第18話「愛ちゃん視点」

























 無色透明な視界に彩りを与えてくれたのは、彼女の笑顔だった。


 生まれた時から感情が希薄で、いわゆるサイレントベビーと呼ばれることもあった私は、それでも両親からの愛を受け順調に成長していった。

 両親も私と同じく感情が希薄な人達で、会話も常に敬語だったりと、他の家庭と比べ変わった家族ではあった。

 そのおかげで周りに比べ大人びていることも相まって、友達なんかはひとりもできなかった。


 無自覚の孤独が心を支配していく中。


「…友人はできましたか、愛」

「……必要性を感じていません」

「学校を社会の縮図と捉えれば、また違った視点が生まれますよ。お父さんも、そう思いませんか」

「…他人と馴れ合う必要はないが、最低限のコミュニケーション能力を備えておく事は重要です。愛にもいずれ、その大切さを知ってほしいところではあります…が、無理にとは言いません。愛のできる範囲で、僕は構いませんよ」


 心優しい父と母は、私に友人が出来ないことを暗に心配していた。

 その期待に応えようかと、一時は迷いもしたけど、結局あまり必要性を感じられなくて、高校生になるまでついに私には“友人”と呼べる存在ができなかった。

 周りの人間も、私を変人だと扱って近寄ろうともしない。

 ただ、それはごく当たり前のことで、性質が違うものを受け入れがたいという人間の心理は理解していた。

 だから、たいして気にも留めていなかった。

 自分は自分、他人は他人と割り切っていたのも相まって、関わらずとも生きていけるならそれで良い程度に思っていた。


 そこへ、彼女は現れた。


「常呂さん、一緒にお昼食べよ?」


 隣の席になった彼女⸺高橋芽紗は、私の態度を気にもせず積極的に話しかけてくるタイプの少女だった。

 ……珍しい。

 最初は驚きと戸惑いを抱えながら、せっかくのお誘いは断らず乗ってみることにした。…悪意を持って接してきてる訳でもなさそうだったから。


「このいちごみるく、うまいの!おすすめ!」

「……そうですか」

「常呂さんも、飲んでみる?」

「……はい」

「じゃあ買ってくるね!ちょっと待ってて」


 私がどれだけ通常通り……周りの人から見れば“冷たい”、“機械的”と思われるような態度で接しても、彼女は嫌な顔ひとつせず関わり続けてくれた。

 自分とは違って表情豊かに接してくれるのが、人間味に溢れているのが、始めは見ていて面白かった。

 

 そのうち、他の人が灰色に見える中……芽紗だけは色のある人間に映るようになった。


 私は彼女を愛している。…そう、早い段階で悟った。

 いついかなる時も私を肯定し、受け入れてくれる彼女を愛するようになるのはごく自然なことで、ただそれが友愛なのか性愛なのか恋愛なのか、私には判断のつきようもなかった。

 人間らしい感情を与えてくれた芽紗は、私にとってまるで女神のような存在でもあった。

 故に、神である彼女の命に従うのは当然のことで、他の人間と何ら変わらない信仰心を持って、私は教祖とも言える彼女を崇拝していた。


 しかし途中から、醜い雑念が混じった。


 もっと、色んな顔が見たい。


 笑っている彼女は輝くほどに綺麗だけど、そうじゃない。


 怒った顔や、悲しい顔、寂しい顔……負の感情も全て、私起因のものであってほしい。


 彼女を、困らせてみたい。


 最後には困った顔が見たいと、邪な思いを抱くようになってしまったのだ。


「あのさ、愛」

「うん、なに?」

「私と付き合ってよ」


 そのタイミングで、史上最高に舞い上がった告白をされた。


「……ん。いいよ」


 断るという選択肢があるはずもなく頷けば、私の女神は衝撃を受けて、綺麗な瞳を困惑で揺らした。


 そう、その顔が見たいの。


 ごめんね、芽紗。


 私、あなたの企みにはずっと前から気付いているの。


 私に、「やだ」って。そう…言わせたいんでしょう?


 でもね、言わないよ。


「ね、ねぇ」

「ん…?なに?」

「付き合ったんだし、キスしようよ」


 かわいい。

 またそうやって、私のこと試してるの?

 そんなことしても、無駄なのに。


 だって嫌がる理由もなければ、


「……いいよ」


 あなたの困り果てて追い詰められた顔を見れるんだもの。


 本来ならば許されない。こんなにも不敬なこと。

 でも、女神が人間になる瞬間を見たくて見たくてたまらない。

 はじめはちゃんと人間だと認識していたはずなのに……いつからか私の中で神格化させてしまった彼女を、また人間へと引き戻したくなって仕方ないのだ。


 気が付けば、誰よりも人間らしい歪んだ感情を、彼女のおかげで持つようになっていた私は、それからも「いいよ」と言い続けた。


 その度に傷付く顔を、焦る顔を、困る顔を、一生死ぬまで忘れないよう目に焼き付ける。

 セックス中のかわいい声も、何もかも。

 聞き零さないよう、この脳から消えてしまわぬよう記憶に濃く刻み込んでいった。

 特にかわいい芽紗の、滅多に見せてくれない胸元はしっかりと見つめた。…見ると恥ずかしがるのも、可愛らしくて。


 全てが愛おしくて、大切で。


 色があって、綺麗で。


 だから、だからね。


 愛してる、芽紗。


 愛しいあなたを、私は絶対に手放さない。


 手放したくない。


 だから許される限り期待に応えないで、一生、“いいよ”って言い続けるから。


 そのまま、いつまでも執着し続けていて。

 

 







 だけど結局、私はいつも彼女の掌の上。


「やだ」


 彼女との勝負には、負けてしまうけれど。













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