第16話 サイコーだったぜ

 幕が、開けて。

 まぶしいスポットライトが、舞台を、わたしたちを照らす。

 スゥ。わたしは息を吸って。

 大きな舞台いっぱいに、得意な声をしっかり届かせる。

 ただ大きな声じゃない。

 そこに心を、感情をいっぱい込めて。

 観てる人たちを、わたしたちの夢に誘う。


 ……このとき。

 わたしはいつもレイを思い出すの。

 わたしもレイのセリフに、あっという間に惹き込まれてしまったから。

 あの時のように。

 ううん。あの時以上に。

 わたしはみんなを夢中にさせたい。

 そんな気持ちで、セリフを紡ぐ。


 届いて。届け。おいで。来て。

 わたしたちの物語へ。



 わ……っと観客の空気が揺れる。

 うん。出だしは順調。

 頭のてっぺんから足の爪先まで神経を研ぎ澄ませて。

 歩いて、跳ねて。

 驚いて飛びのいて、笑って、怒って。

 隠れて、逃げて、泣いて、立ち向かって。

 登場人物の行動を、感情を、舞台に丸ごとぶつけるの。


 そのたびに見ている人の空気も変わる。返してくれる。

 練習だけじゃ得られないその反応一つ一つに、わたしはまたゾクゾクして。ワクワクする。


 わたしは能代くんや、桜台部長、柱センパイに目を向ける。

 みんな、みんな、楽しそう。

 きっとわたしも同じ顔をしてる。

 だって、こんなに楽しい。

 楽しい――!



「『幸せの青い鳥はどこにいるんだろう――』」


 能代くん――ミチゼルが空をあおいだ。

 ゆる、ゆる。

 首を振って、頭を抱える。

 そうして、わたし――グレチルを見る。


「『甘いお菓子も、まぶしい宝石もいらない――君だけがいれば』」


 わたし――グレチルも一歩、前に出て。


「『ミチゼル』」


 そっと、寄り添う。


「『それでも、探そう。幸せの青い鳥を』」


 全体を通すとシュールな場面が多いのに、こうやって真面目な場面もあるんだから……柱センパイらしい台本だよね。

 でも、どの場面だって、登場人物はみんな一生懸命だ。

 スゥ、と息を吸って。


「『あなたがいるから、あなたとだから、探し続けられるの』」


 大真面目に本音をこぼしたグレチルは観客席に目を向けて……。


 あ。

 あ……れ……?

 あそこにいるの、って……。


「『グレチル』」


 ミチゼルの声に、ハッと意識を引き戻される。

 動揺は、ほんの一瞬。

 わたしはグレチルとして、ミチゼルに笑いかけた。

 さあ。

 最後まで駆け抜けなくちゃ!


「『行こう、ミチゼル!』」

「『ああ!』」





 物語が終わる。幕が下りる。

 パチパチ……まばらだった拍手が、どんどん大きくなっていく。

 わたしは大きく息をついた。

 はあ……体中が熱くって、しびれるみたい。

 でも……やりきった。今度こそやりきったんだ。

 前みたいに途中からレイに替わるんじゃなくて。わたしが……自分でやりきったんだ。


「居森さん! 良かったわ!」

「やりましたな」

「……やればできるじゃん」


 桜台部長も、柱センパイも、能代くんも、みんな疲れてるのに、真っ先にわたしを褒めてくれた。

 みんなも前回の舞台を気にしてくれていたんだ。

 わたしはうれしくて、でも言葉にならなくて。

 何度も何度もうなずいた。


 わたし、本当にみんなと舞台ができて良かった。

 それから――。

 わたしは観客席の一番奥に走り出した。

 もう体はくたくただけど、でも、止まらなかった。


 舞台から見えた、観客の姿。

 暗かったし、たくさんの人がいたけど、でも、間違えるはずがない。

 あそこにいたのは――。


「レイ……!!」


 ふわふわ浮いてない。床にしっかり足をつけて立っている男の子。

 こないだ病室で見たときより、また痩せた?

 でも、顔色は少し良くなってる。


 レイだ。

 レイ――芝吹楽くんだ!


 楽くんは、わたしに気づいてニコリと笑う。


「千秋! 見てたよ。サイコーだったぜ」

「楽くん……!」

「今さらくん付けも違和感あるだろ? 楽でいーよ」

「……!」


 レイとして過ごしていたことも、覚えてるの?

 ああ、もう。聞きたいこと、言いたいことがたくさんだ。

 でも。

 でも、とりあえず。


「おっっそい……! 遅いよ! もう!」

「へへ、ヒーローは遅れてやって来るもんだろ」

「バカ!」

「わ。冗談だよ。ごめんって! 本当はこれでもすごくがんばったんだぜ! 目が覚めたはいいけど、体が弱ってたから……リハビリして、今日ようやくここまで出かけられるようになったんだ」


 そう言う困り顔の楽。

 きっと、ウソじゃないんだろうな。

 楽が頑張り屋なのは、十分わかってるもん。


「……なあ、千秋。千秋がお姫様で、オレがヒーローだったよな」


 笑った楽が、手を、差し伸べてくる。


「遅くなってごめん。迎えに来たよ。今度こそ」

「……楽……」


 差し伸べられた手を、取る。握る。

 今度はすり抜けない。ちゃんとつかめる。

 わたしより大きくて、想像よりゴツゴツしてない、でもたしかに男の子の手。

 あったかい。ちゃんと、あったかい。


「本当に遅いんだから。……それにね」


 今のわたしたちは、お姫様やヒーローだけじゃない。

 魔女にだって、悪役にだって、……他にも、たくさん!

 何にだってなれるんだ。

 そうでしょ、楽。

 まだまだ、約束は終わらないよ。

 これからも、一緒に……。


「たくさんろうね、楽」

「もちろん!」


 まだ鳴り止まない拍手の中、わたしたちは手を取って笑い合った。



 演劇部に皆勤賞だった幽霊は、もういない。

 これからは生きたわたしたちの物語が始まるんだ。



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幽霊部員は皆勤賞 弓葉あずさ @azusa522

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