1-13 終幕
長谷川恵を殺した犯人、その容疑者である宇田理奈を逮捕してからそれなりの時間が過ぎ去った。
七草くんが見つけたコートからは長谷川恵の血液が発見され、宇田理奈のパソコンを解析したところUとNの名がついたアカウントを所持していることが判明した。
Uというアカウントは事件にて、長谷川恵を呼び出すのにしようしたアカウントであることが確定。
Nはネット掲示板の通り、同じ手口で次に犯行に移ろうとしていることが認められた。
宇田理奈は最初はだんまりを貫いていたが、次第に事件について話し出した。
殺害方法、動機、犯人、その全てが七草くんの推理通りであった。
宇田理奈は、これから裁判にかけられる。
私の仕事はひとまず終わったといっても言いかもしれない。
宇田理奈を逮捕してから数日、より寒くなってきた日のこと。
私は休憩時間にカフェ・ド・クリシェに来ていた。
「こんにちわ。お好きな席へどうぞ」
「こんにちわ」
七草くんは前に来たときと同じ席に座っていた。
「七草くん、この前ぶりですね」
「そうだね。事件はどうなってる?」
「今は裁判中ですね。執行猶予がつくかどうかはわかりませんけど、刑務所には行く事になるでしょう」
「やっぱりそうなるか」
一つ席を開けて座り、置かれているメニューを吟味する。
前は卵のサンドイッチとコーンスープ、ミルクティーだったから今回は違うものにしたいんだけど……。
あんまり長い間、悩んでいるとお昼休憩が終わってしまうから早めに決めないといけないのはわかってるんだけど、前食べた物の味を考えると、きっとどれも美味しいんだよね。
これは常連だろう七草くんにおすすめを聞いてみるのもありだな。
「七草くん」
「ん?」
「おすすめのランチって何がありますか?」
「そうだねえ……」
七草くんは少し考え込んでから、にこりと笑って私の問いに答えてくれた。
「デミグラスソースをかけた大きめのオムライス」
「デミグラスソースをかけた大きめのオムライス……」
あまりの魅力的な提案に思わずおうむ返しをしてしまう。
デミグラスソースをかけた大きめのオムライスって、オムライス単体なら、たまに自分でつくって食べるけどデミグラスソースとかめんどくさくて全く作らない奴だ。
しかも大きめって言うのがいい。
丁度ドタバタしたのが収まってお腹ペコペコだったから“大きめ”っていうのは、とても気が引かれるものはある。
「それにします」
「アイスとホイップマシマシのチョコソースがけココアシフォンケーキもおすすめだよ」
「うわ〜、誘惑ぅ……」
「暖かいミルクティーも一緒にあると最高」
「あ〜……それも食べるぅ」
「ふふ、ご注文はお決まりですか?」
久納さんが置くからヒョコっと出てきて
、お冷やを出してくれた。
「さっき言ってた奴でお願いします。あとコンソメスープも」
「デミグラスソースがけの大きめオムライス、コンソメスープ、ホットのミルクティー、ココアシフォンケーキですね。ミルクティーとシフォンケーキは食後にしますか?」
「それでお願いします」
久納さんが注文の確認のために私が頼んだものを読み上げるが、それすらも食欲を刺激して私のお腹はグゥと鳴ってしまった。
恥ずかしい……。
「ふふ、なるべく早くお持ちしますね」
「うぅ、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そういって七草くんにチーズタルトが二つ乗ったお皿を渡して、また置くに引っ込んでいった。
「恥ずかしい……」
「よっぽどお腹空いてたんだねえ」
「言わないで……。七草くん、宣伝上手ですね」
「長い間ここに通ってると自然とね」
七草くんはクスクスと笑って私のことをからかってきて、顔に熱が集まるのがわかる。
「今日は忙しくて泊まりで牛乳しか飲んでないんだから仕方ないじゃないですか……」
「何かあったの?」
「いえ、事件を担当するのがはじめてで手間取ってしまったんです……。最近残業も多くて先輩に怒られてたんですけど、そろそろ定時で帰れそうです」
まあ、事件の通報があったら定時で帰る途中だろうが休日だろうが、お構いなしに呼び出されるのが警察という職業なのだけれど。
「横溝刑事に手伝って貰えばよかったのに」
「どうやら昨日は旧友と飲みに行く予定があったようで」
その旧友さん、とても大事な人らしく「これだけははずせない用事なんだ。すまんな」といってカフェオレを奢ってくれた。
「あぁ……。そういえば、昨日酔って帰ってきたな」
「え?知り合いなんですか?」
「うん。まあね」
横溝先輩の旧友で、七草くんが知り合いって、もしかして元々警察だったりするんだろうか?
ふと考えているとドアベルが鳴った。
入った来たのは変わらずフードを目深に被って、リュックサックを背負った倉敷さんだった。
「あ、倉敷さん」
「あ、ど、ども」
倉敷さんは更にフードを目深にかぶって、そそくさと奥の席に座ってしまった。
人見知りなのか、女の人が苦手なのかもしれない。
「あ、Nとやり取りしてた男の人はどうなってる?」
「事情説明したら真っ青になってましたよ」
「そりゃ、捨てた恋人が乗り換えた相手殺してたらそうなるか……」
「事件は解決したのか?って聞かれましたから“事件”の解決はしましたって答えておきました。出所後は知りません。再犯しないといいですけどね」
「どうだか。恨みや怒りなんかの負の感情は心や記憶に残りやすいからね。しかも宇田理奈のものは愛情が反転したものだから余計に色濃く残っているだろうし」
再犯はしなくても、宇田理奈は一生恨み続けることになりそうだよね。
「色濃い沙汰は怖いですよねぇ……」
「全くだね。皆が皆、この小説みたいに純愛だったらいいのに」
そう言って七草くんが取り出したのは電車にのって現場に向かう際、興味を示していた私が読んでいた恋愛小説だった。
「あ、買ったんですね」
「そうそう、元々恋愛小説なんて興味もなかったんだけど、妙に続きが気になって今読んでるところなんだよねえ」
布教が成功したことに喜んでいるとデミグラスソースがかかった大きめのオムライスコンソメスープが運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
「おぉ!美味しそう」
湯気がたつデミグラスソース、美味しそうな匂いが鼻腔を刺激して更にお腹がすいてきた。
「いただきます」
一口すくって食べてみれば濃厚なデミグラスソースの味と、まろやかな卵の味、酸味のあるケチャップライスの味が広がった。
「やっぱり、ここの料理はなんでも美味しいですね」
うん、やっぱり仕事での用事がなくても料理が美味しいから絶対に常連になっちゃうな。
あ、でも時間を気にしないとお昼の休憩時間が終わっちゃう。
その日の夜、閉店間際のカフェ・ド・クリシェにある人物が来店してきた。
「よう、久納」
入ってきたのは日乃屋真子の先輩であり、警視庁捜査一課強行犯二係の所属である
「あぁ、横溝か。もう閉まるところだよ」
「知ってら、すぐに帰るから勘弁してくれ」
横溝は適当な席に座ると、ため息をついた。
「そう。なにかいる?」
「酒」
「却下」
久納は呆れた表情で横溝の注文を却下した。
「客の要望を却下すんのかよ」
「二日酔いで辛いのに向かい酒とかやめた方がいいでしょ」
「なんで知ってんだよ……」
「見ればわかる」
「相変わらずだな。天才」
「……私は凡人だよ」
話している間に用意したホットコーヒーを横溝の前に置いた。
「はぁ、まだ言ってんのか」
「天才は、その才をきちんと発揮できた人間のことだ。私は違う」
「……」
久納の言葉に横溝はしかめっ面になるが、再度ため息をはく。
これ以上、この話題をつつくのはやめた方がいいだろう。
平行線になるだけだし、何よりも久納のトラウマを刺激することになってしまう。
「お前の予想通り、日乃屋と坊っちゃんは良いバディになりそうか?」
「あぁ、本も食も気が合うようでね。会ってからそこまで時間がたっていないのにずいぶんと仲良くなっているよ。何より、日乃屋刑事はわからないなりに理解しようと努力している」
久納の表情はまさしく子を思う母の顔だった。
その表情に横溝は感心する。
昔は雛密のように、子供じみていて自分のことを振り回していた久納がこうも変わるとは。
「お前が坊っちゃんを育てると言ったときは驚いたし、反対したが、うまく行っているようで何よりだ」
「どこが?あの子が賢いから成り立っているだけだよ」
「それこそどこがだ。ちゃんと親子してるくせに……。それにしても、なんで新人と坊っちゃんを引き合わせたんだよ?」
横溝は出されたコーヒーに文句をいうこともなく、舌鼓をうつ。
今回、横溝が日乃屋真子をカフェ・ド・クリシェに向かわせたのは久納の提案があったからだった。
「雛くんには過去の私たちのように、信頼できる相棒がいた方がいいと考えたからさ」
「頭が並大抵の人間よりも良い弊害、他が自分と違う生き物に見えるって奴か」
「あの子がそう思っているのかは知らないけど、なんにしろ信頼できる人間は必要だよ」
その言葉に横溝は頷く。
「過去の私たちってことは、俺のことを信用してくれてるってことか?」
「そうでなければ相談もなにもしないよ」
「そりゃ嬉しい。で、この後飲みに行くか?」
「いや、だから向かい酒とかやめなよ……」
今度は久納がため息をこぼす番だった。
アナウンサー殺人事件、解決。
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続きがかけたら完結から連載に変えます。
今は続きが書けていないので一旦完結とさせていただきます。
カフェ・ド・クリシェにて天才は笑う~凡人刑事と天才探偵がバディを組んで難事件に挑む!~ 猪瀬 @inose-isisi144
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