第13話 うそ、つき

 白くてピカピカな天井や床。鼻にツンと来る消毒液のにおい。

 わたしたちは柱センパイの案内で、町の総合病院にやって来た。

 意気込んで来たものの、病院って、なんか緊張する……。


「……楽さんはまだここにいるのか……」


 ボソリとつぶやいたのは、能代くん。

 能代くんも身体が弱くて入院してたって言ってたっけ。

 そっか……。

 ここで、能代くんは先に入院していた楽くんと知り合ったんだ。

 そして演劇の魅力を知ったんだ。


 ふわふわ、レイが黙って浮かんでいる。

 レイはさっきから口数が少ない。

 ……レイも緊張してるのかな。

 そんなの、レイらしくないよ。

 わたしまで何を言ったらいいか分からなくなっちゃう。


「それじゃ……」


 緊張しながら、わたしたちは全員顔を見合わせた。

 うなずいた桜台部長が、代表で部屋をノックする。


 コンコン


「どなた?」


 ドアが、開く。

 中から出てきたのは、おばさんだった。

 多分楽くんのお母さん……かな?


「あら! もしかして能代くん?」

「はい」

「久しぶりね。それから、この子たちは……?」


 能代くんを見たおばさんが、驚いたように目を丸くする。

 能代くんはペコリと頭を下げた。

 桜台部長がゆっくりと前に出る。


「はじめまして。わたしたち、演劇部の部員です」

「演劇部の……?」

「芝吹楽くんのお見舞いに来ました」


 おばさんは不思議そうに首を傾げた。

 まあ、そうだよね。

 柱センパイの話の通りなら、楽くんは演劇部に入部していたわけじゃない。

 それなのに演劇部のわたしたちが楽くんのお見舞いに来るのは不思議だと思う。

 それでも、顔見知りの能代くんがいてくれたから、おばさんは何となく納得したみたいだった。

 わたしたちを病室の中に招き入れてくれる。


「……あ……」


 広いベッドに寝かされていたのは、レイと同じ顔の男の子だった。

 わたしより頭一個分以上高い背。

 長い手足。

 サラッとしているはずの黒い髪は、ずっと眠ってるからか、今は少しぺたっとしている。

 ちょっとクリッとした親しみやすそうな目は、かたく閉じたまま。

 血の気が引いているのか、顔はむしろユーレイのレイより青白い。


 それでも、たしかに、レイだった。

 レイは、楽くんだった。


「おばさん……楽さんはいつから、こんな風に……?」

「……一年くらい前かしら。退院したら、新しい中学校で演劇部に入るんだって張り切ってたのにね」


 能代くんの質問に、おばさんは困ったように笑った。

 ……レイが演劇部に入り浸るようになった時期と一致してる……。

 じゃあ、やっぱり。

 レイは、楽くんの生き霊だったんだ……。


「難しい病気だったんだけど、手術は成功したのよ。あとは目覚めるだけ……なんだけどね……。手術をしてから、こうしてずっと眠ったままなのよ」

「病気……だったんですか? いつから……?」

「病気は長かったわね……楽が小学二年生くらいの頃だったかしら。急に倒れちゃってね」


 え……?

 それって。その頃って、もしかして……。

 ドクドク、心臓がうるさい。

 待って。待ってよ。

 もしかして、あの日、楽くんが約束を破って来なかったのって……。


「あの日のことはよく覚えているわ。倒れた楽が目を覚ましたら、女の子と約束してるから行かなきゃ、って言うこと聞かなくって。病人と思えない暴れっぷりだったわ。……結局なだめすかしてそのまま入院になったんだけど……その女の子には悪いことしちゃったわね」


 おばさんは目を細めて懐かしんでいた。

 わたしの心臓はますます騒がしくなる。


 ああ、やっぱり。

 楽くんは、約束を忘れたわけじゃなかったんだ。

 わたしとの約束がどうでもいいわけじゃなかったんだ。

 病気で大変なのに……それでも来ようとしてくれたんだ……!


「わたし……です……」

「え?」

「その女の子……きっと、わたしです……」

「……まさか、『ちあきちゃん』……?」

「はい……」


 名前を呼ばれて、小さくうなずく。

 声が震えた。

 楽くんはわたしの名前もお母さんたちに話してくれてたんだね。


「そう……そうだったのね。今更だけど、ごめんなさい。約束守ってあげられなくて……」

「いえ……、いいえ……!」


 わたしはぶんぶんと首を振った。

 上手く言葉にならない。

 ただ、バカみたいに首を振るしかできなかった。


 ふと、気づく。

 さっきから大人しいけど、レイは?

 記憶、取り戻した?

 何か少しでも思い出した?


「レイ……、……レイ?」


 あれ……?

 わたしは周りを見回した。

 いない。レイの姿がどこにもない。


「レイ? どこに行ったの?」


 呼びかけても返事はなかった。

 ……こんなこと、今までなかったのに。

 勝手にいなくなることも、呼んで返事をくれないことも。なかったのに。

 何で? どうして?

 レイの身体を……楽くんを見つけたから?


「レイ……!」

「居森さん!?」


 わたしはたまらず走り出した。みんなもびっくりした顔で追ってくる。

 とにかくいろんなところを探した。


 病院の売店。駅。演劇部の部室。体育館のステージ。

 それから――わたしたちがよく秘密の練習をしていた公園。


 でも、レイはどこにもいなかった。

 突然、何の前触れもなく消えてしまった。


 ――ぽつ、と水滴が頬に当たった。

 いつの間にか空は分厚い雲で覆われている。

 ざあざあ、雨が降ってくる。


 部長が「居森さん。ひとまず中に入りましょう」とわたしの手を引いた。

 それでもわたしは動けなかった。

 頭の中がぐらぐらして、胸の中がぐちゃぐちゃして。

 ケガをしたわけじゃないのに、なぜかどこもかしこも痛くって。


『これからも、わたしと一緒にいてくれるとうれしい……な』

『ああ……! 一緒にろう、千秋!』

『うん!』

『約束、な』

『うん。……約束!』



「……うそ、つき」


 約束、したのに。


「うそつき――……!」

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