1-12 自供

時間は戻って現在、七草くんの片手には長谷川恵Nお者だろうコートが入ったごみ袋を持っていた。


「貴女は高校生時代の苛めと、愛しい恋人をとられた恨みにより、長谷川恵の人生の絶頂期である今、過去の所業をネットにばらまき、社会的制裁を与えた」


 宇田理奈は無表情で下を向き、なにも言わない。


「それで満足できなかった貴女は長谷川恵を殺すことを決意する。例え自分の人生を棒に振ろうとも、復讐することを選んだ」


 七草くんの後ろにいる宇田さんは目を見開いて、うわ言のように「嘘よ……嘘、絶対嘘……」と繰り返している。


 娘が人を殺すことはないと信じていて、その結果がこれなんだから心中察するにあまりある。


「それから、その手の怪我は氷を長時間握っていたことから負った凍傷でしょ」


 宇田理奈が手に巻いている包帯を隠す。


「しかも、貴女はもう一人殺そうと考えている」


「え?」


「……なんで」


 七草くんの予想外の発言に思わずこれがもれる。


 宇田理奈は驚愕の表情をしており、その表情は七草くんの言葉を肯定しているも同義だった。


「おそらくは同じ方法で殺そうと思っていたんだろうね。Uのアカウントを使い捨てにして、長谷川恵に

なびいた元恋人に対して脅しのような行為をしている」


 七草くんが取り出したスマホに表示されたのはネット掲示板だった。


 タイトルは「意味不明な強迫を受けている」と言った、ストレートなものだ。


 内容は謎の人物であるRに強迫され、有る場所に呼び出されていると言ったものだ。


 その文面には過去のことが書かれており、ネット掲示板では自業自得だとか面白そうだから実況白だとかが書かれている。


 それは浮気して捨てて、同時期に起こっていた虐めを無視して不登校に追い込んだ人物がいるだろう?と言った感じのことが書き込まれていた。


 Rの書く文に既視感があった。


 それは、長谷川恵を脅して呼び出したUだ。


「知り合いのホワイトハッカーに頼んで調べて貰ったけど、偽装工作の使いまわしは感心しないな。Uの時と同じ仕組みだったから、簡単に見つけてしまえたようだ」


「……全部、バレた」


 その表情はまさしく絶望といって相違無いだろう。


 宇田理奈は座り込んでしまう。


「だって、だって……。私の人生を壊した人が、綺麗に着飾って、笑って、大手を振ってテレビに出ているのよ?その時の私の気持ち、わかる?」


 顔を上げた宇田理奈は泣いていた。


「教科書を破られた、私物を盗まれた、上靴をトイレに捨てられた、髪を無理矢理きられた、殴られて、蹴られて、叩かれて……。大好きだった人をとられた」


 宇田さんは静かに泣き崩れている。


「外が怖くなって、ハサミが怖くなって、人が怖くなって……。その現況が笑ってテレビに出ているんだよ?憎悪がわかないとでも?」


 七草くんは宇田理奈を冷めた目で見下ろす。


「あの人も私を裏切ってあんな奴のところにいって、しまいには捨てられているんだから笑い者よ。でも、それをで許すわけ無いでしょ」


 憎悪に溺れた般若のようだな。


「社会的に殺してから、脅して、それで殺してやろうと思ったのよ。なのに……邪魔して……」


 血走った目で私のことを睨み付ける宇田理奈は今にも掴みかかってきそうだ。


 そこからは抵抗する気力を無くしたのか、ブツブツと長谷川恵と元恋人に対する怨嗟の言葉を垂れ流すだけになってしまった。


「十三時、三十九分、殺人容疑で逮捕」


 宇田理奈を無理矢理たたせて、取り出した手錠を手首にかける。


 今だなにかを呟いている宇田理奈を連れて、外に出る。


 警察に連絡をいれてパトカーを待つ。


「俺もついていく?」


「えぇ、証拠品も持っていることですし……。でも、向こうは二人で向かうといっていましたし、乗るとなるなら宇田理奈を挟むことになりますよ?」


「別に良いよ。逃げたってことは武器なんて持ってないんだろう?」


 七草くんの問いかけに宇田理奈は反応しない。


 壊れた、と言うべきなのだろうか。


 恨みが強すぎて、もうそれ以外考えられないって感じだな。


 昔はこういう人のことを般若だとか鬼だとか、妖怪だとか呪われているだとか言ったんだろう。


 事情は同情に値するが、だからと言って殺人が許されることではないし、許容されることでもない。


 あるのは犯罪者から身を守るための正当防衛の末で行きついたものくらい。


 あれだって、事と次第によれば過剰防衛と言うことになって罪に問われることになる。


 それに、この人は後悔するどころか、次の獲物を殺そうと画策していた。


 これで、後悔して出頭でもしていれば、道は変わったかもしれないのに……。


 そう考えてパトカーを待っていると宇田理奈がふらりと動いた。


 慌てて捕まえようとするが反応が一歩送れてしまった。


 宇田理奈は血走った目で私を見て、近くにあったスコップを握りしめて振り上げた。


「あんたらが来なければ!」


 そう叫び、スコップを振り下ろす。


「危ない!」


 少し離れていたところにいた七草くんの叫びが聞こえる。


 だんだんと近づいてくるスコップに、このままだと頭に当たるだろうから、そのときは死んじゃうんだろうな、なんてのんきなことを思う。


 私はすぐに宇田理奈の懐に入り込み、胸ぐらと腕を掴んで背負い投げをする。


 宇田理奈が地面に叩きつけられた音と短い悲鳴、スコップが地面に落ちたおとが辺りにこだまする。


「警察学校で体術を習っているので、これくらい余裕です。さて、殺人と脅迫、あとは名誉毀損ですかね?あぁ、テレビ局からの損害賠償もありそうだ。それにプラスして公務執行妨害も追加ですね」


 丁度よく、パトカーが到着した。


 気を失っている宇田理奈をパトカーに詰め込み、七草くんの持っていた証拠品も詰め込んむ。


 宇田理奈が気絶してしまい、転がす他無くなっているので私たちの席がなくなってしまい、徒歩で書に向かうこと担った。


 放心状態の宇田さんに一礼して、その場から去る。


 歩いていると七草くんがため息をはいた。


「もう、ビックリした」


「え?何がですか?」


「何がですかじゃない!スコップ振り下ろされて最悪死ぬかもしれないってときに、ポカンとして!あのまま頭に当たってたらどうなることか、運良く背負い投げが決まったから良いものを……」


「あ、すみません……」


 あれは怒られても仕方がないだろう。


 七草くんの言う通り、ポカンと振り下ろされるスコップを、どこか他人事のように眺めてしまっていたのだから。


「そう素直に謝られると怒りづらくなるだろ……。まあ、無事ならもういい。にしても、綺麗な背負い投げだったね。体術は得意なの?」


「え?あ、いや、そういうわけでは……。むしろどちらかと言えば苦手な方と言いますか……」


「え〜、それで良くとっさに背負い投げなんてできたね。火事場のバカ力ってやつ?」


「多分……」


 普段の稽古のと気からあれができていれば、私の悩みのためは少なくなるんだけどなあ……。


「……なんで宇田理奈は自主しなかったんでしょうか?」


「恨みにかられて理性無くしてたからでしょ。君に対してスコップを振り下ろしたことから見て、普通の精神状態じゃなかったことは確かだ」


 確かに、あの血走った目は正気人間がして良いものでなかった気がする。


「とわいえ、助長酌量の余地は無いだろうね。あれは明確な計画殺人だ。冷静な部分であれを考えてるんだから、精神的におかしくなくても犯行に及んでいた可能性が高いからね」


「そうですか」


 道を歩きながら空を見上げる。


 宇田理奈が助かる方法は、学生時代に誰かに助けられることだったのだろう。


 だが、女王がいる、あの教室では誰も手をさしのべなかった。


 今回の事件、虐めの加害者と見て見ぬふりをして傍観した者、それから宇田理奈を裏切った元恋人がことの発端だ。


 なんと言うか、人間は恐ろしいって感じの事件だったな……。


 あぁ、疲れた……。


 事件があらかた片付いたら、カフェ・ド・クリシェのランチ食べに行こう。

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