最終話 二番目の彼氏

 その日は、唐突に訪れるらしい。

 私が阪島と交際するようになって二年、彼が交通事故に遭ってしまうのは。

 葬式では延々と泣いて、親戚の人を困らせてしまうこと。でも、そこまで彼のことを想ってくれる人はあなただけよ、という言葉を抱き締めて、私は彼と死に別れた。


 それから、酒に溺れた。アルコールで意識が失くなり、友人が私の部屋を覗いた際に意識が錯乱状態の私を通報し、入院することになった。


 そのとき、予定だったのが、黒田礼二医師。


 彼は私をずっとケアしてくれた。彼は精神科医だったが、心まででなく、内面まで治療してくれる良い医者だった。

 退院日。彼は私に交際しないか、と訊ねてきた。


「こんなメンヘラ女のどこがいいんですか?」


「君は、自分が思っているよりも儚げで美しい女性だよ」


 そう言って微笑んでくれた。


 しかしその二週間後、私は心中したらしい。


 結局、阪島のことを忘れられなかった、というわけだ。



 ♡


「レンタル彼氏ってのはね、君にとっては未来のあなたの恋人であり続けているから、それ依然の女性にはレンタルなんだ」


 私は、酒をずっとちびちびと飲んでいた。

花の金曜日だからって楽しみに準備していた酒たちだ。


「君にはふたつの選択肢がある。阪島さんに交通事故のことを伝え、それを防ぐか、私と駆け落ちするか」


「あんた・・・・・・本気?」


 彼の言葉には、納得しがたい部分もある。けれども、不思議な説得力があった。

 すると彼は少し涙ぐみながら、謝ってきた。

 

 どうしても、君を喪いたくないんだと。


 私は返す言葉を失った。

 するとコトン、と砂が全て下に落ちた。

 黒田はいなくなった。



 それから、私は砂時計を使うことはなかった。

 その代わり、その心の溝を埋めるように阪島と一緒にデートした。エッチもした。そして彼からの告白で、付き合うようになった。



 私は、阪島が交通事故に遭うっていう日に、図書館にいた。

 そして、彼――阪島が私の前に訪れた。


「すごいね。君って知識人だったんだ」


「その言い方、皮肉?」


「なわけないだろ」


 そこで夜まで過ごしていた。


 ここの勉強スペースで、まだ学生だった黒田がいるとは知らずに、秋月と阪島は幸福を噛み締め合っていた。


 それから舗道を歩いていると、車のヘッドライトがこちらに向かってきた。

 バッグからことん、と砂時計が落ちる。

 誰かの背中が、逆光越しに見えた。


「危ない!! 黒田くん」


 ドンっ、と引かれた衝撃音はあったが、倒れている人はいなかった。


 ♡


「あれ? 先生。どうして服が砂だらけなんですか」


「ちょっと事故に遭ってね」

 黒田は白衣を脱いで、ナースの質問に答えた。


「普通、事故にあったら服が汚れるぐらいじゃあすまないと思うんですけど」


「いや、ちょっとね」


 そう言って黒田は、診察室に入った。夜の満月の月明かりだけが、部屋に差し込んでいる。

 膝を折って、溢れる涙を拭った。


 幸せになってくれ。秋月さん。


 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酒カスOLとレンタル彼氏とのタイムトラベルプルーラブ? 柊准(ひいらぎ じゅん) @ootaki0615

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ