第8話 転生

<八>


「リョマ……なんだよね?」

 ライカの目の前に立つ機械人形。それはミスリルの素体とリョマの顔を持っていた。リョマの自然な表情。そして佇まいは、とても作り物とは思えなかった。。

「ああ、こんな体になっちまったがな」

 リョマは小さく頷き、少し気恥ずかしそうな顔をした。

 するとライカは自分の上着を脱ぎ、そっとリョマに羽織らせる。

「相変わらず優しいな」

 リョマに機械の体になったことも、そのミスリルの素体が裸体に近いことも、別に恥ずかしくはなかった。ただ、こう言う形での再会が、少し気まずかっただけだった。

「色々と悪かったな……」

 彼には謝りたいことがたくさんあった。

 自らの意志ではないとはいえ、彼の大切な叔父を手にかけたこと。

 騙されていたとはいえ、害虫のような女を紹介してしまったこと。

 だがライカは記憶を取り戻したリョマに、涙をため優しく微笑むだけ。

 ライカも事情は知っている。

 だからリョマを責めるつもりは毛頭ない。

「おかえり、リョマ」

 ライカは親友との再会を心から喜び、甦った彼女を受け入れるため言った。

 その一言を聞いた瞬間、リョマは照れ臭さを誤魔化すため、ライカの胸板を軽くこづく。

「ただいま、ライカ」


「これからも、ずっと一緒にいてくれるよね」

 胸の痛みを堪えながら、ライカはそう切り出した。

 それには多分の願望が含まれている。今後、リョマの体のメンテナンスをどうするか。この機械の体を発明したカニエはもういない。果たしてこの機械人形の体は、いつまで持つのか、不確定なまま。

 それに甦った後の、リョマの体は薄く光に包まれ、どこかこの世界に存在していないようにもライカは感じていた。

 自分はこれから先、一人でこの国を納めなければいけない。もちろん有能な家臣たち。忠実な兵士たちはいる。だが国王としてでなく、一人の人間として自分を支えてくれる、いや共に支え合える存在をライカは必要としていた。

 だからこそ、彼女に側にいて欲しい。

 それはリョマに対していう、初めてのワガママだった。


 そんなライカの表情を、リョマはじっと見つめた。

 そして「ふっ」と満足げな表情で笑った。

「いい面構えになったな」

 今まではどこか頼りなげな男だった。だけど不思議と塑像な自分とは、ウマがあった。お互いの家庭が機能不全に陥った時は、同じ境遇のものとして互いに支え合ってきた。

 そしてライカは大切な存在の喪失を乗り越え、未来を見据えてリョマに側にいて欲しいと望んだ。

 リョマは今まで感じたことのないむず痒い感情に、頬が赤くなった。

「残念だけど、ここに長居はできねぇんだ」

 だがライカの願いを聞き入れることはできない。

 リョマは自分の魂の居場所は、もうこの世界にはないことを知っていた。

「そうか、残念だね」

 ライカもそのことは心のどこかで納得しいたのだろう。それ以上、リョマを引き止めようとはしなかった。

 

 魔力石の輝きは弱くなり、一方でリョマを包む光の輝きが、少しずつ増してきている。

 それはリョマの魂が光となり、天に帰ってゆく前兆のようにライカは感じていた。

「リョマはこれから、どうするんだい?」

 ライカはこれから国王としての道を歩んでいく。

 一方のリョマは、これから生きるのか。彼にはリョマが、このまま消え去るとは思えなかった。

 彼女の魂は、一度天に召され、そしてまた蘇る。

 そんな気がした。


 リョマは虚空を見つめ呟く。

「二度目に死んだ時、色々面白いものを見てきたんだよ。魔力ってのが行き着く先。親父の言葉を借りれば『人類が理解するためには悠久の時間が必要になる世界』ってやつだ。俺はそっちで生きることになる」

 まるでライカの思考に合致するようなことを、リョマは告げた。

 もちろん、そのような世界が本当にあったのかはわからない。

 ただ機械人形の残された脳が作り上げただけの景色だった、かもしれない。

 二度めの復活も、ただ機械人形の予備動力が作動しただけ、かもしれない。

 そして彼女が新しい世界へ旅立つのも、破壊された魔力石のエネルギーが尽きただけ、かもしれない。

 だが、そんな真相はどうでも良かった。

 

 今、目の前にいるのはロボ令状ではなく、ルウ・リョマ。

 ライカにとっては、その事実があれば、どのような不条理な物語も受け入れることができた。

「僕も魔力を研究すれば、その世界にたどり着けるかな?」

「魔力にのめり込むのはやめとけ。お前が頭狂うとこなんか、見たくねぇよ」

 そして吹っ切れたような笑顔で、リョマはライカに言う。

「けど最後にこうやって、挨拶できてよかった」

 ティアラにはめられた魔力石から輝きが消えてゆき、そしてリョマの表情も消えてゆく。

「待って」

 消え去りゆく直前のリョマの儚げな表情。

 それをみた瞬間、ライカは彼女を引き止めるように、その体を強く抱きしめた。

 だがロボ令嬢は、まるで壊れた人形のように、力なく崩れ落ちる。

 

 ライカの腕にはボロボロに朽ち果てた、機械人形の素体だけが残った。


<完>

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ロボ令嬢 やまね ことら @yamanekotora

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