第6話

 放課後。

 私とユウカは部室にいた。

 夕暮れだと主張するような、橙色の光が窓から差し込む。


 この資料室。

 掃除も終わり、綺麗になった部室にはエアコンもある。

 とても快適な場所だった。


 部員は今のところ、ユウカと私だけ。

 部屋の狭さも気にならない。


「さて、今日が常世部。本格活動の初日だね!」

 

 ユウカはハイテンションでそういった。

 そう。昨日は掃除をしただけに終わっていたからだ。


「そうだねー。さて、不思議な話って、ね。」


 私は、ユウカに同調してそういった。

 それから、私は何をしようかと思った。


 といっても、私は常世町の不思議な話をあまり知らない。

 しいて言えば、自分が体験した話しかない。


「ユウカが知っている常世町の噂とか、何かない?」

「うーん。」


 ユウカは少し悩んだ後。

 いくつかの話を話し始めた。

 それは常世町の話だった。

 どこか聞いたことがある話やまったく聞いたことがない話。

 内容は様々だった。


「ユウカの知っている話はどれも怖いね」


 私は、ユウカの話を聞いてそういった。


「そうかな?でも、たぶん。この町に昔からいる人はみんな知ってると思うよ?」


 ユウカは、笑いながらそういった。

 それからも私とユウカの不思議な話は続いた。

 最近、あった公園の話や口裂け女の話。

 そんな二人の冒険の話になっていく。


「うーん。部としては話を記録する必要があるかな?」


 私はなんとなくそんなことを言った。


「あっ、それいい!」


 ユウカは、私が言ったことに同意した。


「えっ?そう?」

「そうそう!なんか部の記録とかあったら、それっぽい!」


 ユウカはそういって、ノートを取り出した。

 まっさらのノートだ。


「アヤ。次からはこれに書いていこう。」


 ユウカはそう言ってマジックを取り出していた。

 ノートの表に『常世部』とユウカは書いた。


「あ!もうこんな時間じゃん!」


 私が部室にある時計を見ると、もう遅い時間だった。

 もうそろそろ帰宅しないといけないだろう。


「帰ろうか」


 私がそういうと、ユウカも頷いた。

 私たちは、常世部のノートを机に置くことにした。

 部のノートなのだ。

 

 私たちは部の施錠を行い、カギを置きに職員室へ向かう。


「明日からは、記録を取ろう!」

「そうだね。そのうち噂の調査とかもしたいなぁ。」

「それは常世部らしいね。」


 私とユウカは、そんなことを話していた。

 職員室につくと佐藤先生がいた。


「今日は、これで終わりかな?」 


 先生が話しかけてきた。


「はい。」


 私が返事をすると、先生は頷いた。


「そうか、お疲れ様。二人とも気をつけて帰宅してくれな。」

「ありがとうございます!」


 私たちは先生に挨拶し職員室を後にするのだった。

 帰り道に私とユウカは話していた。


「ねぇ、アヤ!今日の活動も楽しかったね!」


 ユウカが私に言った。

 私は少し考えてから答えた。


「うん、そうだね」


 そんな会話をしていると、分かれる場所にたどり着いた。


「また明日ね!」


 ユウカがそういって手を振る。


「うん、じゃあね」


 私も手を振り返す。

 そして、私とユウカはそれぞれの家に帰宅するのだった。



 それから私とユウカは、常世部として活動をするようになった。

 放課後に、部室へ行って部活動を行う。


 その部活動というのは、ユウカの知る不思議な話を私がノートにまとめたり

 話の内容を議論したり、隣の図書室で話の内容を調べたり…。

 という至って平穏なものだった。


 私とユウカの常世部の活動は続いていく。

 放課後のほとんどの時間、私たちは部室にいた。


 そして今日も、ユウカの話す常世町の不思議な話を聞いていた。


「ねえ!アヤ!この噂って知ってる?」


 ユウカが私に聞いてきた。


「ん?何々?」

「この話なんだけどね」


 そんな会話をしながら、私はノートにペンを走らせる。

 私とユウカは部活動を行うのだった。

 そして、そんな部活動のある日。


「ねえ!アヤ!」


 ある日の帰り道、ユウカは突然私に話しかけてきた。


「ん?」


 私は、ユウカの方を向いた。


「来週からは、ゴールデンウィークだよね。」


 ユウカの言葉に、私は頷いた。


「確かにそうだね」

「ねえ!アヤ!ゴールデンウィーク中に、どこか行かない?」


 そんな突然の提案に、私は驚いた。


「えっ?いいけど。どこにいくの?」


 私の返答に、ユウカは笑顔になった。

 そして言った。


「それはね……」


 ユウカは私と休みの話をし始めた。

 そして、私とユウカはゴールデンウィーク中に町の図書館へ行くことに決めたのだった。


 ゴールデンウィークのある日。

 今日は、ユウカと一緒に町の図書館に行く日だ。

 午後の時間で待ち合わせだった。

 家のリビングにいた私は、昼食も食べ終わって身支度を済ませていた。


「アヤ?何かあったらすぐに電話するのよ?」


 お母さんは、心配そうにそういった。


「はーい。」


 私はスマホを手にしてそう答えた。


 そういえば…。

 私がこの常世町に来てから、初めて友達と一緒に遊びに行くんだっけ?

 まあ、友達らしい友達は今のところユウカだけなんだけど。

 そんなことを思いながら、私は家の玄関へ向かった。


 私は、荷物をまとめたリュックサックを背負った。


「いってきまーす!」


 私は、玄関からそう言って出かけた。


「いってらっしゃい!」


 お母さんもそういってくれた。

 

 私は家を出て、住宅地に出た。

 そのままユウカの家に向かっていく。


 しばらく歩くと、ユウカの家が見えてきた。

 ユウカの家の玄関のチャイムを鳴らす。


「あ、アヤちゃん?ちょっと待ってね。」


 ユウカのお母さんの声が聞こえた。


「はい、分かりました。」


 私は返事をして待っていた。

 しばらくすると、ユウカが玄関から出てきた。


「おまたせ!」


 ユウカがそう言って出てきた。

 ハンドバッグを下げたユウカの格好は、完全にお出かけする格好だ。

 ユウカは私のほうを見て、ウインクをしていた。

 

「さあ、いくぞー!」


 ユウカは、私の手を引っ張る。


「ユウカ。もっとゆっくり」


 私はそういって、ユウカについていった。


 私とユウカは住宅地にあるバス停でバスを待っていた。

 ちなみにこのバス停は、ユウカの家からも私の家からも近い。


 これから二人で、図書館に行く。

 図書館には、他では見ることができない不思議な話が書かれた本や資料があるらしい。


「バス、遅いね。」


 私はそういった。

 バスは、予定した時間を遅れていた。


「うーん。そんなもんだよ!」


 ユウカは、そんなことを言ってスマホを見ている。

 バスのスケジュールを確認しているみたいだ。



「ユウカは図書館にいったことはあるの?」

「うん。何度か。でも、結構前だね。」


 ユウカは、手元のスマホから顔を上げてそういった。

 私を見ている。


「一番前に行ったのは、いつなの?」


 私はユウカに聞いてみた。


「えっと…。」


 ユウカが答えようとしたとき、バスが見えた。


「あっ!バス来たよ。」


 ユウカが、喜びながらそういった。


 プシュー、という音とともにバスが私たちの前で止まった。

 そして、バスの扉が開いた。


「じゃあ、乗ろうよ!」


 ユウカは元気いっぱいにそういいながら、私の手を引いた。


 バスに乗り込むと、私とユウカは運賃箱にお金を入れた。

 そして、私とユウカは空いている席に座った。

 ユウカは窓側の席。

 私は、ユウカの隣に座った。


「そういえばさ。」


 ユウカが話を始めた。


「何?」

「このバスにも、不思議な噂あるよ。」


 ユウカはそういうと、スマホで『常世町の不思議』というサイトを検索するのだった。


「ねえ、アヤ!」


 ユウカはそういいながらスマホを見せてきた。

 サイトには『不思議なバス』と書かれている。


「何?」


 私はスマホをのぞき込んだ。


「このサイトに載ってるんだけど」


 そういって、ユウカはサイトのページをめくる。

 サイトには、不思議なバスについて書いてあった。

 その話をまとめると、その不思議なバスに乗ると異界に連れていかれる、というものだった。


 不思議な世界に連れていかれる、ということだろうか?


「アヤ、これも……。」


 それから私とアヤは、そのサイトにあった噂を一つ一つ話した。

 どの話も不思議な世界や誰も知らない世界に迷い込む、という話が多い。

 常世町には、そんな場所が多いのかなぁ

 と私は暢気にそう思った。


 そんなことを話しているうちに、バスは目的地に近づいていた。


「次は、常世町立図書館前です。」


 バスのアナウンスが、図書館に近いことを伝えてきた。


「あっ!次で降りるよ!」


 ユウカはそういった。

 バスの車内にある『とまります』と書かれたボタンを押した。

 音が鳴って、次のバス停にとまる、という表示になった。


 バスは常世町立図書館前というバス停にとまった。


「さあ、いくよ。」


 ユウカは、私の手を引いてバスから降りようとする。


「あっ、ちょっと待って。」


 私は元気いっぱいなユウカに振り回されていた。

 バスを降りると、目の前には図書館の建物が見えた。


「ここが図書館だよー」


 そういってユウカが指さしたのは、四角い形をした建物だった。

 学校の校舎くらいの大きさだ。

 そんな大きな建物の前にある駐車場には車が何台か止まっていた。


「さあ、いこう!」


 ユウカはそういって、私の手を引いた。

 私はそれにつられて図書館の建物の中に入るのだった。


 建物の自動ドアから中に入ると、エントランスだった。

 綺麗に整備された図書館だ。

 一階には、本は置かれていないみたいでエレベータが何台か、そして階段がある。

 奥の廊下からは、何かの部屋が見えた。

 事務室とか、かな?

 なんとなくそう思った。


 私はユウカに連れられて、エレベータの近くへと進む。

 その1階のエレベータの前には、各階に置かれている本の種類が書いてある掲示プレートがあった。

 

「アヤ、3階へ行こう!」


 ユウカは、プレートの内容を読んでそういいながら、エレベータのボタンを押した。


 私とユウカはエレベータを待つ。

 待っている間に、私もその掲示プレートを読む。

 どうやら3階は、郷土資料・町の歴史の本などらしい。


「大きいね……。でも、なんでこんなに大きな図書館が?」


 私は思わずそうつぶやいていた。


「うーん、よく分からないけど……。」


 そういってからユウカは私に言った。

 そんな話をしていると、エレベータが到着した。

 音がして、エレベータが開く。

 中からは誰も降りてくる人はいなかった。


「じゃあ、行こう!」


 ユウカは元気いっぱいにエレベータへ入っていく。

 私もユウカに続いた。


 エレベータが上昇して、扉開く。

 3階に到着だ。


 エレベータの扉が開く。

 3階は広い部屋だ。

 そこには、いくつもの本棚が並んでいる。

 そして、長机と椅子も部屋に置いてあった。

 本を読むスペースかな、と思った。

 奥には、図書館のカウンターもあった。

 本を借りるときには、そこに行けばいいのかもしれない。


「さあ、いこう。」


 そんな声を上げながらユウカは、エレベータを降りた。

 3階のフロアを進んでいく。

 私も遅れないようにユウカについていった。


 ユウカは、部屋の上に掲げてあるプレート見ながら進んでいるようだ。



「アヤ、こっち!」


 そんな私の思考を遮るように、ユウカは私の手を引いた。

 そして私をある本棚の前に連れてきたのだった。

 その本棚の前に着くと、あれこれと本を探し始めた。


「不思議な噂について調べよう!」

 

 ユウカはそういった。

 それから私とユウカは、手分けして常世町の不思議な話が書かれた本を探した。

 3階は広くて、探しているだけで時間が過ぎていった。


 ユウカと私は、図書館に設置されていた長机に隣り合って座っていた。

 机の上には、探してきた本が積んである。


「この話も、不思議な話だね。」


 ユウカはそういった。

 私とユウカは本を探してきては、読みあっていた。

 話の内容によっては、持ってきた常世部のノートにも記録をした。


 図書館で勉強はしてない。

 けどなんだか、優等生になった気分だ。


「アヤ。そろそろ帰ろうか。」


 ユウカが机の上に置いてあったスマホで時間を見た。

 もうそんな時間だった。


「うん、帰ろう。」


 私もユウカにそういった。

 本を棚に戻す。


 あっちこっちから本を出していたから、時間がかかったのは秘密だ。


 夕暮れが差し込む中で、私とユウカは図書館前のバス停にいた。

 ありがたいことに、バス停にはベンチがあった。

 私とユウカは、バス停のベンチに座っていた。


「あー疲れた。」


 私の隣にいるユウカはそういった。


「そーだね。」


 私も同意した。

 熱中していて、あっという間だった。


 ユウカは、バックからペットボトルを取り出して飲んでいる。

 私は、そんなユウカを見ていた。

 そのまま私たちは今日のことや学校であったことを話して時間を潰していた。


「バスまだかな。」

「あと、20分は待たないと。」


 ユウカが聞いてきたので、私はスマホの画面を見てそういった。

 予定通りバスが来ても、あと20分かかる。

 そんな時間だ。


 そんなことを言った直後、遠くからバスの音が聞こえた。


「バスが来たよー!」


 ユウカが立ち上がった。


 私はあれ?と思った。

 この時間にはバスは来ないのに。

 でも、前のバスが遅れてきたのかな?と、私は思い直した。


 ユウカは、バスを見て喜んでいた。

 私もスマホをしまってバスに乗ることにした。


 バス停の前にバスが止まった。

 乗ってきたバスと同じようなバスだ。

 バスの扉が開いた。


「じゃ、乗ろう。」


 ユウカはそう言ってバスに乗った。

 バスには、私とユウカ以外にバスの中にも誰も乗っていない。

 私とユウカは、運賃箱にお金を入れてバスに乗り込んだ。


 私とユウカは、バスの一番後ろの座席に座った。

 私たちが乗ると、バスが発車した。


 バスが発車してから、私は窓の外を見ていた。

 見慣れた町の風景が流れていく。

 でも、なんだか変だな。

 来た道と違う道を通っているような気がする。


「ねえ、ユウカ」

「ん?どうしたの、アヤ?」


 ユウカは私の方を向いた。


「このバス、来た道と違わない?」

「えっ?そう?」


 ユウカも窓の外を覗き込んだ。


「うーん、そうかな?」


 そう言いながら、ユウカは少し首をかしげた。


「帰りのバスの道は違う道を通るのかな?」


 ユウカは明るく笑って言った。

 その時、バスは大きなトンネルに入った。


「あ、トンネルだ!」


 ユウカが楽しそうに声を上げた。

 バスで図書館へ来た時に、こんなトンネルを通ったかな?

 私は不思議に思った。


 私の気持ちとは別にバスはどんどん進んでいく。

 そして、バスはトンネルに入った。


 トンネル内に入るとバスは真っ暗になった。

 トンネルに入ると同時に、バスのライトがつくはず。

 でもつかない。

 真っ暗だ。


 バスの前についているライトすらついていない。

 真っ暗な車内、バスは進んでいく。


「ね、ねえ、ユウカ…」


 私はユウカに声をかけた。


「アヤ。なにこれ?」



 ユウカの声も戸惑っている。


「ライトがつかないよ」

「そ、そうだね…」


 私たちは無意識のうちに手を握り合っていた。


 トンネルの中は、真っ暗だ。

 バスも真っ暗。

 真っ暗な中、バスはどんどん進んでいく。

 いつまでこの状態が続くんだろう。


 事故が起きたりしない?

 不安に思った。


 そう思った瞬間、突然、明るくなった。

 車内のライトがついた。

 バスの前についているヘッドライトがトンネル内を照らし始めた。


「わっ!」


 私とユウカは同時に声を上げた。

 明るくなった車内を見回すと、驚くべき光景が広がっていた。

 私とユウカ以外、誰もいない。

 運転手さえいない。


「ユ、ユウカ…運転手さんは?」

「い、いない…」


 ユウカの声が震えている。

 私も怖くて仕方がなかった。

 バスが誰もいないのに、運転されていた。


 窓の外を見ると、そこは真っ暗だった。

 そこは、とてもトンネル内だとは思えない暗さだった。


「どうしよう!アヤ。」


 ユウカはパニック状態だ。 

 私も泣き出しそうだが、どうすることもできない。

 バスの運転なんてできないし。


 でも、バスの運転は続いていた。

 とりあえず、事故は起きなさそうだ。

 私はそう考えることにした。


「分かんない、分かんないけど。」


 ユウカの手を握って、私はなだめるようにユウカに言った。


「ユウカ、このバス勝手に走ってる。もしかして、あの噂のやつ…。」


 私はそういった。

 そういうと、ユウカも反応した。


「不思議なバス。異界に連れて行かれる。」


 自分に言い聞かせるように、ぽつりとユウカはそう言った。


 私たちはそれから、二人で手を繋いだまま。

 席に座って黙っていた。

 

 そんなことをしていると、突然、バスが明るい場所に飛び出した。

 トンネルを抜けたのだ。


 窓の外には、月が見えた。

 夜だ。

 星や見える、綺麗な夜空だった。


 月夜の下、山道をバスが進んでいる。


 周囲は森だ。

 どこかの山の中みたいだ。

 その山中の道をバスは走行している。

 山道だ。

 走っている山道は、バス一台が通れるくらいの幅で、凸凹しているけど

 一応はアスファルトで舗装されていた。

 道は、白いガードレールで囲われていて、その外は断崖絶壁。

 断崖絶壁からは、果てしなく森が見えた。


 バスは、その道を無人で走っている。

 運転手はいないのに、クネクネとした道をバスは進んでいく。


「ここ…どこ?」


 窓から外を見たユウカが小さな声で言った。


 トンネルに入るまでは、夕方だったのに。

 私はそう思った。

 ユウカはスマホを見ていた。


「アヤ、スマホの時間だとまだ、夕方だよ。」

「でも、外は夜だね」


 私はそう言ってから続けた。


「やっぱり、これは不思議なバスの噂。」

「そうだね。」


 落ち着きを取り戻したらしいユウカは、続けた。


「このバスは、乗っていると、知らない世界に連れていかれるはずなんだ。」


 そういって、ユウカはスマホを弄った。


「アヤ。やっぱり電波は通じない。」


 ユウカは私に確認するようにそう言った。


「どこかにつくまで待つしかないのかな?」


 私はユウカにそういった。


「うーん。噂によれば、どこかの知らない世界のバス停で止まるはずだよね。」


 ユウカはそういって、私を見た。


「待つしかないね!」


 どこかいつもの様子でユウカはそういった。

 元気になったユウカを見て、私も元気になった。


「うん!」


 私も元気にそう答えた。


 夜の山道をバスがどんどんと進んでいく。

 私たちは、これからの話をしていた。

 知らない世界とは?

 図書館で見た異界の話。


 ユウカとそんな話をしていると、いつの間にかバスは山道を抜けたようで。 

 道の周囲から見えていた森林が見えなくなっていた。

 その代わりに周囲には、田んぼが見え始めた。

 

 月の光の下。

 一面に広がる田園風景。

 その中にある道をバスが進んでいく。


「お祖母ちゃんの家があるところみたいだね。」

 

 ユウカはそんなことをいった。


「そうだね。」


 私もそう答えた。

 窓の外には、民家はない。

 月の光は明るい。

 水田が延々と広がり、遠くには山々が見えた。


「アヤ!バス停が!」


 ユウカがそう言って、指をさした。

 遠くに看板が見えた。

 確かにバス停のようだった。


「でも、バスが止まるかなぁ?」


 私はどこか他人事のようにそういった。


「うーん。」


 ユウカもそういった。

 この無人のバスが止まるかどうかは誰にもわからない。

 バスは、バス停に近づいていた。

 バス停を表す看板が、目視で確認できるくらいになる。

 私は止まったらいいなと思いつつ、じっとバス停の看板を見た。


 その時だった。

 バスの速度が落ち始めた。

 もともとゆっくりと田舎の道を走っているバスは、すぐに止まった。

 バスは、バス停の看板の前で止まった。

 そして、プシューという音とともにドアが開いた。


「出よう!アヤ。」


 ユウカはそう言って、私の手を引いた。

 そして、ユウカに手を引かれるように、私はユウカと一緒にバスから出た。


 バスから降りると、遠くからカエルや虫の音が聞こえ始めた。

 土の匂いがする。


 バス停の周辺を見ると、相変わらずの田んぼだ。

 遠くには山々が見える田舎。

 月明りの下の田舎だ。


「うわぁ。」


 私は、田舎の雰囲気に思わず声を出してしまった。

 ユウカは、私のその様子を見て笑っている。 


「アヤ、田舎ははじめて?」


 ユウカがそう聞いてきた。


「うん」


 私は答えた。


「そっか。私も久しぶりだよ!」


 そんなことを言っていると、バス停に一人の女性がいた。

 いや、人じゃないかもしれない。

 先ほどまで、そんな女性はいなかったのだ。

 

 その女性は私たちを見るとこう言ったのだ。


「おや?珍しいね~。バスが止まるなんてさ。」


 腰まで伸びた黒髪と白い着物を羽織った綺麗なお姉さんだった。

 不思議な雰囲気だ。


「あの……あなたは何者ですか?」


 私は、そうお姉さんに話しかけた。

 突然現れたのだ。

 警戒するに越したことはないと思ったからだ。

 そんな私の思いとは裏腹に、お姉さんは明るい声で答えてくれた。


「あたしかい?あたしは、この土地に長いこと住んでる……あやかしさ!」


 そういってお姉さんは笑った。


「あやかし?」


 私はあやかしがどういう意味なのか、頭にクエスチョンマークが出ていた。


「ああ、昔の言い方だったかな?土地の神さまとか聞いたことはないかい?」

「神さま?」


 私は、お姉さんがいうことを理解できていなかった。


「ええと、アヤ」


 ユウカが私の肩を軽くたたいた。


「このお姉さんは、どこかの土地を守ってる神様なんだと思う」


 ユウカの説明を聞いて、落ち着いてきた私はようやく理解できた気がした。


「そうそう、その通りだよ」


 お姉さんは満足そうに頷いた。


「あなたたち、どうしてこんなところに来ちゃったの?」


 お姉さんは不思議そうに首をかしげた。

 私たちの服装を見て、ここの住人ではないことがわかったのかもしれない。


「えっと、私たちはバスに乗ったら…」


 私が説明しようとすると、ユウカが続けた。


「常世町から来たんです。図書館に行って、帰りのバスに乗ったら、突然ここに…」


 お姉さんは驚いた様子で目を丸くした。


「常世町?あぁ、あの町ね。」

「えっ?お姉さんは常世町を知ってるんですか?」


 私は思わず聞いてしまった。


「有名な町よねぇ?」


 お姉さんは少し遠い目をして答えた。

 私は、お姉さんの反応を見て、常世町って有名なんだ、と思った。


「…ふふっ、そっちの子は常世町にあまり慣れてなさそうね。」


 お姉さんはそう言って、試すような目でじろりと私を見た。


「その子が幽霊なこと、知っているの?」


 お姉さんは、私にそう言ってきた。

 私は、お姉さんが驚かそうとしていることに気づいた。


「はい。ユウカは幽霊です。知ってます。」

「私が教えました!」


 私とユウカがそう言った。


「はぁ、そうかい。じゃあ、どっちの子も常世町の住人らしいね。」


 お姉さんは、どこか納得したようにそういった。


「ねえ、お姉さん」


 ユウカが声をかけた。


「私たち、どうやって常世町に帰ればいいですか?」


 お姉さんは少し考え込んでから答えた。


「そうねえ…ここから常世町に戻る方法はあるけど、簡単ではないわ」


 私とユウカは顔を見合わせた。簡単ではない?それってどういうこと?


「でも、せっかく来たんだから、まずはゆっくりしていきなさい」


 お姉さんはにっこりと笑って言った。


「私の家でお茶でもどう?それから、帰り方を教えてあげるわ」


 私たちは少し躊躇したが、他に方法もなさそうだった。


「お願いします」


 私とユウカは同時に頭を下げた。

 お姉さんは優しく微笑んで、私たちを手招きした。


「じゃあ、ついておいで」


 私たちはお姉さんについて歩き始めた。

 月明かりに照らされた田んぼの中を、まっすぐな一本道が続いている。

 その道をお姉さんは軽やかに歩いていく。


「ねえ、アヤ」


 ユウカが小声で私に話しかけてきた。


「このお姉さん、本当に神様なのかな?」

「うーん…でも、突然現れたし、常世町のことも知ってるみたいだし…」


 私も半信半疑だったが、今はこのお姉さんを信じるしかなさそうだった。

 しばらく歩くと、遠くに民家らしき建物が見えてきた。


「あれが私の家よ」


 お姉さんが指さした先には、古風な日本家屋が建っていた。

 屋根は茅葺き、壁は漆喰で塗られている。

 まるで時代劇に出てくるような家だ。


「わぁ、すごい!」


 ユウカが感嘆の声を上げた。私も思わず見とれてしまった。

 家の前に着くと、お姉さんに続いて門の中に入っていった。


 門の中に入ると、そこは綺麗な庭だった。

 大きな池、桜の木が生えている。

 今が夜なので、池の中を見ることはできなかったが、

 池には鯉が泳いでいそうだ。


 お姉さんに続いて庭を歩いて行った。

 しばらく庭を歩いていくと、玄関についた。

 立派な玄関だ。


「さあ、お上がり」


 玄関の引き戸開けた。

 私たちはお姉さんに続いて、家の中に入った。

 廊下は、新しい木の香りがした。


「こちらへどうぞ」


 お姉さんに案内されて、私たちは和室に通された。

 部屋の真ん中には大きな座卓があり、その周りに座布団が敷かれている。


「座りなさい。お茶を入れてくるわ」


 そう言ってお姉さんは部屋を出て行った。

 私とユウカは向かい合って座った。


「ねえ、アヤ」


 ユウカが小声で話しかけてきた。


「この家、なんだか不思議な感じがしない?」


 確かに、家の中は外の世界とは違う空気が流れているように感じた。

 静かで、時間がゆっくり流れているような感じだ。


「うん、なんだか神秘的な感じがするね」


 私が答えると、ユウカは頷いた。

 しばらくすると、お姉さんがお茶を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 私たちの前に、湯気の立つお茶が置かれた。


「ありがとうございます」


 私たちはお辞儀をしてから、そっとお茶を手に取った。


「さて、ねぇ。常世町に帰る方法だけど…。」


 お姉さんは、部屋にあった棚の前に移動した。

 そして、棚の一つを開けた。


 「あぁ、あった。常世町への出口はね。」


 お姉さんはそういうと、手に取ったものを私たちの前に出した。

 古びた手鏡だ。

 表面は曇っていて、何も映っていない。


「その手鏡が、帰るのに必要ってことですか?」


 私はお姉さんに聞いた。


「そうよ」


 お姉さんは頷いてから続けた。


「この鏡は、この世界からの出口になるの」


 お姉さんは静かに説明を始めた。


「まず、二人で鏡を持ちなさい。そして、目を閉じて常世町のことを思い浮かべるの。そうすれば、常世町への道が開くの。」


 そういってお姉さんは鏡を私に渡した。冷たくて重い。


「でも、使い方には注意が必要よ。この鏡に映るのは、あなたたちの本当の姿。それを受け入れられなければ、元の世界には戻れないわ」


 そのお姉さんの説明に、私とユウカは顔を見合わせた。

 本当の姿?

 それはどういう意味なのだろう。


「えっと?どういう意味ですか?」


 ユウカが不安そうに尋ねた。


「鏡に映る自分の姿を見たとき、驚いたり怖がったりしちゃダメってことよ。」


 お姉さんは、どこか含みのある言い方だ。

 私は少し怖くなってきた。

 でも、ユウカのほうはあまり気にしていない様子だ。


「大丈夫だよ、アヤ。」


 ユウカは元気にそうった。

 そして私が手鏡を持っている手を包むように、その両手で握った。

 そんなユウカに、私も勇気づけられた。


「分かった、やってみよう!」


 私がそういうと、ユウカもにっこりとほほ笑んで頷いた。

 そして、二人で鏡を持ち、目を閉じた。

 心の中で常世町を思い浮かべる。

 学校や図書館、住宅地。ユウカの家。自宅。

 すると、鏡が温かくなってきた気がした。


「目を開けなさい」


 お姉さんの声が聞こえた。

 言われるがままに目を開けると、手鏡の中に常世町の風景が映っていた。

 その手鏡のあちこちに移っている常世町の風景。

 その中に映る私たちの姿は…。


 鏡に映る私の姿は、半透明だ。

 半透明なだけで、他は普段の私と何も変わらない。

 一瞬、見えずらいと勘違いしたくらいだ。


 そして、ユウカは…。


「ユウカ…。」


 ユウカの姿は、まるで人型の光だった。

 人の形はしているけれど、全体が眩いばかりにピカピカと輝いている

 

「アヤ…私、こんな姿だったんだ」


 ユウカは怖がっている、というよりも興味深々という感じだ。

 不思議そうに自分の姿を見つめている。


「これが、私たちの本当の姿…」


 私も、手鏡の中の世界にいる半透明の自分を見た。

 そして、隣に映っている光り輝くユウカを見た。

 じっと、手鏡の中の世界にいるその二人を見ていた。


 不思議とその様子を見ていると、常世町にいる感じがした。


「良かった、二人は本当の姿を受け入れられたのね。あとは目を閉じて戻りたいと祈りなさい。そうすれば、常世町に戻れるわ」


 お姉さんは、そう言って優しく微笑んだ。


 私たちは顔を見合わせ、頷いた。


「行こう、アヤ」


 ユウカが私の手を取った。

 その手は、光のように温かい。


「うん!」


 私たちは目を閉じた。

 常世町に戻りたいと願う。


 すると、目を閉じているのにも関わらず。

 ぐるぐると回る感じがした。

 しばらく、その奇妙な感じを感じていた。

 

 そして気が付くと、その感覚が消えた。

 私は目を開いた。

 

 現代の常世町の風景だ。

 夕暮れの光が見えた。


 図書館前のバス停だった。

 私たちは常世町立図書館前のバス停に立っていた。

 それは、あの不思議なバスに乗る前に戻ってきたようだった。


「戻ってこれた…」


 私は周りを見回した。

 隣には、ユウカがいる。

 特に光ったりしていない。


「やった!戻ってこれた!」


 ユウカも隣で元気にはしゃいでいた。


 それから私たちは、バスを待った。

 ほぼ時間通りに来たバス。

 そのバスにユウカと私は乗った。

 そのまま図書館の前から住宅地へと戻る。


 バスの中では、ユウカと本当の姿やあのお姉さんのこと。

 不思議なバスについて話していた。

 ユウカとは、まるでどこか遠く旅行をしてきたように、さっきのことを話してた。

 そんな感じでユウカと話していて、私は一つ決めた。

 家に帰ったら、今日あった不思議なことをノートに記録しようと思ったのだ。


 私たちを乗せたバスは、そのあと時間通りに住宅地のバス停まで進んだ。

 バス停を降りる。


 そして、夕暮れの中でユウカと一緒に、いつもの住宅地を進んだ。

 今日はもう不思議なことは起こらないかな?

 …もっとも、そんなにたくさん不思議なことが起こっても困るんだけども。

 そんなことを考えながら、私はユウカと一緒に歩いていた。


 いつも分かれる場所で、お互いに手を振って別れる。



「アヤ、また連絡するー!」

「うん、待ってる!」


 私たちは、遅くなりそうだったので、そういって別れた。

 あとはスマホでのやりとりすることに決めてたのだ。


 私は、ユウカと別れて家までの短い道を一人歩いていた。

 一人で帰る道は、ちょっぴり寂しかった。

 

 

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常世の不思議クラブ 速水静香 @fdtwete45

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