9-10 碌でもない目に遭いそうな気がする

 待機期間中に朝ビールを飲んでいたら、上司から電話があった。


 次回赴任地が決定したので二日以内にソコを出ろと言われた。


 おや、今回は本当にどうしたことだ?

 普通なら即日撤収が常だと言うのに。


 現状待機という名目の休暇を寄越すわ、引き払う時間も四八時間以上の猶予を与えるわ、コレまでに無い待遇だ。

 そういや片桐一尉とかいうあの怪しげな士官の情報もホイホイ教えてくれたし、いったい何を企んで居るのか。


 次の赴任地の概要をボンヤリと聞きながらそんなコトを考えて居たら、お前は自衛隊に興味は在るか、と訊かれた。


「は?唐突に何の話ですか」


 いつもなら切れ味スルドイ嫌みったらしい物言いをする御仁だというのに、何故か歯切れが悪い。

 何度か聞き直した挙げ句、持って回った言い方をしたその内容に寄れば、どうやら「あたしを引き抜きたい」という話が来ているというものだった。


 しかも迎える先が情報部。

 新設部署の副室長待遇でアドバイザーという役割らしい。

 残刑カウンターはそのままだが現場に出る必要は無く、基本的に屋内での作業、もしくはデスクワークが主となるのだとか何とか。


 何だソレは。

 最初に交した契約には反しないのか。


 そして嗚呼成る程、あの怪しい士官さまの伝手か、と見当が付くと同時に、アドバイザーなどという役職で、連中が何を欲しているのかも直ぐに見当がついた。


 まったもっ何奴どいつもコイツも。


 あたしはタダの受刑者で駆除者。

 あんな呪われた書の付属品などではないのだ。

 或いは翻訳者か?

 出来ればあのボケ教授とも縁を切りたいくらいだと言うのに。


 どうする、と訊かれて「イヤだ」と答えた。

 即答だった。

 考えるまでも無い。


「・・・・?」


 何故か黙り込んでいる。


「どうしました?」


 いつもなら即座に返ってくる毒舌が無い。

 そんなリアクションにコッチが不安になった。

 だが数拍の後に、ならば断っておこう、と返事が在ってそのまま切れた。


 何だったのだ、今の間は。


 意味が分からない、と疑念という共に残って居た缶の中身を全部干した。


 げふ、と息を吐く。

 もう一本飲もうとベッドから立とうとしたら、唐突にメールが届いた。

 何事かと思って開いてみたら腹黒上司からで、今回の仕事の付帯資料とあった。


 本当にどうしたのだ?

 普段なら絶対見せないサービス精神だ。

 いつもなら依頼しても安請け合いした挙げ句、すっぽかすクセに。

 熱でもあるのか、怪しい病原菌に脳を犯されているのか。


 送付された資料の中には今回の寄生蜂に関する資料もあって、学名とコードネーム、そして通称が記されてあった。


「パイドパイパー。まだら服の笛を吹くもの、か」


 民間伝承である「ハーメルンの笛吹き男」が由来なんだろう。

 確かに笛に誘われて、この町から大勢の子供達が消えて行った。

 事後処理は相当苦労するに違いない。

 自分が背負う責務ではないが、ヤレヤレだなと溜息が洩れた。


 窓をカリカリと引っ掻く音がするので開けてみれば、デコピンが散歩から戻って来ていた。


「あんた、このクソ寒い中によくも出歩く気になるわね。あれ?何咥えてんのよ」


 ヤツは得意そうにあたしを見上げると、足元にソレを置いた。

 つまみ上げてみると小さな羽虫である。

 いや、コレは蜂か?


 何だか今資料で見た寄生蜂にとてもよく似ていた。


 そして成虫が居るというコトは、抜け殻になった元宿主と卵を産み付ける対象が居るという事だ。


「・・・・」


 いやいや、きっとあの校長の遺骸から飛び出した成虫の一匹に違いない。

 この寒さに耐えきれず、寄生する相手も見つからないまま凍えて死んだのだ。


 うん、そうだ。

 そうに決まっている。


 強引勝手に納得すると、窓を開けてポイと捨てた。

 「にい」と、ほぼ真っ黒な白黒ブチ猫が、心底不満げな抗議の声を上げる。


「つまんないもの拾ってくるんじゃないわよ」


 足元の相棒をジト目でたしなめたが、金色の目がご機嫌ナナメな色合いでにらみ返すダケだった。


 二日の猶予をもらったが、明日にでもこの町を出て行こう。

 これ以上此処ここに留まったら、またぞろろくでもない目にいそうな気がする。


 あたしはお代わりのビールを開ける為に、冷蔵庫へと歩み寄って行った。

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えげつない夜のために 第九話 笛を吹くもの 九木十郎 @kuki10ro

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