カルテ3. 桃色とインコ
淡い桃の果実のような色味の、コロンとした小さな命。
「ピンク色で可愛いでしょ。アキクサインコって言う種類なんだ」
はじめてのお友達との出会いは幸福でいっぱいだった。
けれどハサミの音が、わたしから宝物を全て奪い去った。
「そのワンピースを着てると、今日のなぁちゃん、似てるね」
この時に戻れるなら、わたしは間違いなく、幼いわたしを抱きしめて走り出したと思う。
─────────────────
4つの頃、両親に連れられて山に囲まれたY市という街に引っ越すことになった。父の仕事の都合、という理由だったと思う。大きな環境の変化に戸惑い、一人っ子だったこともあって、わたしは心細さで塞ぎ込んだ。転校先への通園もままならず、部屋の隅で座り込んで母は連日気をもんでいた。
新居に引っ越してから2ヶ月目の昼下がり、相変わらず部屋の隅で塞ぎ込むわたしに、カラッとした明るい母の声が飛んできた。
「なぁちゃん、気分転換にお出かけしようか」
街探検と称して半ば無理矢理手を引かれ連れてこられた商店街通りは、新しい造りのようで、お洒落なカフェや店が並んでいた。
「あのね、お父さんがね。なぁちゃんにお友達をお迎えしたらって言ってくれたのよ」
母はいつにも増して明るい声音で言った。
「おとも、だち?おむかえ?」
意味がわからずきょとんとして、薄めに見上げた母の顔は化粧っ気が無いのにとても綺麗で、にっこりとわたしに微笑んでいた。
「そう。インコちゃん」
「いんこちゃん?」
「きれいな小鳥さんよ。おしゃべりできるだって」
「おしゃべりできるの?!とりさん?!」
インコ、という言葉を知ったのはこの時が初めてだった。それに鳥が喋るだなんて。「おとぎ話に出てくるような小鳥さんが現実にもいるのかしら、どんな感じなのだろう」と、好奇心で塞ぎ込んでいた気持ちが一気に晴れた。
「あ、久しぶりになぁちゃんの元気で可愛いお顔見れた!」
「おしゃべりできる、おともだち!おかあさん、たのしみ!」
商店街の中程をすぎた頃、その店に着いた。
可愛らしいドールハウスのような外観だ。
大きな看板が出ていたが、この頃はまだ文字が読めなかったのでなんという店の名だったかは今となっては分からない。
「こんにちはー」
バッグを肩にかけ直した母がアンティーク調のの扉を開けると、カランカランとウェルカムベルが鳴った。そのまま手を引かれて店内に一足踏み入る。
わたしは目を見張った。
「わー!とりさんがいっぱい!」
ずらりと並んだたくさんのゲージの中で、美しい小鳥たちがさえずっていた。
「きれー!」
こんな宝石箱みたいな世界が本当に存在するんだと興奮して「すごいね!すごいね!」と言うわたしに、母は「でしょう?」と微笑み、どこか安堵した様子だった。
「なぁちゃんのお友達、どの子がいいかな」
「わー!なぁちゃんがえらんでいいの?!」
優しく頷く母の姿は夢のようで信じられなかった。
「ほんとに、おむかえしてくれるの?!」
「うん。1羽だけね」
両親は普段からあまりおもちゃも買ってくれない人達だったから、わたしはこの時嬉しくて嬉しくてたまらなかったのを覚えている。
「こんにちは、いらっしゃい」
はしゃいでいると店の奥から声がして、そちらを振り向く。と、胸元に大きく店の看板のマークと同じ柄のついたエプロンを身につけた男性が現れた。
「こんにちは、今朝電話予約させて頂いた風見です」
「風見様、お待ちしてました。店長の古賀です。ようこそ」
母との軽い会釈をかわすと、男性がわたしにも「こんにちは」と声をかけてくれたが、人見知りが酷かったわたしは急いで母の後ろに隠れてしまった。
「すみません、この子人見知りで。なぁちゃんほら、こんにちはのご挨拶は?」
「こ、んにち、わ。なぁちゃん、です」
母に促されるまま、もじもじと答えるわたしを見て、男性はふふっと柔和に笑って見せた。その表情はついこの前まで通っていた保育園の、大好きだったコウジ先生によく似ていて、わたしも思わず心がほころんだ。
「はじめ、まして」
母の服の裾にしがみついて、びくびくしながらもなんとか挨拶をすると、男性はその場でしゃがみこみわたしに視線を合わせてゆっくりと瞬きをした。
「なぁちゃん、こんにちは。はじめまして、おじさんはこの鳥さんたちのお店の店長さんです。」
男性の姿が一瞬コウジ先生と重なり、わたしはうっかり「コゥ・・・」と言いかけて「おじ、さんセンセー」と呼んでしまった。
「こら、なぁちゃん!店長さん、でしょ!」
母の慌てる声も遠ざかるほど、はははと声に出して笑う男性の姿は益々コウジ先生に重なる。
コウジ先生、優しいお兄さん先生だった。みんなでよく「おじさんセンセー!」と呼んでからかったら、「だれだー!まだお兄さんだぞー!」と笑いながら追い回された。みんなコウジ先生が大好きだった。わたしもその一人。本当はコウジ先生と名前で呼びたかったけれど、恥ずかしくてつい、みんなと同じように先生のことを「おじさんセンセー」と呼んでしまっていた。今思うとあれは、幼心に片想いだったのだと思う。
「なぁちゃん!」
「あ」
うっかり頬が熱くなっていたわたしの頭上に母のぴしゃりとした声がふってきて、体がびくりと強ばった。
「はは、いいんですよ。なぁちゃんから見たらおじさんだよね!おじさんセンセーでいいよ」
「すみません古賀さん、ありがとうございます」
このおみせの人、コウジ先生、そっくり・・・。
「なぁちゃんは、どんな鳥さんが好きかな?」
「なぁちゃん、えっと」
目を泳がすわたしに、おじさんセンセーはまたゆっくりと瞬きして見せた。瞬きの動きをなんとなく目で追ってしまう。不思議なもので先程までの緊張がとけてきた。
「なぁちゃん、ここにいる、みんな、好き!みんな、きれーで、かわいい、です」
さっきより大きな声でおはなしできた!そう思ってほっとしたわたしの頭を母は優しく撫でつけた。
「お!それはうれしいね!」とおじさんセンセーも明るく返してくれた。
「ゆっくりお友達探してね!」
「うん!」
わたしはパタパタと店内を見て回った。
白い子、青い子、黄色い子、紫の子、緑の子、白と水色の子、黄色と緑の子、、、持っているクレヨンの色を思い浮かべながら、いろんな色のインコたちに、ただただ目を奪われた。
その中で、一際目を奪われたのはゲージの奥の止まり木で毛ずくろいしている、手のひらサイズの愛らしい子だった。釘付けになった。おじさんセンセーに「さわってみる?」と聞かれ、目をぱちくりさせて頷いた。
「あらキレイな子ね!」
おじさんセンセーがゲージを開けると、その子は毛ずくろいをやめ、ぱたぱたと羽を広げておじさんセンセーの肩に飛んできた。母もわたしもその子にすっかり魅入ってしまった。
「キレイなピンク色でしょ。この子はアキクサインコっていう種類の子なんだ。おだやかで優しい子だよ。なぁちゃんのお友達にもぴったりだと思うな」
おじさんセンセーがインコの足元に指を見せると、小さな足がセンセーのごつごつした太い指にちょんと乗っかる。その姿がとても可愛くてたまらなかった。
「あ、とりさん、おじぎした!」
インコがそのままぺこりと頭を下げたので驚いた。
「指先で優しく頭をなでなでしてあげてくれるかな?これはね、撫でてほしいって合図なんだよ」
「わー!」
目の前に近づけられたその大人しく小さな頭に、おそるおそる人差し指をあてた。
「あったかい」
インコは頭を下げたまま、気持ちよさそうにまぶたを閉じ、自らわたしの指先に頭を擦り付けてきた。
「わ、かわいい」
「可愛いでしょ。この子はなぁちゃんが好きみたいだね!なぁちゃんに撫でてもらって嬉しいんだって」
「おじさんセンセ、この子も、しゃべるの?」
「毎日いっぱいお話してあげて、大切に育ててあげたら、いつか可愛い声でおしゃべりしてくれるよ」
「わー」
薄桃色の美しい姿に、おだやかで愛らしい性格はすっかりわたしをとりこにした。
「おかあさん、このこがいい。なぁちゃんのおともだち。このこがいい」
...執筆中
風切羽の痕 結月のこ @yuzupi1108
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