第7話 決着

<七>


「ライカ様、まだかなぁ〜」

 サユティはライカの部屋で一人、彼の帰りを待っていた。

 先に戻った兵の報告では、暴走したロボ令嬢は開発者のカニエ侯爵の屋敷ごと破壊されたという。

「これで邪魔者は、いなくなった、と」

 手にした短剣を嬉しそうに弄び、部屋の真ん中でくるくると踊ってみせる。

「あのお人形が怖いです、ライカ様、サユティをひとりにしないで〜」

 ロボ令嬢への追撃に出ようとしたライカに言ったセリフを繰り返してみる。サユティの演技に、ライカはオリハルコンの短剣をお守りにと渡してくれた。

「けけけ、ちょろい」

 鞘から抜き、軽く振るって見た。

 この世で斬れないものはないと言われる最強の剣。サユティが今まで人の首を狩る時に使っていたナイフは、もっとずっしり重かったが、この短剣は羽のように軽かった。

「女王だけが持つことを許される剣かぁ……きゃはっ」

 短剣を鞘に戻すと、サユティはそれがライカを籠絡した証と信じ、歓喜の声を上げた。


 ガチャ

 部屋のドアがゆっくりと開いた。

「ライカ様っ!」

 どれくらい待ち続けただろうか。

 ようやく王子様が帰ってきた。

 絶対に手に入れるべき王子という存在。

 近づいた女の幼馴染と知った時は、逃してはならないと思った。

 そして晩餐会に潜り込み、親友の親友として距離を縮めてきた。

 王子を籠絡するためには彼を孤立させる必要があった……だから。

 邪魔な女は排除した。

 邪魔な身内も排除した。

 邪魔な機械人形は、今頃ゴミくずとなっている。

 全てを排除した今……。

 これからは王子の恋人として、栄華を、贅沢を極めて見せる。

「お帰りなさ〜い」

 サユティは野望と本心を封じ込め、精一杯こびへつらう笑顔で、ライカの帰還を迎え入れようとした。


「げっ、嘘だろっ」

 しかし、サユティの目の前に立っていたのは、ライカではなくロボ令嬢だった。

 思わず声が漏れる。今まで他人に取り入るために作ってきた甲高い声色ではなく、腹の底から漏れるドスのきいた低い声。

 服は焼け落ち、陶器でできた顔面の半分が、砕け剥がれ落ち、ミスリルで作られた頭蓋が剥き出しになっている。煤で汚れ、損傷はひどく、自力でまだ動けるのが不思議なぐらいである。

 だが兵の報告では破壊されたのではなかったのか。

 そしてそれよりも問題なのは、このロボ令嬢がここに戻ったということは……。

「ライカは……」

 その問いに答えるように、ロボ令嬢はサユティの元に剣を投げ捨てた。

 金色の軌跡を描き、オリハルコンの刃は石畳に突き刺さる。

「次はお前の番だ、サユティ」

 ロボ令嬢の口は動かないが、はっきりとした声が聞こえた。

 それはサユティに聞き覚えのある声だった。

「リョマ……? あ、あなたなの?」

 返事はないが、ロボ令嬢の殺意に満ちた動きを見れば、答えは明瞭であった。

 こいつは機械人形ではない。

 殺したはずの邪魔者、ルゥ・リョマだ。

 

「ごめんなさい、リョマ」

 関節を軋ませながら、ゆっくりと近づいてくるリョマに向け、サユティは大仰に涙を流し始めた。

「サユティ、あなたとライカ様の仲に嫉妬してたの」

 そして両手を広げ、敵意のないことを示めそうとする。

「サユティがいくら、ライカ様のことが好きでも、彼の心にはあなたがいた。サユティ、リョマのこと親友だと思ってた。感謝もしていた。けどサユティにはライカ様が必要だった」

 しかしサユティの言葉を聞く様子も見せず、リョマは足を止めない。

「サユティ、弱虫だから、一人でなんか生きられないよぅ」

 サユティは、頬を伝わった涙をスッと拭う。

「けど今はサユティのやったこと、後悔している。サユティは、あなたを殺した時は頭が沸騰してた……だからライカ様が亡くなった今、冷静になってわかった。リョマを殺しちゃダメだった。だからサユティみたいな悪い子、生きていてもしょうがない」

 そしてリョマに叫んだ。

「私を殺して! 罰を与えて! そして罪を償わせて!」

 サユティは顎を上げ、白い喉元を晒す。

 まるで、ここを貫けと言わんばかりに、リョマに一歩近づいた。

 ライカへの愛ゆえに、サユティは狂ったのか。

 自分の存在が、彼女を狂わせたのか。

 リョマは一瞬、サユティを殺すのを躊躇した。


「嘘だよ、ば〜か」

 サユティは背中に隠しもった短剣を振るい、リョマの喉を掻っ切った。

 踏み込みは浅い。だがオリハルコンの切れ味は、ミスリル製の頸部をいとも簡単に切り裂いた。

 機械の体からは血が噴き出ることはない。

 だが、伝達系の多くが切断されたのだろう。

 リョマは後方によろめいて、壁にもたれかかるように崩れていった。

 倒れた機械の身体を見下すサユティの邪悪な笑顔は、リョマを殺した時と同じものだった。

 この女は愛によって狂ってなどいない。最初から狂っていたのだ。


「ば〜か、誰がテメェなんかに謝るか」

 サユティは床に刺さった長剣を抜くと、躊躇せずにリョマの腹部に突き刺した。

「うりゃっ」

 身動きが取れなくなったリョマは、顔だけをなんとか持ち上げた。

「な〜んか、むかつく。顔は全然似てねぇけど、脳みそがあの女のせいか、目が合っただけでむかつく。しかもライカまで殺しやがって、あたしに奪われるぐらいなら、殺そうって訳?」

 か〜、ぺっ。

 サユティが吐き捨てた唾が、魔力石にかかり、そのまま流れ落ちる。

「そうだ、むかつくから教えてあ・げ・る」

 身動きができないリョマを見下ろし、勝利を確信した笑顔。

「あなたの母親を殺したのは、実はサユティで〜す。別に恨みとかないよ。通りすがりでお金持ってそうだったから殺したの。そしたら宮廷錬金術師の妻だし、上流階級にコネありそうだから、死体の第一発見者としてお前に近づいて、親友のふりしてたの〜」

 そんな話を聞かせれても、リョマの機械の体は、表情ひとつ変えることはできない。

「リアクションないって、つまんない」

 そう言うなり、サユティはリョマの額に短剣を突き立てた。

「とどめを刺すときは、迅速に。ねっ」

 魔力石が砕け散り、飛び散った小さな破片が、光の粒子のように舞い、リョマの機械の体に降り注いだ。

 そして動力源を破壊されたロボ令嬢は、糸の切れた操り人形のように、ガタンと横たわった。


「さて、これからどの男に乗り換えるのが一番有利になるか?」

 ロボ令嬢を破壊した後、サユティは今後のことを考え始めた。

 バルマとライカが死んだ今、たとえ国王が生き残っていたとしても、今更あの狂人が権力に返り咲くとは考えにくい。

「動乱の時代が来るな」

 自分の美貌なら男を乗り換えるのは容易い。問題は、どの男に取り入るかだ。今の権力に惑わされてはいけない。大切なのは十年後を見据えて行動することだ。

「くそ、めんどくせぇ。あの童貞野郎が生きていれば……」

 このようなことに悩まなくて済んだのにと、サユティが、大きく舌打ちした時……。

 部屋の入り口に死んだはずのライカが立っていた。

 追撃先でどのような戦いがあったのだろうか。高価な軍服と美麗な顔は、煤に汚れ、あちらこちらに擦り傷があった。

「ラ、ライカ様……」

 サユティは、一瞬この状況を、どう判断すればいいかわからなかった。

 ロボ令嬢に殺されたと思ったライカ。彼は攻撃を潜り抜け、ここに戻ってきたのか。それとも……。

 この男はいつから、このやり取りを見ていたのか。

「あ、あれ、なんで涙が……サユティ、弱虫ですよね。ライカ様の無事な姿を見たら、泣いちゃった」

 だがライカが現実に生きているなら、サユティの行動は決まっている。涙などどうとでもできる。言葉では、どうとでも心配できる。

 彼女にとっては、この場をどう切り抜けるかで人生が決まる。

 なりふりなど構ってはいられない。どのような嘘で塗り固めても、この男に取り入らなければならない。

「怖かったです、この機械人形がいきなり現れて、サユティを殺そうとして……けど、ライカ様の残したこの剣のおかげで……」

 ライカから託されたオリハルコンの短剣を、まるでお守りのように握りしめ、媚びるように小首を傾げ微笑んでみせる。

 だがサユティを見つめるライカの視線は冷たく、そして彼の纏うオーラは彼女を拒絶していた。


「全部、聞いてたよ」

 悲しげな声だった。

 ライカなりにサユティには誠意を持って接していたつもりだった。大切な親友を支えてくれた恩人だと思っていた。だが全てを聞いた今、目の前で媚び諂う女は、自分の大切なものを踏み躙った敵である。

「くそっ、裏切りやがったな」

 ライカの一言が、サユティを開き直らせた。

 そんな彼女の豹変を見て、ライカは呆れたような顔をした。


 腹はくくった。

 こうなったらライカを殺し、暴走したロボ令嬢に罪をなすりつける。

 そして誰の子でもいいから妊娠し、それをライカの子と言い張って見せる。

 この国の権力の頂点は、貴族どもで勝手に争えばいい。

 自分は王家の血を利用し、権力を握ったものに取り入って、贅沢を続けてやる。

 必要なのは大義名分、それを支える王家の血筋。

 自分が欲するものは、富と名声。

 サユティは手にした短剣を握りしめる。

 最後の勝者となるために。


 ロボ令嬢から漏れ出た光の粒子が漂う、うっすらと光り続ける室内で、ライカとサユティは対峙している。

 相手は戦の経験もない、脆弱な青年。自分は百戦錬磨の首狩り強盗。

 そして向こうは丸腰で、自分はオリハルコンの短剣を手にしている。

 ヤレる。

 サユティがそう判断した瞬間、彼女の後で物音がした。

 光の粒子がゆっくりと漂い、後方に流れてゆく。

 サユティはライカを短剣で威嚇しながら、後ろの様子を顧みた。

 優しい光が、瓦礫となったロボ令嬢を、薄い繭のように包んでいる。

 そして完全に機能が停止したはずの人形が、糸で吊り上げられるようにゆっくりと起き上がり始める。

 ガシャン。

 半壊した美しい人形の顔を覆うように、ティアラが降りた。

 素体を包む光は、魔力石のあった位置に集まり始め、形を作り始める。

 すると魔法石が再生し、ロボ令嬢の単眼が再び七色の光を放った。

 立ち上がったロボ令嬢は、腹に突き刺さった長剣を抜き、床に捨てると、ギィギィと指の動きを確認しながらサユティを見据えた。

 長剣によって開けられた風穴も、そしてかき切られた喉も、薄い光に包まれ再生してゆく。

 それはミスリルの自己修復の速度をはるかに上回る未知の現象。

 もはやライカのことを構っている余裕は、サユティにはなかった。

 彼女はロボ令嬢に向かい、短剣を構え直した。


 破損したロボ令嬢の顔面が、覆いかぶさったティアラの下で、修復されてゆくのが見える。

 そして、動かないはずの口元が「ニヤリ」と笑った。

 カシャッ。

 ティアラがはね上げられ、ロボ令嬢の双眸が露わになる。

「「リョマ!」」

 ライカとサユティが同時にその名を呼んだ。

 再生されたロボ令嬢は、亡くなったリョマの顔ものであった。


 呆然とする二人を尻目に、不敵な表情を浮かべリョマは口を開いた。

「あの世から帰ってきたぜ」

 サユティはすぐさま、短剣を腰だめに構え、そのままリョマの元へ突っ込んでゆく。

「だったらもう一度、地獄へ落としてやるよ」

 スピード、タイミング、見事の一撃であった。

 並の人間なら、簡単に腹部を貫かれ、はらわたをぶち撒けただろう。

 が、先ほどは、ミスリル装甲を容易く貫いたオリハルコンの刃が、リョマの胸に一寸も傷付けることなく止められた。

「え、嘘……」

 サユティの一撃を防いだのは、ミスリルの高度によるものではない。リョマを包む薄い光の膜が、刃を食い止めていたのだ。

 謎の力による防御を目の当たりにしたサユティは、すぐさま短剣を捨て、両手を広げ降伏の意思を示した。

「リョマ、そしてライカ様も聞いて! サユティには可哀想な過去がある……」


 言い終わる前に、リョマの手刀が、サユティの首を刎ねた。

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