な王政の弱点とされる問題は存在しないようにも思える。


『真実は分からんが、魔王にも寿命はあったのだろうよ。ある時期を境に魔王に関する記述が激減しているのが分かる、その調査は今後の課題だな』


 真贋の怪しい無数の資料の中からそれを読み解くのは相当な困難だろう。それこそ、自分の代では爪の先にしか解明できないほどに。それでも歴史の空白は読み解かねばならない。それが編纂院の使命なのだ。


『だが、魔王国滅亡の理由らしきものは分かっている』

「らしきもの、ですか?」

『不自然には思わなかったか? 人類や神々のように敵対存在によって消滅と呼べるほど蹂躙されつくしたのならともかく、単に滅亡しただけにしては魔王国の資料は少なすぎると』


 確かに魔王国の資料はあまりに少ない。旧人類国家の資料があまりに少ないから一見不自然とは思わないが、明らかにおかしい。


「まさか、魔王国も同様に敵対存在によって蹂躙された? いや、それらしき存在なんて……」

『それは内側から現れたという線が有力だ。魔王城の遥か地下深くに封印された禁忌の力が蘇ったという記述が複数確認されている。正体は分からないが、時期的にそれが滅亡の原因だろうと』


 魔王が封印したもの……ここまで圧倒的で神々すらモノともしない魔王わざわざ封印したとなれば、恐ろしいものであるのは間違いない。そんなものが魔王不在の際に蘇ったとなれば、如何に強大な国とはいえ滅亡の理由になるだろう。

 しかし、その正体は一体何か。時期を考えると魔王そのものが変質した可能性もあるが……そんな簡単な答えとは思えない。


『これが変質したのちに封印された魔王という答えだったら単純だったのだろうが、実はこの封印、記述自体は魔王が健在な時期にも散見されているのだ』


 やはり、そう単純でもないらしい。


「魔王の手腕を見るに、政治的に幽閉するしかなかった存在がいるとも思えません」

『自ら作り上げたものの、あまりに強力だったか扱い辛いかなどの理由で持て余した兵器の類が妥当なのだろうな。推測に過ぎないが』


 新たな資料が出てこない限りはそれが妥当であるように感じる。すでに魔王亡きあととはいえ、絶大なる王国を記録ごと消滅された兵器とは……想像すら及ばない。

 実際のところ真実はまったく異なるのだが、彼らがその真実に触れる事はないだろう。明らかになるとしても、それは遥か未来の話になるはずだ。




【魔王様】




「おお、魔王よっ! 我らの呼びかけに応えて下さったのですねっ!」

「……誰だお前?」


 ある日、いつもの如く勇者が消える際に残した大量の後始末を片付けていたところ、唐突に魔王の視界が切り替わった。

 目の前には怪しいローブに身を包んだ、これまた怪しい顔の男たちが複数人。

 状況を考えて、自分はかつての勇者のように召喚でもされたのかと思い至ったが、術式の類は見当たらない。代わりにかなり高度と思われる機械類が無数に見られるが、これがその正体なのか。

 もしそうなら……いや、魔王たる自分が召喚されたという時点で相当に強力な召喚システムだ。

 勇者の存在があまりに桁外れで霞みがちではあったが、魔王だって存在としては特別どころではない。彼は長い歳月の中、勇者が作り出した無数の仕組みにより極限まで強化されている。かつて幽閉されていた時や勇者を召喚した時の魔王ではないのだ。

 それでも召喚した当初の勇者にすら勝てる気がしないのは、同様に長い年月をかけて刷り込まれた恐怖が原因に違いない。さすがにそんな事はないよなと思いはするのだ。


「我々はこの世界の行く末を憂う者! この腐りきった社会を基盤ごと破壊し、自らを含むすべての人類を抹殺する事を至上とする者の集まりでございます!」

「ひぇっ」


 魔王を呼び出したのは想像を絶する狂人集団だった。冗談やブラフではない。理想を語る眼がイッちゃってる。


「は、破滅願望は結構だが、何故我なのだ。勝手に自殺すればよかろう」

「それではいけませんっ! 我々だけでは、世界すべてを巻き込むのに足りないっ!! しかし、数多の異世界の中にはそれにふさわしい存在もいるだろうと考え、召喚する術を模索した結果、応えて下さったのがあなた様でございます」

「いやまあ、確かに人類を滅ぼした実績はあるが」


 別にそれは過言ではないし、なんなら神々まで滅ぼしている。表面上だけ見れば条件に合致したのも頷けるが、それらは実質別の者がやった事で、自分が主体になったとも言い難い……いや、むしろ主体だけは自分なのだろうか、と魔王は自分の所業の扱いに思い悩む。


「おお、やはり! 我々は間違ってなどいなかったっ!?」

「根本からして間違っている気がするのだが」

「さあっ! 早速世界を滅ぼしましょうっ! 地上に生きるすべての生命を焼き尽くし、灰燼と化したのちに我々も果てるのですっ!」

「話を聞け」


 勝手に自殺まで含めて巻き込まないで欲しい。

 狂人相手に何言っても意味がない事はつくづく理解しているが、それでも言わずにいられないのが長年勇者に鍛えられた魔王の性なのだ。なんせ、狂人以上に狂った事を平然と行うのがあの怪物だったからだ。


「……まあいい、奴の残した面倒事を処理する日々にも飽いてきた頃だ。唐突に過ぎるが、環境を変えるのは悪い話でもない」

「おおっ!!」


 ある日突然、勇者が娘と共に姿をくらましてからひたすら後処理をこなしてきたが、いい機会かもしれない。

 別に自分がいなくとも国は回るだろうし、この世界を滅ぼすのを第二の余生とする選択肢もないわけではない。勇者ならともかくこんな怪しい集団にこき使われるのは気分が悪いが、とりあえず当面の足がかりと割り切るなら構わないだろう。


「それで、滅ぼすのはどんな相手だ? 政府とか言っていたから、とりあえずはその国からか?」

「はっ! まずは我々が現在潜伏しているこの国、大日扶桑国から転覆しましょうっ!!」

「ひぇっ!!」


 唐突に、聞くだけで過呼吸を起こしそうな国名が告げられて卒倒しそうになるものの、辛うじて踏みとどまる魔王。


「世界を牛耳り、我が物顔で統治者面する奴らを滅ぼし、このディストピアを崩壊させるのですっ!!」

「……なんだか急にやる気がなくなってきたんだが」


 いやまさか、勇者自身が言っていた事もあるし、大日扶桑国のすべてが常軌を逸した狂気の国とは思わない。というか、同じ名前なだけで別物の可能性だってあるだろう。

 しかし、長年こびりついた恐怖は魔王を踏みとどまらせるのに十分な楔だった。なんせ、アレを産み出した国なのだ。


「教祖様っ!! 政府の犬共がここにっ! すでに踏み込まれてます」


 魔王がいつもの現実逃避を始めそうになっていたところに、別の教信者が部屋を訪れて騒ぎ始めた。


「何ぃっ!! どうやってこの隠し部屋をっ!? ……仕方あるまい、魔王様っ!」

「なんだ、襲撃者を蹴散らせばいいのか?」


 状況は良く分かっていないが、周りの狂人たちを基準にすれば全員が全員勇者のような戦闘力を持つわけもない。多少強かろうがなんとでもなるだろう。

 最終的にこの狂人共は捨てるとしても、ある程度の情報収集くらいはしておきたいという理由もある。


「いえ、魔王様は隠し通路を使って脱出をっ! 我々もここを爆破したあとに追いかけますので」

「……そうか、分かった」


 面倒な事をせずとも蹴散らせばいいではないか、とも思ったが、現時点でそこまで肩入れする気のなかった魔王は大人しく避難する事にした。


「ならば、この通路を使って避難を……ぬぉっ!!」


 そして、教祖と呼ばれていた狂人が何かしらのギミックを起動させ、壁に通路が現れた瞬間、その通路から人影が現れた。


「な、何者だっ!! 政府の犬かっ!?」

「体制側の人間っていえば確かにそうだな」


 踏み込んできたのは二人。フルフェイスのメットと全身を覆うプロテクターで正体は分からないが、そもそも顔が分かっても正体など分かるはずがないなと思い直す魔王。


「ば、馬鹿な……お、お逃げ下さい……魔……おう様……」


 そして、謎の二人組はあっという間に狂人集団を鎮圧……もとい皆殺しにしてみせた。

 観察した限り、手にした銃のようなものがメインウエポンだろうが、それ以前に動きが極端に洗練されている。歴戦の戦士の動きだ。あまりに狂人共と差があり過ぎて戦力分析もままならない。

 魔王は逃げもせず、その様子をぼーっと眺めていた。特に加勢する気も起きなかったからだ。どちらかといえば襲撃者の側に加勢したかったくらいである。


「ちっ……、異次元召喚は起動しちまったってわけか。面倒臭え……ん?」


 その内の一人が魔王を見て動きを止めた。狂人たちと一括りで殺しにこなかったあたり、状況判断能力は優れているようである。

 なかなか見どころがありそうな奴だ、大日扶桑国はやはり侮ってはいけないと強く心に刻み込む魔王。


「……あれ、なんか見た顔だな」

「誰だ貴様」


 知り合いなどいるはずがない。なんせ、たった今召喚されたばかりなのだから。大日扶桑国の出身で知っている者など、それこそ忘れようもない一人しかいない。


「やっぱりそうだ、魔王、俺だよ俺」

「……は?」


 フルフェイスを外した下にあったのはその忘れようもない一人、勇者の顔だった。


「……何をやってるのだ、お前」

「何って、仕事?」


 唐突にいなくなったせいで、日々面倒な業務を押し付けられた魔王としては文句も言いたくなるが、それはそれとして直接勇者に文句を言うのは恐怖心によるセーフティがかかってしまう。


「そこの狂人共は政府の犬とか呼んでいたが、傭兵か何かのマネごとか?」

「それとは別口だな。雇用主は同じだから大した違いはないけど」

「お前が誰かに雇われているのに違和感しかないのだが」

「何言ってんだ。ずっと魔王様の手下やってたじゃないか」


 ……それはそうなのだが、それこそ違和感しかない。部下という立場を隠れ蓑にしていただけにしか思えないのだが、表向きは体裁を整えていたから文句を言う筋合いもない。


「そっちこそ、なんで召喚されてんだよ」

「知らん。いきなりここに呼ばれて状況が理解できぬままにお前らが踏み込んできたのだ」

「そうか、じゃあとりあえずお前を殺せばいいのかな」


 それはまるで、いつか勇者を召喚した時の焼き増しのようだった。


「待て待て、短絡的に行動するな。お前と敵対する気などまったくないぞ、我は」

「そっか」


 そんな恐ろしい事などできない。本能レベルで刻み込まれている上に、理屈の上でも逆らうのは得策でないと分かる。ここは媚を売っておくべき場面だと。

 恐らく勇者の力は失われている。魔王たる自分の本能がそう感じている。しかし、そんな事は些細な事なのだ。魔王はとにかく何をやらかすか分からない勇者が怖かった。


「良く分からんが、この狂人共の仲間になったつもりなどないしな。というか、こいつらが誰かも知らん」

「終末論を掲げる狂人集団かな?」

「それは聞いたが、世界を滅ぼすために召喚したと言われても、はいそうですかと滅ぼすほど考えなしではないぞ、我は。掲げる理想も相容れん」

「そりゃそうだよな」


 元の世界で人類を滅ぼしたのは、それが元々相容れない敵性存在だったからだ。滅ぼす理由がなければわざわざ敵対する気もない。

 実際、この狂人たちを見ても、元の世界で人類に感じていた問答無用で敵対心を煽られるような感覚はない。


「じゃあどうする? とりあえずウチに来る?」

「何をさせられるか分からんのは怖いが……まあ、お前の下なら……いいか。別に部下になってやってもいいぞ、勇者様。今度は逆の立場というわけだ」


 およそ知りうる限りで唯一何があっても敵対したくない相手なら、下につくのも悪くはないだろう。


「まあっ!! では今後はお父様をこき使えるのですねっ!! 興奮してまいりましたわっ!」


 話がまとまりそうな雰囲気が出たところでもう一人のフルフェイスが騒ぎ出した。


「なんだ貴様は……って、未だ外見に違和感しか感じない我が娘ではないか」

「失礼な」


 フルフェイスの下にあったは自分の娘の顔だった。行方不明になったのは勇者と同時期だったが、一体どういう偶然なのか。


「まあ娘の事はどうでもいいか。こいつの下でなければ別にいいから。とりあえずよろしく頼むぞ、勇者」

「なんと杜撰な扱い……さすがお父様」

「とりあえず、帰るか。ここの処理はあとから来た連中がするだろうし、色々話したい事もあるしな」




 勇者を召喚して世界を滅亡させた魔王が、今度は勇者の世界に召喚されて何を成すのか、それは本人にも良く分からない。




「とりあえず、こっちでも世界征服してみるか?」

「……それは面倒そうだな」


 案外、何もせずにひっそりと生涯を過ごす可能性もあるが。


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