第15話 ドキドキしちゃったの!

「何だよその演技は! 腑抜けてんの!?」


 ビリビリと部室いっぱいに能代くんの怒鳴り声が響く。

 だけどわたしだって負けてない。


「そんなことない! だってグレチルの動きを考えたらこうした方がいいと思うよ!」

「そんなの観客には伝わりにくいだろ!?」

「う……じゃあこうは? セリフもちょっと入れ替えて……」

「……それなら、まあ。どうですか柱センパイ。セリフ変えても大丈夫ですか?」

「柱センパイ!」

「……」


 わたしと能代くんに見つめられて、柱センパイは、ぱちくり。

 分厚いメガネの奥で、何度も瞬いた。ふっと笑う。


「なるほど、良いと思いますぞ」

「「ありがとうございます!」」


「……驚きましたな。ただ台本通りに演技するだけじゃない。もう自分たちでより良いものを模索している」

「ええ。頼もしい後輩たちよ」


 クスクスと笑った桜台部長が、目を伏せる。


「レイくんがいなくなったって聞いて、一時はどうなるかと思ったけど……」


 ……そう。

 レイが突然消えてしまって、わたしはたしかにショックだった。

 演劇部なんてやめちゃおうって、一度も考えなかったって言ったらウソになる。


 ……でも。でもさ。

 どうせレイのことも演劇のことも忘れられそうにないんだもん。

 メソメソするのは、もうやめた。


 それに練習を再開して改めて思ったの。

 わたし、レイのためだけに演劇部をやっていたわけじゃなかったんだよね。

 そりゃ、キッカケはレイだったかもしれないけど……。

 わたしがやりたくてやってたの。

 それに、桜台部長や、柱センパイ、能代くんがいる。

 みんなと演技をしたくて続けてるんだもん。

 こんなハンパなところでやめられるわけ、ないじゃない?


 そんなわけで、今も夏休み明けの舞台に向けて練習中。

 能代くんとはしょっちゅうバチバチやり合ってる。

 能代くん、口悪いけど、言ってることは正しいことが多いんだよね。

 刺激になる。わたしも負けてらんないや。


「さ、二人とも。熱が入ってるのはいいけど、休憩も大事よ。ほら、水分補給も忘れずにね」

「はい」

「はぁい。すみません、トイレにも行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい居森さん」


 気をつけるんですぞと柱センパイに見送られて、能代くんにはさっさと帰ってこいよと釘を刺されて。

 わたしは部室を飛び出した。

 もー、能代くんは本当に一言多い。

 言われなくてもすぐ戻って練習つもりなのに!


 ぷんすこしながら用を済ませて、また部室に戻る。

 その途中、ふいに声を掛けられた。


「あの、居森さんだよね?」

「え?」


 振り返ったら……ちがうクラスの女の子が二人。

 上履きの色が同じだから、同学年だと思うけど……。

 この子たちも部活の練習で学校に来てるのかな。

 でも、私に何の用だろう?


 二人は、なんだか、もじもじ。

 言いにくそうにしていたけど、やがてしどろもどろに口を開いた。


「あの、あのね、わたしたち、前演劇部の舞台を見たんだけど……」

「うん……?」

「最初は居森さんのこと……ごめんね、あんまり上手くないなって思ってたんだけど……」


 あ……。

 記憶が、よみがえる。

 もしかしてこの子たち、あのとき、話してた……?


『ね、みんな上手だね』

『うん。特にあの男の子なんてすごくない?』

『でもあの……グレチルだっけ? あの子だけ、微妙じゃない?』

『そうかなぁ。雰囲気出てると思うけど……』

『動きがカタいっていうか、なんか、ウソくさいっていうかさぁ……』


 ……そうだ。声が、多分同じだ……。

 でも、その子たちがわたしに一体何の用……?


「でも、あのね、後半、びっくりしちゃった!」

「え……?」

「思わず引き込まれて……ドキドキしちゃったの!」


 そう言う女の子の目は、キラキラ輝いていた。

 この子たちも、レイの演技に惹かれたんだ。

 ……うん。分かるよ。

 わたしもそうだったもん。

 ドキドキして、ワクワクして、たまらなくなっちゃうんだよね。


「それでね……さっきちらっと部室の居森さんが見えて……また磨きがかかってるっていうか、がんばってるんだなーと思って……あの、わたしもがんばらなきゃと思って! だからね! えっと、応援してるよ! 次の舞台も見に行けたら行くからね!」

「わたしも! 絶対行くから! がんばってね!」

「……」


 女の子たちの言葉はたどたどしくて、だけど、だから余計に一生懸命なのが伝わってきた。

 わたしは、ボーゼン。

 しばらく動くことができなくて。


「……居森さん……?」

「……うん」


 じわり。じわり。熱いものが胸に込み上げる。

 わたしはようやく一つ、うなずいて。

 それからもう一度、大きく笑ってうなずいた。


「うん!」



 ねえ、レイ。聞こえてる?

 レイの演技はみんなに夢を見せてるよ。さすがだね。

 だけど、わたしだって、負けてないんだから。

 早く戻ってこないと、追い抜いちゃうんだからね!


 だから。

 ……だから。


 はやく――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る