第14話 もう……やめる

 次の日も。その次の日も。

 レイの姿はどこにも見当たらなかった。

 いくら待っても、どこを探しても、レイがいない。

 まだ部活が始まる前の、誰もいない演劇部の部室で、わたしはズルズルとしゃがみ込む。

 夏なのに……誰もいない部室は、どこか空気がヒヤリとしている。


 いつも……毎日欠かさず部室で練習していたレイ。

 ユーレイなのに、皆勤賞なんだぜ、って笑ってた。


『あ、千秋!』


 わたしが来ると、そうやって笑って出迎えてくれていたのに……。

 レイのいない部室は、こんなにさみしい。


「どうして……」


 会いたい。会いたいよ。レイ。

 楽くんが見つかって、全部思い出して、それで消えちゃったの?

 わたしに、何も言わないで?

 ただのユーレイじゃなくて生き霊だから、成仏……とは違うと思うけど。

 もう、わたしや演劇のことなんて、どうでも良くなっちゃったの?


『――逃げるもんか。忘れるもんか。だって約束したんだ!』


 ここで練習していたレイの声が蘇る。

 真っ直ぐで、力強くて、それでいてやわらかくわたしの心に届く、声。


「……っ」


 息が詰まって。胸が苦しくて。

 わたしはその場から走り出した。

 生徒玄関まで走って走って……雑に上履きを靴箱に突っ込んで、また走る。

 校門の前で、また、思い出す。


『千秋! 千秋! 良かった! 会えた!』


 ……わたしがしばらく学校を休んだとき、出られなかったはずの学校から飛び出してきてくれたレイ。

 あのとき、一緒にろうって、約束したのに。


 わたしね、あのとき、本当にうれしかったんだよ。

 うれしかったのに……。

 こんなに苦しいなら、レイになんて、会わなければ良かったの?

 演劇部なんて、入らなければ良かった?


 でも……

 でも――……。


 めちゃくちゃに走っていたら、秘密の練習をしていた公園にたどり着いた。

 はあはあ。息が苦しい。

 でもこんなに苦しいのは、走ったからなのか、レイがいないからなのか。

 もう、ぐちゃぐちゃでわからないよ。


『グレチル、そんな顔をしてどうしたんだい?』


 また。レイの声が、こちらに手を差し伸べる動きが。鮮明なくらい蘇ってくる。

 レイの姿は見えないのに、あちこちにレイとの思い出が残っている。

 ……思えば、レイに会ってから、ずっと演劇のことばかりだった。

 レイに会う前は、どうやって過ごしてたっけ。

 この短い間にわたしの生活はすっかり塗り変わってしまって、思い出せないよ。

 わたしをそんな風にしたのはレイなのに。

 どうしてそのレイがいないの?


「このクレープおいしー!」

「ね、そっちも一口ちょうだい!」

「いいよ。交換ね!」


 ふと耳に入ってきたのは、公園の側を歩いてく女の子たちの声。

 クレープを片手に、とても楽しそう。

 口についたクリームを指ですくって、それを、パクリ。

 クリームの甘さに「ん〜!」と顔をほころばせている。

 その様子を思わずじっと見ていた自分に気づいて、わたしはハッと我にかえった。

 あ……。

 つい、観察、しちゃってた。

 

『ふふん。観察も演劇には必要なんだぜ? 人の食べ方とか歩き方とか……どんなときにどんな表情をするのかとか。全部演劇に繋がってるってワケ』


 また、わたしの中から湧き出てくる、レイの言葉。

 得意げな笑い声まで簡単に思い出せる。

 レイはいつもそうやって、何でも楽しそうで、一生懸命で、茶目っ気があって……。


 わたしは、涙でにじんできた目元をぬぐった。

 ……そうだね。

 レイ。


「もう……やめる」


 レイがいないからって、メソメソするのも、演劇から離れようとするのも、もうやめる。

 レイの言う通り、全部、演劇に繋がってるんだもん。

 苦しくても、悲しくても。離れられないよ。忘れられない。

 わたしを取り巻く日常のひとつひとつが、演劇に、そしてレイに、繋がっているんだ。

 それに……演劇が何より楽しいってことを、わたしは十分知ってるから。

 それはレイだって一緒だ。

 そうだよ。ユーレイになってまで部活に居座ってた演劇バカが、そう簡単にいなくなるもんですか。

 夏休み明けの舞台だってまだこれからなのに。


 ぐっと息を吸って、吸って、吐いて。顔を上げて。


「見ててよね、レイ!」


 公園のど真ん中で、わたしは大きな声で叫んでこぶしを突き上げた。

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