第9話

***



 季節は巡り、冬。大学オーケストラの定期演奏会が開催された。



 照明に照らされた舞台上。そこへ靴音高らかに春が現れると、会場の拍手が一段と大きくなった。春はいつものようにじっくりと座席を見渡し、すべての眼差しを残らず捉え尽くす。

 そしてその途中で、最後列にいる涼香の存在を見つけた。


 途端に、肩の力が抜ける。

 来てたんだ。俺らが同じ大学だってこと、やっと気がついたんだね。

 目を細めて微かな笑みをその場に残し、春は深く会場に頭を下げた。



 涼香ちゃんが、俺の音楽を聴く。

 すぐに身体中にみなぎった熱く燃え盛るような想いと、気力。春にとって道標だった涼香。チューニングを終え、指揮者が登壇する。一瞬の沈黙、タクトがそっと宙に舞う。溢れ出る力をそのままに、春は左手にぐっと力を込める。



 俺はずっと、君を追いかけてたよ。






 すべての予定されていた演目が終わり、また照明が落ちるまではあっという間だった。



「春くん、いつにも増して気合い入ってたね」

「ふふ、今日は大事な人が見に来てるんです」

「え?!」



 楽屋に入った途端、先輩に声をかけられつい勢い込んで話してしまう。ざわざわと周りが追求したげに騒がしくなったが、春には関係ない。なるべく急いで楽器をケースに収め、誰よりも先にロビーへと駆け出す。


 涼香ちゃんに会わなきゃ。伝えたいことがある、今すぐに。



「お、春!今日もめっちゃカッコよかったぞ!」

「見て、大和田くん出てきた!」



 ロビーに出た途端、春の周りを取り囲むたくさんの人たち。それはやはり何にも変え難い大切な時間で、春は自分の表情がまた一段と和らぐのを感じた。

 渡された小さな花束や紙袋。どれもありがたく、人の温度を感じられる。



「春さん!」



 すると不意に、少し先の方から聞こえた声。視線を向ければ、人混みの隙間からこちらに向かってくる涼香の姿。

 いつかの夜のようにその頬はまた涙で濡れ、目は赤く充血している。更には、何か言いたげに唇を震わせているその姿があまりに愛おしく、春の想いもついに最高潮に達した。



 やっぱり、ずっと好きだよ、涼香ちゃん。

 どうか俺の側で、その音楽を奏でていてほしい。



 彼女に手招く。早くこっちへ来て。涼香の表情も緩む。

 この笑顔はきっと、これからも自分をどこまでも導いてくれる。春はそう確信していた。

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あの月が満ちる頃 汐野ちより @treasurestories

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