第12話 それは違いますぞ
「す……っごい……! すごいわ、居森さん……! とっても上達したのね……!」
「えへへ……」
夏休みも後半に入った頃。
ドキドキしながら本番そっくりの練習に臨んだわたしに、桜台部長が興奮したように拍手をしてくれた。
レイを見ると、パチンとウインクをしてくれる。
へへ。あれから毎日レイと秘密の練習をしてたんだ。
通しは緊張したけど……おかげで、ずいぶん良くなったみたい!
「ね、ね。能代くんは? どうかな、わたし少しは上手くなったかな」
「……ふん。まあ、……悪くはないんじゃないか」
一瞬目を丸くした能代くんが、ぼそりと答えてソッポを向いた。
聞いていたレイがニヤニヤと笑う。
「お、今のけっこーな褒め言葉じゃね?」
「だよね!」
「君たち、またいらないことを話してるな!?」
「そ、そんなことないってば……!」
もう。レイの言葉は能代くんには聞こえていないはずなのに。
すぐ突っかかるんだから。
「居森殿は本当によく練習したであるな」
「えへへ。ありがとうございます」
柱センパイにまで褒められて、なんだか照れちゃう。
これもみんなと、やっぱりレイのおかげだね。
……って、柱センパイ、何を持ってるのかな? ノート……?
わたしの視線に気づいた柱センパイが、「む」と小さく声を上げる。
それからセンパイは、分厚いメガネをきゅっと上げた。
「色々調べていたことがようやく分かりそうでしてな。ちょっとみんなにも聞いてほしいのだが……よろしいかな?」
「それって、こないだの舞台が終わってから詞子がずっと調べてたこと?」
「いかにも」
そういえば、柱センパイ、ずっと何か調べてるって言ってたよね。
こんなに何日もかけて調べてるなんて、一体どんなことなんだろう。
柱センパイの手招きで、みんな、円陣みたいに集まり出す。
集まってきたわたしたちを見て、柱センパイは、コホン。小さく咳払いをした。
それから柱センパイはギラリとメガネを光らせて――わたしを見る。
な、何? わたし、何かやっちゃったっけ……?
「自分が調べていたのは、レイ殿のことである」
「レイの……?」
ドキン
わたしの心臓が跳ねた。レイを見る。
レイはポカンとした顔だった。
「死ぬ前の記憶がなく、記憶があるのはここ一年ほどと言っていましたな? そこで自分はこの一年を重点的に、一応数年分、事故なり病気なりで亡くなった生徒を調べてみたのですぞ」
「そ、そっか……少なくともここの生徒だった可能性が高いですもんね」
「いかにも」
神妙にうなずいた柱センパイが、くい、くい、とメガネの位置を整える。
「しかし……いなかったのである」
「え?」
「少なくともこの数年で亡くなった生徒はいなかったのであるよ」
いない?
そんな……? そんなこと、あるの?
それなら、レイは、一体……どこの誰なの?
動揺するわたしに、柱センパイはまた小さく咳払いをした。
「そこで自分は考えを改めて……ようやく、それらしき人物に行き着いたのである」
「い、いたんですか!?」
「恐らく」
「……す、すごい……」
すごい、けど……。
「……居森殿?」
「あ、いえ。すいません。……柱センパイが調べてくださったのは嬉しいし、すごいと思うんですけど……わたしは何もできていないなと思って……」
わたしはレイに、たくさん助けられてきたのに。
わたしもレイの役に立ちたいなと思ったのに。
結局わたしは、何もできてないや……なんて。
そんなこと、今気にしても仕方ないのに。
「それは違いますぞ」
柱センパイの否定は力強かった。
思わず言葉を飲み込んだわたしに、柱センパイはさらに語りかけてくる。
「居森殿が隠さず臆せず我々にレイ殿の話をしてくれたから。一生懸命部活の練習に参加してくれたから。だから我々もレイ殿の存在を知り、信じることができて、こうして調べるに至ったのであるよ。発端は居森殿の行動である」
「柱センパイ……」
「そーだよ。何よりオレは千秋がいてくれて本当に良かったと思ってるんだぜ! 間接的にでも演劇に参加できて……千秋と練習もたくさんできて……今までひとりぼっちだったオレが、千秋にどんだけ助けられたと思ってるんだよ」
「レイ……」
二人の言葉に、じんわり胸が温かくなる。
わたしは慌てて頭を下げた。
……別に顔が見られたくなかったからとかじゃないよ!
って、この言い訳、能代くんみたい。
「お話の途中だったのにすみません。続き、お願いします……!」
「了解した。レイ殿の正体であったな」
うなずいた柱センパイは、ゆっくりとわたしたちを見回した。口を開く。
「自分が行き着いたのは、――
しばぶき、らく……。
……らく……?
その瞬間。
わたしの中で、何かがパチンと弾けたような感覚があった。
『ちぃ、あー、き、ちゃん』
『なぁー、あー、に!』
『あー、そー、ぼ!』
『いー、いー、よ!』
近所の男の子と、よく公園で遊んでいた記憶。
一番楽しかった、なりきりごっこ。
『次は、わたしがおひめさまね!』
『じゃあぼくがヒーローで、ちあきちゃんがおひめさま!』
『ヒーロー? 王子様じゃないの?』
『ヒーローの方がかっこいいじゃん』
『そうかなあ』
『そうだよ!』
おひめさまもヒーローもごちゃ混ぜの、なりきりごっこ。
そうやってあの子と遊ぶのは、すっごくワクワクしたのを覚えている。
『じゃあ、らくくんがヒーローで、おひめさまのちあきをむかえに来てね!』
『うん!』
『やくそくだよ!』
『やくそく!』
らくくんとの、約束。
――芝吹楽くんとの……!
思い出した。思い出した!
そうだ。名前を忘れてしまったあの子。
それでもずっと引きずっていた、あの子。
あの子が、楽くんだ……!
「ウソだ!」
叫んだのは、能代くんだった。
レイもわたしもギョッとして能代くんを見る。
能代くんの顔は、レイよりよっぽど真っ青だった。
「楽さんがユーレイになってるって言うのか⁉︎ そんなはずない! 楽さんが死んでるなんて、そんな……!」
「能代くん……?」
「楽さんと約束したんだ……退院したら、一緒にまた遊ぼうって……演劇やろうって……」
そう言って、能代くんはうつむいてしまった。
もしかして。
能代くんが言ってた、演劇をやるキッカケになった人が、楽くん……なの……?
……でも……でも、そうだよね。
わたしも衝撃が大きくて混乱してたけど、レイが楽くんなら……あの子は、もう、死んでるってことになるの……?
そんな……そんなのって……あんまりだよ……。
「落ち着きなされ。自分はまだ死んだとは言ってないですぞ?」
「へ……?」
「考えを改めて調べ直したと言ったであろう? 単刀直入に言おう。レイ殿は――生き霊である」
生き霊……?
生き霊って、生きてるけど、魂とかが抜け出す……みたいな? そういうこと?
「自分は在学中ではなく入学予定だった者、亡くなった者だけでなく意識不明などの者まで範囲を広げて調べてみたのである。そうしたらようやく一人、入学予定だったが意識不明の者に行き当たり……それが芝吹楽殿だったのであるよ。彼は今も入院中である」
「詞子ってば、そこまで調べるなんて執念ね……」
「おかげで大変時間がかかりましたな」
感心した桜台部長に、柱センパイが何てことなさそうに言ってのける。
わたしはおそるおそるレイを見た。
「レイ……どう? 思い出せる……?」
「……正直、まだだ。でも……たしかに名前はしっくりくる気がする」
そっか。聞いただけじゃ、そうだよね。それなら……。
「柱センパイ。その人が入院している病院は分かりますか?」
「ああ。把握していますぞ」
「それじゃあ……」
行こう。確かめに。
芝吹楽くんに会いに行こう――!
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