第19話
フィクション世界を信じるか信じないかで言えば、答えは当然前者。
信じる方を俺は選択する。フィクション世界は無くても構わない。
それでも世界は正常に動いて、朝が来て夜が来るんだからな。もしかするとあるのかもしれない、そう期待してるだけで、その手の欲望は叶っていると言ってもいい。
どっちだっていいのさ、実際。
願わくば自分の身に神話レベルの厄介事が降りかかってこないかなんて、そんな益体の無いことを考えながら登校したり、突然家に美少女が召喚されてハチャメチャな生活を送る、ようなことを考えながら飯を食う。
それが楽しいんじゃないか。全部が全部起こり得るなんて、そんなことを考えているつもりも無い。そんなもん身体と次元が幾つあっても足りないだろうさ。
何事もほどほどが大事だということを、俺は学んだ。
あれから。
化野が消えてから、丸一月。平凡な日常が続いてる。相も変わらず面倒事なんて起きないし、叱翅とはいつも通り他愛も無い会話を交わしている。
何も起こらない生活。それはそれで確かに、かけがえの無いものだろうけども。しかしどうにも物足りない。一度蜜の味を覚えた人間は、もう蜜無しでは生きられないように。
俺も非日常を一回体験したからか、どうにもいつも通りが薄味だ。叱翅と話していても、まだそこに消えた化野がいるんじゃないかって、そんな気分になってしまう。
忘れたくても、忘れられない。
だからだろうか。あの日以降も、俺は深夜に出歩くことを止めていない。化野ともう一度出会えるかもと、そんな淡い期待は一切抱いていない。もっと違う、別のフィクションに巻き込まれないかと、期待しちまってるんだ。
そんなこと、起こるはずも無いのに。
深夜の住宅街。すれ違う人間は、当たり前だがいない。車が頻繁に通るわけでもない。ただただ静かな道を、俺は歩く。
「……また」
歩き続けて、そして俺は毎晩のようにそこへ来ていた。街灯とベンチ、それと滑り台ぐらいしかなく、あとは大した広さも無い広場となっている、住宅地に埋もれるように設けられたそこは。
化野と出会った公園だ。
「……何も、無いのにな」
白い息が口元から溢れ、景色を一瞬、ぼやかし消える。
毎晩のように訪れて、そして期待する。何も無いことを知りながらも、足は勝手にここへと向かって歩み出すのだ。
最早これも日課だな。期待と現実、その狭間に揺れながら、俺は生きている。
この公園に来てすることは。フィクションへの期待と、それから。
「……今日は見えるな」
空を見上げれば、莫大な光の粒が一面に点在していて。
いつも俺は、この景色を目に焼き付ける。
星の知識や星座の判別なんて、俺には無い。覚えるつもりも、またない。ただこうして、眺めるだけ。
『今見えている星は、実は消えているかもしれないんですよね。知っていますか? あそこにある星って、全部過去のものなんです』
そんな言葉が蘇る。あの時の化野は、笑ってなかったな。
今見えている星々、そのどれもが過去らしい。つまり俺は今過去に覆われているわけだ。まるでおとぎ話みたいじゃないか。
ただ、そんなロマンチックなもんじゃないだろう。この光源は、今まさにその瞬間に消えているのかもしれない。
これらの光は、星たちが残した最後の証。過去そこにいたことだけしか伝えられない、寂しい存在、なんて、化野なら言うだろうか。
……言わないな。
そもそもの話。
化野なんてやつ、いないんだ。幽霊なんかじゃなかった。いや、幽霊そのものは実在しない。幽霊だけじゃなく宇宙人も未来人も異世界人だって、いない。
この世界は現実だ。学校にはテロリストが攻めてこないし、俺は覚醒しないし、超能力が開発されるほど末来でもないし、魔法が跋扈しているわけでもない。
ただ学校に行って授業を受けて、たまに先輩と絡んで、家族で会話をして、休日には出掛けて、一日が終われば皆寝る。星は輝き続けるし、公園で幽霊と話はしない。
極めて日常的な光景が、絶えることなく続いていく。
当然だ。
それこそが人間社会で、現実。誰もここから逸脱しない。
当たり前のことなんだ。
世界はどこまでも変わらない。
何故ならこの物語は。
フィクションなはずないからな。
夜の教室は不気味で暗く、そしてどこまでも森閑としていた。何者も立ち入れない異様な空気。心音一つでさえ糾弾されかねないような、一種荘厳な位相として、暗闇に沈んでいた。
その中。不意に、声がくぐもって鳴った。
「……負けませんから」
「ご自由に」
対照的な明瞭とした声が響く。
そのすぐ後だった。教室に佇んでいた、長い黒髪をした少女が消えたのは。
その教室は異常だった。
何も無い。所定にあるべき椅子や机は後方にまとめられ、その他教室を教室足らしめる要素が、そこには圧倒的に足りなかった。あるのは机と椅子、それと大量の本と。
そして一人の少女のみ。
制服に身を包む彼女は、泰然と椅子に腰掛け、本を開いているようだった。光源が月明かりしかないなかで、しかしその少女は手に持つそれへと視線を落とし続けている。
やがて。その本は閉じられた。
読み終わった彼女の表情には、笑みが。決して崩れることのない笑みが、うっすらと張り付いているだけ。
「さて……」
そして彼女は。
その薄い唇を、緩慢に動かした。
――次はどんな物語が、拝めるだろう?
《了》
――この物語はフィクションであり、
実在の人物及び団体とは一切関係ありません
この物語はフィクションです。 秋草 @AK-193
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