第19話「別れてよ、愛」


























 年末は約束通り友達が私の部屋に集まって、お酒は飲めないからジュースやお菓子なんかを持ち寄ってとりあえずワイワイ過ごす。

 テレビをつけてカウントダウンを迎える頃、愛は隣の部屋で多分もう寝ていて、なるべく騒ぎ過ぎないように友人達には定期的に注意を促した。


「てか、そうだ。常呂さんとは仲直りできたの?」

「おかげさまで…」

「え、てかさ。ぶっちゃけ常呂さんって、普段どんな感じなの」


 そして話題は愛の話になり。

 みんな、あまり関わりは持てないけど興味津々らしく私を囲うようにして私の言葉をワクワクとした表情で待った。


「べ、別に……普通だけど…」

「普通って何」

「普通は普通。…愛も、普通の人間だから」


 自分で言っといて、誰よりも愛を人間扱いしてないくせに、と心の中で悪態をつく。

 ……そう、私は愛を人間扱いしてない。

 いつからか、まるで本当のロボットみたいに思えてきちゃって、ひどいことばかりしてる自覚はあった。

 愛も愛で、それを受け入れてくれちゃうから余計に二人の関係は歪んでいく。


「今さ、常呂さん何してるのかな」


 友人のひとりが、隣の部屋にいるであろう愛の方向を見ながら不意に呟いた。


「せっかく同じ家にいるんだから、誘っちゃおうよ」

「っだ、だめ!」


 もう一人の友人が便乗して、私はそれに言いようのない焦りを感じて声を荒げた。

 友人達は驚いて私を見たけど……他の人にプライベートで気を抜いてる愛を見られたくなくて、必死に首を横に振った。


「絶対だめ。みんなに見られるなんてやだ」


 意地でも譲らなかった私に周りの子はドン引きしていて、


「芽紗……常呂さんのこと好きなの?」

「レズなのはいいけど……その束縛はやばいよ。それじゃあ常呂さん友達もできないじゃん」

「さすがに可哀想だよ」

「っ…私達のことなんだから、関係ないでしょ!」


 みんな好き好きに物を言うから、私も私で自分勝手に言い返したら、友人のひとりが呆れた吐息を吐いた。


「芽紗……話聞かせてよ。なんでそんな風になっちゃったの」


 他の友人は優しくて、ひとりが話を聞く方向に持っていってくれたけど……何も言わず首を横に振る。

 言えば、自分がやばいやつだと認識されることが分かっていて、それも嫌で話すことができなかった。それが悪手だと、分かっていたのに。

 その日は結局、友達を帰らせてまで愛とのふたりきりの空間を守った。


「愛」

「…なに?芽紗」


 部屋に行けば、愛はまたパソコンに向かってひたすらキーボードを叩いていて、


「何してるの?」


 と聞けば、


「いつバイトをやめてもいいように、ネット上のお仕事の実績を作ってるの」


 以前、私が言ったことを忠実に守ろうとしていたことを知った。


 私は好き勝手、友達と遊んでたのに……その間、愛はずっと私に縛られる中で、それでも文句一つ言わず生きてたんだ。


 物も少ない部屋で、たったひとり。


 そう考えたら、なんだか閉じ込められた可哀想な人間に思えて。


「別れ…たい」


 もう解放してあげたいって気持ちが働いて、絶対に言いたくなかったはずの言葉が口をついて出た。

 愛はいつもみたいに、すぐには「いいよ」とは言わなくて、私の次の言葉を待ってるみたいだった。

 それも、まるで命令を待つだけの奴隷か何かに見えちゃって。


「私と別れて、愛」


 今度は、少し強めの口調でそう伝えた。


「……うん。いいよ」


 頷かれて真っ先に感じたのは、寂しさよりも安堵だった。

 これで愛を解放してあげられる。

 私と関わらなくなれば、彼女は自由に飛び立って生きていける。…もしそうなら、それが一番いいから。


「芽紗とこれからも関わり続けられるなら、いいよ」

「え、いや……友達には戻らないし、同棲も解消する予定…だけど」


 だけど条件を提示されて、反射的に断れば……愛は目をぱちくりさせて面食らった顔をした。…珍しい、そんな顔。


「わ、別れるの定義を教えてください」

「え…?や、普通に、別れる…」

「普通に、とはなんですか」

「いやだから、もう関わらないって意味」

「なぜですか」

「別れるから」

「……友達には、もう戻らないということですか」

「う、うん……そうだけど…」


 これまた珍しいことに、愛の顔が今にも泣きそうな顔に変わる。…悔しそうにも見えた。

 初めて見る表情に戸惑いながら、何を考えてるのか気になって質問しようと口を開けば、先に彼女の口が開いた。


「やだ」


 そこで、思ってもみなかった……そして、ずっと望んでいた言葉を聞けた。


「別れたくない」


 明確に、愛の意思を持って伝えられた感情は、心にストンと最大級の幸福を落とした。

 言われてすぐは自分でも理解が追いつかなくて、何を言ってるのか分からなかったけど……じわじわと、歓喜が心を包んでいく。


「愛……今、なんて?」


 放心状態で聞き直せば、目を閉じた愛の瞳から涙がひと粒、綺麗に落ちる。


「別れるなんて……芽紗ともういられないなんて、やだ」


 泣き声みたいな愛の願いを聞いた瞬間。


 自分の中で、何かが弾けた。


「ごめん」


 泣いてる顔さえも美しい彼女を抱き締めて、ただ一心に謝る。

 まさかこんなにも、泣いちゃうくらい私と離れたくないと思ってくれるなんて……なのに、なんてことをしたんだろう。


「私も、別れたくない。ごめんね」

「……ん…いいよ」


 反省した私を、彼女はすんなりと許してくれた。


 心の広い愛が愛おしくて微笑めば、どうしてか悔しい顔で下唇を柔く噛んでいた。


「私…芽紗には勝てないみたい」

「え?」

「愛してるから。…惚れたものの負けです」


 さらり、と。


 欲しかった言葉をくれた愛に、じんわり涙が浮かんでくる。


「なんで今、それ言うの〜…」


 今まで散々、好かれてるか試したくて、意地悪なことばっかしてきて……それなのに。


 最初から全部、そんな必要なかったなんて。


 気がついた瞬間に襲ってきたのは嬉しさよりも、言いようのない罪悪感のようなもので。


「私、ひどいことばっかしちゃったのに…」

「?……何も、ひどいことはされてないよ」


 キョトンと首を傾げる愛は、ただただ純粋に私を好きで居続けてくれただけの健気な少女で。


「ごめんね、愛……私も、大好きだよ」

「…うん」


 こうして、私達は無事にちゃんとした恋人同士になれた。








 


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全肯定BOT︰愛−AI−ちゃん 小坂あと @kosaka_ato

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