第4話 紹介

ジクロロが家を出てから約10分が経とうとしていた。ナナホシはかれこれ5分前からずっと、大量のお菓子を両手に抱え、玄関ドアの前に座り込んでいる。


「そろそろお父さんが家を出てから10分...よし!もうバレないよね!」


ナナホシはそっとドアを開ける。顔だけをチラッと外に出し、周囲に人の気配がないか探った。


幸い外には人の気配はなかった。ナナホシはお菓子を落とさないよう気をつけながら、小屋の方へ走り出した。


「はあっ はあっ はあっ」


小屋の前に到着したナナホシはお菓子をポタポタと地面に落とし、その場に座り込んだ。かなり全力で走ったのだろう。


しばらくして息切れが治ったナナホシは、せっせとお菓子を拾い上げ、小屋のドアを開けようとした。


「あれっ!?」


おかしい、扉が開いている。ナナホシは中を恐る恐る覗いた。小屋の中には本とおもちゃだけが雑に散らかっており、サボテン人間はいなかった。


汗が引いたばかりのナナホシの背中に、一分と経たず再び汗が滲み出る。かなり好奇心旺盛だったあのサボテン人間が、少しばかりの本とおもちゃ程度で満足するはずがないと、彼女は今になって後悔していた。


ナナホシは今まで見たことないような、強い焦りの表情を見せる。しかし、彼女のそんな表情も、次の瞬間には一瞬にして打ち消されていた。


「え」


現在約午前6時、太陽は既に上空に姿を現し、ラストシティーを覆う巨大な屋根に存在する隙間から、光をこの街へ届けていた。しかし、それはほんの僅かなものであり、街の大部分は24時間どんな時でも闇に包まれている。不規則に設置されている街灯付近を除いて。


若干緑がかった怪しい光を放ち、定期的にカチカチと点滅する。そんな街灯は小屋のすぐ側にも一つ設置されていた。そしてそれが生み出す怪しい光のもとには、見慣れた存在が佇んでいた。


奴だ、サボテン人間だ。


ナナホシはさっき拾い上げたばっかのお菓子を放り投げ、サボテン人間の方へ駆け寄る。


「ごめんね!置いていって」


勢いのままハグしようとしたナナホシは、棘の存在を思い出し、ギリギリで踏みとどまる。しかしサボテン人間はナナホシの存在に気づいていないらしく、ただ光源である街灯を見つめている。


「光が好きなの?」


ハグをしようとしたため、棘に刺さるすれすれの距離にいるナナホシは、上目遣いで質問をした。


ナナホシの想像通り、返事が来ることはなかったが、サボテン人間は彼女の存在に気づいたようだ。


「よかった無事で。小屋の中に入りましょ、今日はここで寝よう!」


ナナホシが小屋の中に入る。部屋の中からサボテン人間の様子を伺うと、たった今街灯から離れたようで、ゆっくりと小屋へ歩いてきた。


小屋の天井からぶら下がっている小さな電球は既に役目を終えており、光を灯すことはない。壁に空いている小さな隙間から差し込む街灯の不気味な光だけが、小屋の中を微かに照らしていた。


「今日は人生の中でサイコーに興奮した日だったよ!」


ボロボロのソファに横たわったナナホシが天井を見上げながら足をバタバタさせて言った。続いて彼女は視線をサボテン人間の方へ向ける。奴は自分がどうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていた。


「あ!ごめん!そうだ、このソファ使っていいよ!私は床で寝るよ!」


ナナホシは慌てた様子でソファから飛び起きて、ソファをポンポンと叩く。そうやってサボテン人間にソファで寝るよう催促した。


何となく意味を理解したのか、はたまたナナホシの真似をしただけなのかは分からないが、サボテン人間はソファにゆっくりと横たわった。


「いいね。そのまま今日は寝ちゃお...明日は友達に君を紹介するから、エネルギーを補充しないとね...」


床に寝転がったナナホシは大きなあくびをする。しばらくして「すぅ...すぅ...」という小さな寝息が聞こえてきた。サボテン人間は音一つ立てずにソファに横たわっている。奴は常に沈黙を貫いてるため、寝ているのか起きているのか判断するのは困難であった。


人目のつかない小屋の中で二人は横になって朝を過ごした。


そのまま夕方を過ぎ、ラストシティへ差し込む光が全て消え失せてから数分後、午後8時を知らせる放送がナナホシを夢の中から呼び起こす。


夜がまたやってきた。


ナナホシがのっそりと起き上がるのを察知したサボテン人間は、頭部を素早く彼女の方へと向ける。


「おはよ。ゆっくり眠れた?」


ナナホシはぐいっと背筋を伸ばしながらサボテン人間に問いかける。案の定奴から返事は返ってこない。結果独り言を言ってしまった訳だが、そんなことを考えられるほどに覚めきっておらず、まだぼんやりとしている彼女の頭の中に一つ考えが思い浮かんだ。


「あ!もしかして君って植物と同じように水とか光とかいる感じ?」


植物のことになった途端急激に目が覚めたナナホシはすぐさまドアを開き、付近の塀から飛び出ている蛇口をひねった。


バシャバシャと涼しげな音が聞こえるのを察知したサボテン人間は、どたどたとナナホシの元へ走り出した。


サボテン人間から溢れ出る明らかな喜びの感情を読み取ったナナホシは少し笑ったあと、蛇口にホースを取り付け水を勢いよく奴にぶちまけた。ついでに彼女も自分の顔を洗い、蛇口を閉めた時には二人ともサッパリした雰囲気を醸し出していた。


ナナホシは顔を拭きつつ、建物の隙間から時計塔を覗く。薄汚れている巨大な時計は、午後8時20分を示していた。


(もうすぐみんな集まってきちゃう。急いで作戦を実行しないと!)


なにやら作戦を企てているナナホシは小屋の中に入り、その中からサボテン人間を手招きで誘い込んだ。


意外にもすんなりと小屋の中に入ってきたサボテン人間と入れ替わるようにナナホシは外に出た。


「君みたいな特別な存在をただ普通に紹介するのはつまらないでしょ?だからさ、少しここで待ってて!私がちょうどいいタイミングでドアを開けるから、そしたら飛び出してきてね!」


サボテン人間が言葉を理解しているのかは分からないが、友達をびっくりさせるためナナホシはちょっとした賭けに出ることにした。たまたまなのか、理解しているのか、サボテン人間は小屋から出ようとはしなかった。


しばらくして、話し声と楽器の音が聞こえてきた。ナナホシはサボテン人間に「よろしく!」とだけ伝え、ドアを閉める。


「おっさん!ここらじゃ確かに人は少ないけどさ、もう少し音を小さくしてくれよ!」


「ソーリー、アリマキ。そんなに大きかったかい?」


「デケェよ!せめて耳横で演奏するのだけはやめてくれ!」


「あんたら仲良いねー」


ナナホシにとって見慣れた3人が姿を現した。


「おはよう、ナナホシ君。なんだか嬉しそうだね。ナイス表情だよ!」


ギターのような楽器を持った中年の男性が一番 最初にナナホシに声をかけた。


「おはよ!ムニエールさん!えへ、分かっちゃった?」


ナナホシはにっこりと笑う。その表情を見て密かにドキッとしている少年がいた。彼はそれを隠すように急いで問いかける。


「おはよ、ナナホシ。なんでそんな楽しそうなんだ?」


少し耳を赤くしている少年を見てニヤリとしている女性が続けて口を開く。


「なんとなく私たちにサプライズがあるって顔してるね」


「おはよ!アリマキと、アントお姉ちゃん!その通り!今日はみんなにサプライズがあるんだ」


ナナホシは驚いた表情で答えた。


名前を呼ばれて耳を赤くするアリマキを見て、アントが再びにやけていた。視線を感じとったのかアリマキはアントを睨みつける。焦ったアントはこの場をやり過ごすためナナホシを急かした。


「ナ、ナナホシちゃん、焦らさずに早く教えてよ〜」


「そうだね!今日はなんと...新しい友達を紹介します!!」


ナナホシは小屋のドアに手をかける。三人の視線は小屋へと向いた。


「まさか、ここに来て新しい友達ができるなんて嬉しいよねえ、アリマキ。男の子かな〜?」


アントがアリマキをからかう。アリマキは恥ずかしそうな表情で一言「しらね〜よ」とだけ言った。


「多分男の子かな...?フフン、三人とも驚かないでよ?」


三人は多分という言葉が少し気になったが、何も言わなかった。


「新しい友達はこの小屋の中にいます!ドアを開けるね〜...」


ナナホシはドアをゆっくりと開ける。


すると中からサボテン人間が勢いよく飛び出してきた。どうやら先程のナナホシの言葉を理解していたようだ。


三人とも強く驚いたが、その表情はナナホシの望んでいたものとは異なっていた。


サボテン人間を見るや否や、三人は数歩後ろへ下がる。


ムニエールは楽器を強く握り締め、アリマキは大きく口を開いている。そしてアントはそんなアリマキを庇うように、彼の前に立っていた。


三人とも異なる行動を取っていたが、その表情から読み取れる感情はどれも同じで、「恐怖」と「焦り」であった。













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サボテン人間 みずかきたろー。 @mizukakitaro

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