1-11 七草雛密の推理

日乃屋 真子の視点


時間は巻き戻って、宇田家に乗り込む前日。


 カフェ・ド・クリシェに倉敷さんがやってきて、調べた成果を私たちに見せていたときだ。


「この人って……」


「事件の犯人だよ。容疑者に上がらなかった、加害者であり被害者でもあり、Uの正体でもある人さ」


 倉敷さんのパソコンに写っていたのは被害者の長谷川恵と同年代だろう女性だった。


 その女性はしんどそうで目の下には濃い隈をかっており、スエットでコンビニから出ているところだった。


 撮られた角度からして、二メートル程度の高さだと思うのだが……。


「え、どうやって手に入れたんですか?」


「か、監視カメラの映像から切り取りましたぞ。あ!もちろん違法なことはしてないから!」


 いや、そうでないとこあるのは私なんだけれど……。


「注文の品です」


「あ、ど、どうも……」


「事件は解決しそう?」


「うん。あとは犯人の自供が貰えればいいかな」


「そうなんだ。健闘を祈るよ」


 久納さんはそれだけ言って、再び奥に引っ込んでいった。


「き、気を取り直しまして……こ、この人は宇田理奈、長谷川恵を脅していたUの正体だよ」


「えっと、何で宇田さんの行き着いたんですか?と言うか、なぜ容疑者二人が犯人ではないと?」


「ん〜、一から説明していこうか」


 七草くんは情報整理に使った手紙を裏返した。


「まず第一、そもそも違うものがあるんだよ」


「え?何が違うんですか?」


 七草くんの言葉に首をかしげる。


「殺害のタイミングは原田茜が来たタイミングでも、原田茜が去ったあとでもない。もっと後だ」


「え、でも、死亡推定時刻は原田茜が去ったと証言した時刻の少し後なんですよ?もっと後って……」


「死体を暖めるなり、冷やすなりすれば死亡推定時刻なんてものは好きなだけずらせれるじゃん」


 確かに……。


 死亡推定時刻は生き物が死んだ後に起こる筋肉が徐々に固まり、解けていく現象である死後硬直と体温、それから死斑という死後に現れるアザで判断する。


 それらは死体を冷やすか、暖めればごまかすことができる。


「でも、その証拠っていうか、考えた根拠は?私も先輩達も、死亡推定時刻をずらしたって考えるまでに至らなかったんですけど……」


「簡単なことだよ。濡れてたじゃん」


「でも、それは原田茜さんが被害者と口論したときに水をかけたせいでしょう?」


 原田茜の証言が偽りでないのならば、濡れていた部分は原田茜がかけた水のせいだろう。


「違うよ。氷だよ氷」


「氷?」


「そう。氷で遺体を冷やして死亡推定時刻を早めたんだよ」


「なぜ氷が出てくるんですか?」


「固くて溶ける、冷たいもの。しかも一般人が用意できる程度の者で処分に困らないもの。そう考えたら出てくるのは?」


 七草くんの言葉に少し考え込んでみるが、氷以外は特に思い付かない。


 頭の中にふとゼリーが出てくるが、ゼリーは元々液体だし一般人が入手しやすいけど固くはないし、暖めないと溶けやしないんだから絶対に違う。


「……氷、ですね?」


 七草くんは静かに頷く。


「その氷を使って死体を冷やし、死後硬直などの死んだあとに起きる現状を早めた。それを考えた理由は被害者の服が濡れていたからだよ」


 被害者はなぜかコートを着ておらず、濡れていた部分はお腹の部分を中心に胸の下辺りにから下腹部まで、脇腹に接触する辺りの腕だ。


「あれは氷が溶けたあとの水だね」


「あれは原田茜さんがかけた水なのでは?」


「水ひっかけた程度で脇腹側の腕が濡れると思う?濡れるんなら咄嗟に庇った手首から肘あたりだろう?」


 あ、確かに……。


 腕の内側が濡れるなんてこと、そうそう無いことじゃん。


「しかもコートを着てないからね」


「着てない?」


「そう、原田茜は“ずっとおコートを着ていた”と証言していた。濡れてるんなら服じゃなくてコートが濡れるべきなんだよ」


「なるほど……。そうなると、怪しまれるのにコートを持ち去った理由が気になるのですが……」


「大方、ダイイングメッセージでも残したのに気がついたんだろうね。だから、怪しまれるの上等でコートを持ち去った」


 コートでダイイングメッセージ?


 ……暗がりで、しかも暗い色だから血でコートの生地に書き込んだりしたらばれないと思うんだけどな。


「大方ロゴかなにかに細工をしたんでしょ。暗い色の服には明るい色のロゴが使われることが多いからね」


「なるほど。ロゴに細工したがばれてしまい、コートを持ち去られてしまったと」


「そうそう。あと、消えた凶器も氷だね。恐らくは棒状の氷を用意したんだろう」


 あぁ、なるほど。


 確かに氷ならば溶かしてしまえば消えてなくなってしまうし、血を拭うのも簡単に出きるだろう。


 拭いきれなくても、削ってしまえば良いのだから。


「いや、でも殴ったときに折れてしまうのでは?」


「頑丈な氷を作る方法があるから、それを使ったんだろうね。宇田理奈は原田茜が返ったあと、一時間ぐらい遅れて被害者と接触したんだろう。原田茜が見たのは被害者を観察している宇田理奈だろうね」


「何故、それほど時間をずらしたのでしょう?最初から死亡推定時刻をずらすつもりだったと言うことでしょうか?」


「そうだろうね。タイミングよく原田茜がいたから罪を被せようとしたんじゃない?これはたまたまだと思うよ」


 となると、随分と計画を練っているな。


 殺し方から見ても殺意が強いのは見えていたけど、これは予想以上かもしれない。


「しかも倒れ方がおかしかったからね。通常、正面から殴られた場合、どういう風に倒れると思う?」


「えっと、後ろだと思います。頭を守っていたし、横を向いていてもおかしくなかと……」


「だと言うのに、被害者はうつ伏せになっていた。誰かが被害者の体を動かした証拠さ」


 それで死体を写真を見たときに変だとかなんだとか言っていたのか……。


「殺した方法、死亡推定時刻をずらした方法、それは分かりましたが同期はやっぱり……。過去の復讐、でしょうか?」


「で、でしょうな。こちらをご覧くだされ」


 倉敷さんがパソコンをいじるとSNSのあるアカウントが表示されていた。


 それは数年前のもので、学生の日常が綴られていた。


「に、日記の代わりに使ってたみたいで、これとか……」


 表示されたのは遊園地に恋人と共に行った、楽しかったと言うような内容で顔が隠された制服を着た男女の写真が付属していた。


 次は特に代わり映えの無い学校のこと、次は家族で釣りに行ったこと、そんな一個人の日常が書かれている。


「ただ、翌年から内容が一変してるんだよね」


 一年後の内容は学校が辛いとか、学校にいきたくないとか、苛められているだとか、そう言った無いように変化していっていた。


 辛い学校も、愛しい彼がいるから乗り越えられるとも書いてある。


「それで、希望に裏切られた」


 愛しい彼が自分を苛めている人と一緒に歩いていたような気がしたけど、見間違えか、何かの間違いだろう。


 いじめっ子に言われた。


 愛しい人を取ったと、もうお前のことは好きではなくて私の虜なのだと。


 そんなことあるわけがない。


 たった数ヵ月なのに、三年連れ添った彼が裏切るわけがないのだ。


 裏切っていた、裏切られた。


 不安になって、直接聞いてみたら「もう好きではない」って「あの子の方が魅力的だ」って言われてしまった。


 なんで?何でなの?


 そとがこわい。


「う、うわ、完全に病んじゃってる……」


 その後に続く投稿は精神的に病んでいるとしか思えないものだった。


「この人が投稿している写真の制服と、ネット掲示板に投下された長谷川恵の高校時代の写真、一緒なんだよね」


「あ、本当だ」


「それで、誕生日の話とか空年齢を推測してみたら同い年だって思って……。これまたネット掲示板に投下された卒アルの写真から特徴が会う人物を探したら宇田理奈って出たんだ」


 卒アルに写っている宇田理奈さんは今の宇田理奈さんのほどではないけれど不安げで、目の下には隈がある。


 元気そうなときに撮られた写真と並べられても、似ているだけの他人じゃないのかって思うほどに違う。


「Uのアカウントをハッキングして調べたんだよね。海外のサーバー経由してたりしてややこしかったけど、これくらいへでもありませんわ。……で、登録されている電話番号、メールアドレスが宇田理奈のものだった」


 この人、警察がてこずっている案件をあっさりと……。


 これが半神半人の意味を持つデミゴット級のハッカーの力……。


「それで、気になって現場から少しはなれた宇田家方面の監視カメラの映像を見てみたら、棒状のものを持った宇田理奈が事件現場方面に向かっているのがバッチリですわ」


 次に写し出されたものにはフードを被って、棒状の__七草くんの推理通りであるのならば氷でできた棒を持った宇田理奈さんが写っていた。


「それで、こっちが数時間後」


 数時間後の宇田理奈さんの手には棒状のものはなく、代わりに暗い色の布が抱えられていた。


「これは、お話を聞きに行く必要がありますね」


「逃げられるかもしれないからアポ無しで行こう。行動は早い方がいいから明日、横溝刑事には無しを通しておいて。倉敷はそれ警察に送っておいてくれる?」


「委細承知」


「わかりました。すぐに横溝先輩に連絡をいれます」


 そして、私たちの宇田家に訪問が決定した。


 私が電話をしている最中、倉敷さんが七草くんに声をかけた。


「あ、あのぅ……」


「ん?どうしたの?」


「これを見ていただきたく……」


 倉敷さんが見せたものに七草くんは目を見開く。


「これ……」


「同じかと……」


「なるほどね。昔の恨み、か」


 まだ、この事件になにかがあるらしい。

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