「VSアイビーグリーンアイドモンスター」ーこゆきとのぞみのお悩み相談室ー
地崎守 晶
VSアイビーグリーンアイドモンスター
「ずいぶんモテモテみたいやなぁ、のぞみちゃん?」
強めのお酒を断れず、ぼんやりするわたしの視界に、小雪のいかにも貼り付けたような笑顔が広がる。いつもは夜の底よりも黒いその瞳にやや暗めの緑色が滲んでいて、わたしを戸惑わせた。
あちこちにわさわさしたシダ、壁や柱にからみついたツタ。効きの悪い冷房が吐き出す生ぬるい空気も相まって、屋内なのにまるでジャングルだ。そんな自然派を謳うバーの片隅に、わたしは追いつめられていた。緑の壁にぴったりつけた背中がじっとりと汗ばむ。
どうしてこうなったかというと――
「合コン?」
午後の講義までの時間を使って受けた依頼。
バイトの同僚でもある、金髪の根本からのぞく黒でややプリン頭になっている彼女の深刻な表情から出てきたのはそんな言葉だった。
「うん……二人ドタキャンになっちゃって泣きそうなんよ~
あたしら『合コンを令和に復活させ隊』、男女のメンツは同数そろえるべし!がモットーだからさあ」
猛威を振るった感染症やマッチングアプリやメタバースの影響で、彼女の言う「古き良き合コン文化」はもはや絶滅危惧種なのだという。それを復活させ普及したいという主義の是非はともかく、「お悩み」にはまじめに向き合うのがサークル「こゆきとのぞみのお悩み相談室」のモットーだ。小雪もまさか反対しないだろうと二つ返事で承諾し、電話で伝えたところ、機嫌が急に悪くなった。
『ふーん、のぞみちゃん、ウチに相談もせんとホイホイ合コン行ってまうんや』
「アンタも一緒だし、ただの人数合わせで相談室の活動の一環でしょ。それにお酒好きじゃない」
どうして不機嫌なのか見当もつかない。
『……のぞみちゃん、そーいうトコやで』
「どーいうトコなのよ」
『まー受けてもうたもんはしゃーない。せいぜい引き立て役ABやったるかー』
いつも楽しんで依頼に取り組む小雪にしては珍しい。
いざバーにつくと、持ち前の快活さとキャラの濃さと人たらしを遺憾なく発揮して男女問わず視線を奪っていたので、そんなことはすっかり忘れていたけど。
トイレから戻ろうとすると、肩を壁に押しつけられて小雪に捕まって、今に至る。
「別に、モテてないわよ」
言い返すと、小雪は手にぶら下げていたモヒートをぐっと飲み干して、グラスに差してあったミントを器用に口にくわえた。
弁明するなら話だけ聞くで、とでも言いたげにミントの葉をくいくい動かす。
「愛想良くしたほうがいいでしょ、依頼人の顔を立てないとだし」
わたしは悪くないのに、どうして弁解めいたことを言ってるんだろう。全然笑っていない目にちらつく緑に妙な圧力を感じる。モヒートのミントや内装の緑のせいでそう見えるのだろうか。
「その割にはなんやのあれは。
注文間違えを店員はんにそれとなーく伝えたりからあげ一個足りないのをゆずったったり、グラス割ってもうたらズボン拭いたったり、アレ勘違いさせにいっとるよなぁ!?
コナかけてない、言う方が罰当たりやでアレは!
斜め前のオトコノコ、すっかりのぞみちゃんに釘付けやで、あんなウブそーな顔の子が!」
「そんなつもりじゃないわよ!
ってかそんな風に見えてたわけ!?」
小雪がまくし立ててきた内容に驚く。そんな計算高いムーブが出来る性格じゃないのは小雪がよく知っているはず。小雪がかっぴらいた大きな目には今やほとんど塗りつぶすように緑の光がたたえられていて……
「ん?」
押されていたわたしはふと我に返り、財布に忍ばせていた紙片を取り出した。
とある神社の巫女をやっている幼なじみの依頼を解決した時にもらった護符。それを小雪の鼻先に突きつけると、その表情が固まり、瞳に浮かんでいた緑の光がブレる。
「……まさか、お酒入ってまで裏の依頼やる羽目になるとはね」
そういえば、二日ほど前、相談室のホームページに、大学近くの飲み屋に出没する亡霊退治の話を受けていたっけ。先輩か後輩へ語り継がれる都市伝説で、仲むつまじい学生カップルの片方にとりついて浮気を疑わせ不和を生むという。なんでも、恋人を寝取られた女学生の霊だとか。
ソーイングセットの小さなハサミを左手で持つと、小雪の額のあたりに切っ先を向ける。
「……ウラヤマシイ」
その口から出てきた、小雪のものではない言の葉。
「はいはい、未練は切るに限るわね、
しゃきん、と音を立てて刃を閉じる。ふっ、と緑の光が消え失せて、見慣れた瞳の黒が帰ってきた。
活動を始めた頃に手に入れた、悪縁や未練を断ち切れる不思議なハサミ。これがあるから、こんな裏のお悩み解決もできるのだけど……。
「ん、のぞみちゃんどうしたんそんなかわいいカオして。
ウチの魅力に酔っぱらってもうた?」
わたしをさんざん困らせておいてけろっとした顔でいるこいつとの縁だけは切れない、厄介なしろものだ。
「二人ともありがとー、有意義な活動だった~またバイトでね~」
お開きを迎え、へべれけになった依頼人に熱烈なハグをされてわたしたちはジャングルのようなバーを後にした。
結局、あの後席に戻ると憑き物が落ちたように(まあ、文字通りなのだけど)上機嫌でわたしにべたべたするばかりだった小雪にドン引きしたのか、連絡先交換以上に親密になった男女はいなかったようだが、ともかくも依頼人は満足らしかった。
7月はじめの夜はかろうじて熱帯夜ではない。二人並んで、ほとぼりを冷ましながら歩いていく。
「しっかし、アンタが取り憑かれるとはね……やたら面倒なこと言い出すから、何かと思ったわよまったく。嫉妬するアンタなんて、ないない、ないわね~」
困らせれた仕返しに愚痴ると、いきなり手を掴まれる。
「……ほんまに、霊のせいだけやと思う?」
小雪は、吸い込まれるような黒い瞳でこっちを見ていた。
「……まったく……」
わたしはため息を一つ。
こっちのモンスターはまだ成仏しそうにない。
「VSアイビーグリーンアイドモンスター」ーこゆきとのぞみのお悩み相談室ー 地崎守 晶 @kararu11
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