49.おまじない
研究部門の統括部長さんが仮称研究職員村なんて言っている場所に来て、思いがけずスライムの謎茶の材料のことがわかった。
預かっている妖獣たちが膝丈くらいある草の中を駆け回ってかくれんぼしながら遊んでいたが、「世話係~」と戸惑って呼ぶ声が聞こえたので、声を頼りにガサガサ進んだ場所にスライムがいた。トーマスのところから空き瓶を貰った際の籠を頭に乗せて。そこが頭なのかは確定していないけれど。
籠の中には香草や薬草と思われる草が入っていて、私がスライムを見つけたときは、まさに土から草を刈り取る瞬間で、刃もないのにスパッと刈っていた摩訶不思議。
「ここが採集場所だったんだね」
……。
怒ってはいないよ? なんで無反応かな?
山小屋からここまでななかなか距離があるけど、トーマスの牧場まで行っていたようだし、跳ねる力もなかなかあるのも知ったから距離は問題ないのかもしれない。
部長さんとモラさんも近くに来てくれて、数十年前にこの場に職員が住む家々があった時代に花壇や畑があって、そこに香草や薬草があり、それらが自生して生え残っているんだろうと推測の雑談。
モラさんはスライムの頭の籠を覗いて驚いていた。
「わぁおっ! この薬草もここに生えてるの? これが生えているのはちょっと貴重だって! 開拓するとき全部掘り起こしちゃうのもったいないなぁ」
トゲトゲ!
「え? え? なに?」
トゲトゲトゲトゲトゲ!
「うっわ……。トゲだらけスライム……不気味……。ねぇリリカー、これってもしかして、もしかしなくても掘り返し」
どろり……シュワー……シュワー……
「げっ。溶解液出し始めちゃったじゃんー! 草が溶けてる~! 掘り起こしちゃうって言ったアタシの言葉の意味がわかって怒ってる?」
「アタマ、イイんデスよネー」
「感情の死んだ回答ありがとう。はぁ、スライムってこんなに知能あった?」
「私も驚いてます」
「まあ、もう、コイツはそういう存在ってことで受け入れるしかないか。まっさらな更地からスタートって思っていたんだけど。そんなことしたら、アタシのガウンやズボン、また穴だらけに溶かされる?」
「わかる範囲で薬草と香草らしき草を退避してからって無理なんでしょうか?」
言ってみて草茫々の中から選別するのは大変そうだと気づく。
「そうね~。大変だけど、この薬草の種はちょっと高くて何気に生育が面倒なんだ。自生しているなら強いだろうし、買い直さなくていいならアタシも使いたいしー。うー、面倒っちゃ面倒なんだけどー! スライムさんよ、薬草の場所を教えてくれるかい? そうしたら退避させようかな?」
ブヨンッ! ブヨンッ!
「おおう。まさか今の揺れは手伝うってこと?」
「た、たぶん、そうかと」
スライムは揺れたあと、籠の中をモラさんに見せるように体を縦に伸ばし始め、どこまで伸びるの?
「わかった! わかった! そんじゃわかる範囲で香草と薬草を退避しよう! ブチョーッ! 土木チームに草の退避作業の依頼出しますからねー!」
モラさんの言葉に頭に乗せている籠を左右に揺らしたスライム。部長さんは妖獣たちと小川を見に行ってしまい、「できる範囲でならモラに任せる~」と声だけ返ってきた。
スライムのわがままで面倒な作業を追加してしまったことが申し訳ない。
私としてはスライムによる掃除しろ攻撃が減るので、謎茶作りをしたいならさせておきたい私の思惑もチラリとあり、ついでにチビの草むしりの練習をここでやらせればいいんじゃないかと気がついた。
「ぶはっ! チビってば草一本抜くのに大穴掘っちゃうのか! でも、ありがたいかな。あの先の先まで全部掘り起こしたいからさ。実はチビの
チビのほぼ爆破に近い土堀りが役に立つかも知れないとは。まだ承認途中とのことだがおそらく許可になるだろう。
モラさんとそんな話しをしながら、一度車両と浮遊バイクを停車したところまで戻って、私はバイクの椅子の下に入れてある用具類からボウルを取り出し、モラさんはバケツが積んであったとそれぞれ持って小川の水を汲む。
そして汲んだ水をスライムが溶解液を出して溶かしてしまった草と園周辺にかけまくった。
「これだけかければ薄まりましたよね」
「水もけっこう冷たいから効果も薄まったかな」
モラさん曰く、スライムにガウンを溶かされたときは五分くらいで溶解しなくなったという。かなりびしょびしょにしたから被害は広がらないだろう。
私が見る限り、小川にとくに面白いものはないのだが、部長さんと妖獣たちは小石を拾っては笑いあってなかなか戻ってこなかったが、そろそろ帰りましょうと叫び、妖獣たちは私の浮遊バイクの後に乗ったきたり、浮いていたり。なお、スライムは前かごにちゃっかり乗っていた。いつの間に。
部長さんとモラさんとは途中で別れて山小屋に戻ると、山小屋の近くにまた穴が空いていた。人一人分の大きさになっていたからチビも多少は成長しているのだろう。しかし、疲れ切っているオニキスには申し訳ない気持ちで一杯になった。
仮称研究職員村の開拓の話しと香草と薬草の退避のことを言ったら、チビは「草むしりー! ドカンドカンと土掘りー! やるやるー!」と、とてもやる気に満ち溢れ、すでに伐採班の依頼を受けているオニキスは「草の退避なんざメンドクサーッ!」と言い、スライムに何度もぶつかられていた。オニキスは畑仕事も卒なくこなすが、どうも土いじりなどは好きではないので反応は想像通り。
山小屋に戻ってきた妖獣たちがこっちにある小川でも遊ぶと言うので、「痺れ辛子は興味があってもちょびっとしか齧らないこと」と注意したのに、数匹の妖獣たちが興味津々に一枚の葉を分けて恐る恐るパクリと食べ、予想通り悶絶していた。つい先日も痺れ辛子の葉を一枚丸ごと食べて悶絶した妖獣がいたけど、人も妖獣も興味あるものへの衝動は止められないものらしい。食べなかった妖獣たちは笑っていたり、呆れていたり。
痺れ辛子の葉を食べた妖獣の体調がよくなるまで見守らなければならなくなり、その日の夜は小さい妖獣ばかりだったので山小屋のテラスに集まってもらって寝てもらった。
夜にリーダーから班のメンバー全員宛連絡が入り、リーダーは微熱程度だが接種した腕がパンパンに腫れて服が擦れるだけでも痛く、何より頭痛が酷いという。メイリンさんは高熱と高熱による全身の筋肉痛、加えて頭痛と接種箇所の腫れも酷く、リーダーの声の後ろから唸るようなつらそうな声が聞こえてきた。予防接種後に処方される鎮痛剤を服用していても相当つらそう。
そんな連絡を受けていたら痺れ辛子の葉を食べた妖獣の体調もよくなり、寝てほしい夜なのに走り回って遊び始めてしまった数匹。
たまたま通りかかったキィちゃんが「遊びたいなら遊んであげる」と強制連行していった。チビが「いいの?」と心配していたが、このシャーヤランに数百年といるキィちゃんに逆らえるわけがない。預かっている妖獣だと認識しているから朝には返してくれる。
朝起きたらへとへとぐったり泥まみれでぐっすり寝ていた数匹の妖獣たち。トーマスにお願いしていいお肉を食べさせた。
浮遊バイク訓練四日目からは整備班の先輩さんがトウマと一緒に浮遊バイクの整備で鼻歌交じり。バイクの整備も仕事なのだが半分以上は娯楽でやっていないかと言いたくなる盛り上がり。ついでに私の浮遊バイクも整備してもらったので文句は言わなかったけど。
そして浮遊バイク訓練最終日は、中級ライセンスの試験コースに見立てた訓練を何度も繰り返して、コロンボンさんにお墨付きをもらえた。試験は下の街にある訓練場で受けなければならないので早々に申込みをしよう。
ということで、今日は私の予防接種日である。
リーダーとメイリンさんは二日間の予防接種休暇から復帰。腕の腫れが引ききらず動かしにくそうだったが、一日半くらいで熱が下がり、頭痛もおさまったという。
シード先輩はリーダーが無事に復帰してきたので昼前に受けたと聞かされた。なお、ニット先輩は昨日夫婦揃って受けて、高熱には至らないものの副反応の頭痛と倦怠感でダウンしている。
昼食を摂った食堂でチラホラ聞くと、今回の予防接種は副反応の出る率がなんとなく高め。予防接種の成分は毎回流行する予測で代わるから、副反応の有無は毎回違う。
私も最悪二日間寝込むことを踏まえて職員寮の売店で食料を買い込み、昼食後にシレッと姿を消したトウマを整備班の班長さんと先輩方々に連絡して捕まえて、一緒に予防接種。
「打つと熱が出るから嫌なんだよー!」
「季節性の風邪にかかったらもっと酷いんだから嫌がらないのー!」
トウマにはブツブツ文句を言い続けられたがキコエマセン!
予防接種を受けたあともまだブツブツ言うトウマを売店に連れていき、カートを押させて寝込む予定のトウマに食料を買い込ませる。昼食後に逃げるから買い物が二度手間になったじゃないか、まったくもう。
お互い二日間寝込む想定でこの日は別れを告げるが、私の浮遊バイク中級ライセンスの訓練は終わったので、次に会う約束がないのが寂しい。
「明日明後日はきっと俺は寝込む。だから明々後日に連絡する」
寝込むことを堂々と宣言することでもないと思うが、トウマは予防接種を受けて高熱がでないことがないというから若干憐れみを覚えた。
「うん、わかった。水分補給だけはしっかりね」
「お前もな。何かあったら俺……は何もできないだろうから、お前んとこのリーダーとか医務室直でも連絡しろよ」
会う約束ではないけれど、連絡を取り合う約束ができたのでちょびっと嬉しい。私って単純だな。
さて、私は予防接種の副反応とは別の対策がある。
山小屋に戻れば、先に話しておいたからチビが待っていてくれた。
「チビ、今日はよろしくね」
「うん。熱出そう?」
「わからない。熱出ないといいなー」
「……うん……」
普段はまったく夢を見ないのに、高熱に苛まれると夢を見ることが多い。
私の中にある謎の誰かの記憶。
命の気配のない、絶望だけが広がる、とても苦しい、あの記憶──
ブヨン!
「うん? あ、スライム、そういえば前にリーダーを起こしに行ってくれたけど、あそこにはもうリーダーは住んでないからね。無理して職員寮や牧場に行かなくていいからね」
「ヤバそうだったらオレっちがリリカを連れてバビュンと運ぶ!」
スライムがどれくらい理解しているかはわからないけど、ゆっくりと揺れて寝床にしているシンクの横のボウルに入っていったので無駄に誰かを叩き起こしにいくのは止めてと言ったのはわかってくれただろう。
最悪の最悪を考えて、チビに甘えて管理所に飛んでもらうためにチビと一緒に寝ようと決め、今日は寝袋で寝る。
本当なら高熱でしんどくなるならベッドで寝たい。
リーダーとメイリンさんに泊まりに来ていいと言われたけれど、夢に魘されるかもしれないことを考えたら、チビの側にいたい気持ちが大きかった。
あの夢は何度見ても怖い。
夢の中のあの砂に埋もれきったら、私は生きて起きれないんじゃないかと思うほど。
たまに歴史書を漁ってもあらゆる生物が絶滅した歴史が書かれている時代考察はない。それはそうだ。夢が見せたあの世界に生きていた人がいるとは思えない。歴史として記すことなんてできやしない。
チビもゴゴジも首を傾げるばかりで教えてはくれなかったが、妖獣だけが知る歴史の一幕なのかと考えることがある。妖獣は何でもかんでも教えてくれるわけじゃない。教えてくれないことは知らないほうがいいこと。突き止めてはいけない歴史なんだと自分に言い聞かせている。
あれは夢。夢なんだと。
寝袋をごそりごそりと用意しはじめたら、接種したところが地味に痛んだ。
「去年も注射したとき言ったけど、やっぱりベッドで寝るほうがいいと思うんだけど。オレっちがリリカの部屋の窓のとこに浮いて寝るよ?」
「明日の朝ルシア先輩が来たらベッドで寝るから大丈夫」
近くではなく、チビの側にいたいのだ。チビのひんやりした体に触れていたいのだ。
これまでの経験で高熱にならなければあの夢は見ないはず。だから熱が上がらないことを祈るしかない。
あとはチビといればあの夢は見ないというおまじないを自分にかける。
「むー。オレっちはいいけど、リリカの体を休めることを考えたらベッドで寝るとか、誰かに泊まってもらうとか……」
「次のことは次のときに考えよ! まだ決定ではないけど私の住まいも引っ越しになったら、来年は研究部隊の職員さんたちが近くに住んでいる状況になるし」
「……それはそれだけどさー。……あのさー、言いたくなかったけど、トウマとはどうなってんの? お付き合い進めようね?」
なんとなくチビがリーダーと同じことを言い出しそうな気配。トウマとの同棲は考えているのかと聞きたいんだろう。
そう言われても恋愛の進行ってどうすりゃいいんだろうね?
「ちょっ、ちょっとは進んでいると、思う、多分」
「もー! トウマもトウマだよ! せっかく訓練中は一緒の時間だったのに、バイクバイクバイクバイクって!」
「一応、アレもトウマの仕事だからね」
「訓練前の話しだとリリカの訓練の補佐って聞いた! なのにバイクばっかいじってさー!」
あ、チビがちょいおこ。
チビは私が浮遊バイクの訓練のときは離れて草むしりの練習に夢中に見えていたけど、ちゃんと私を気にしてくれていて、チビから見てもトウマの姿は説教案件だったらしい。
コロンボンさんから毎日ネタのように「ホントおたくら付き合ってる?」って言われたりもしたけど、トウマだけが悪いわけじゃない。トウマも私もお互いに歩み寄れていないのだと思う。
「私もさ、『付き合うってどうするんだ?』って手探りだからさ。もう少し見守って」
「むー。まぁ連日昼食が一緒だっただけでもいいかー」
「うん、そう! だいぶ、そう!」
「リリカがそれでいいならいいけどさー」
渋々納得した言葉を吐きながら、不納得を顔全体で表現するチビ。
私とトウマの仲はカタツムリ並みに歩みは遅いけど見守ってね。
チビと私の平々凡々 愛賀 綴 @nanina_tsuzuru
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