第11話 だってそんなの、答えは一つだろ?
あの後柱センパイも時間通りにやってきて、いつものように練習が始まった。
少し休んでいたけど、演劇部の空気に馴染むのは早かった。
体力はちょっぴり落ちていたかな。
でも入部当初に比べたら絶対今の方が強いと思う。
「ふー……」
部活も終えて、家に帰ってきて。
鞄を置いて、ベッドにゴロリ。
寝転んでふかーく息をついて……。
「おっきなため息」
「うひゃあ!?」
いきなりすぐ近くで声が聞こえて、びっくり! 思わず跳ね起きちゃった!
って……れ、レイ!?
「何でここに……!」
そう。わたしの部屋でふわふわと宙に浮かんでるのはレイだった。
興味深そうにキョロキョロ部屋を見回してる。
ああっ、待って待って! あんまり見ないで! もっとちゃんと片付けとくんだった!
もう、なんて神出鬼没なの! 神様でも鬼でもなくて、ユーレイだけど!
慌てるわたしなんてお構いなしに、レイはニカッと笑う。
「千秋、なんか変な顔してたろ。それで気になって……せっかく学校から出られるようになったし、ついてきちゃった」
「む、むう……」
本当によく見てるなぁ、レイは……。
でも、見方によってはストーカーみたいだからね!
レイだから許すけど、気をつけてほしいよ。本当にもう。
「鋭いね、レイは」
「ふふん。観察も演劇には必要なんだぜ? 人の食べ方とか歩き方とか……どんなときにどんな表情をするのかとか。全部演劇に繋がってるってワケ」
「へえ〜……そっか、言われてみれば……」
「オレなんてユーレイだから、観察しなきゃ分かんないことも多いしな。実際には食べらんないし」
また出た、レイのユーレイジョーク!
それこそ、こんな時はどんな表情をするのが正解なんだろう?
……まあ、レイがわたしをリラックスさせようとしてくれてるんだっていうのはわかるんだけどさ。
「それで、どうしたんだ? 何か心配事?」
レイがストンとわたしの隣に座る。
わたしは、もごもご。少しまごついた。
だって、頑張ろうって決めたばかりなのに、もう弱音を吐くのは、ちょっと……。
「千秋?」
……う~。そんなにじっと見られるのは、苦手。根負けしちゃう。
はあ……。
わたしはもう一度ため息をついて、頬をかいた。
「……そりゃ、心配だよ……。こないだの舞台を気に入ってくれたっていうのは、きっとわたしの演技じゃなくてレイの演技を見てだもん。今度の舞台でがっかりされないか、不安になるよ」
「なぁんだ。そんなこと」
「そんなこと、って!」
「だってそんなの、答えは一つだろ?」
「え?」
あっけらかんと言ったレイが、ニヤリ。
わたしの顔を見て意地悪そうに笑った。
「なあ千秋。また俺と替わる?」
「な……!?」
「そうしたらまたあの時と同じ演技ができるだろ? 誰もがっかりしないし万事解決じゃん」
「レイ、本気……?」
レイはにっこりと笑う。
だけど、その笑顔がいつもより冷たいような――。
ごくん。唾を飲み込む。
……そりゃ、そりゃあ、わたしよりレイの方が上手なのは確かだし。
観ている人も、上手な人の演技の方が楽しいと思う。
だけど……。
「……だめ」
わたしの演技を好きだと言ってくれた桜台部長に、まだ伸びしろはあるって言ってくれた能代くん、それにたくさん練習に付き合ってくれる柱センパイ。
みんな、わたしを信じてくれている。
わたしが舞台に立てるように、一緒に練習してくれている。
みんなで作り上げるんだって、みんなでいい舞台にするんだって、目指してる。
それを裏切ることなんて――できないよ。
何より……。
「だめ、だよ」
一番は、わたしが。
わたし自身が。
「わたしがやりたいの。わたしがやってみたいの。だから……レイとは替われない。ごめん!」
「ん。だったらあとは、練習あるのみ! だろ?」
……え?
レイの言葉は、またあっけらかんとしていた。
笑ってる。
それもさっきの冷たい笑みなんかじゃなくて、いつもの、なんだか元気になれる笑顔で。
「まだ時間はあるんだし、たくさん練習してびっくりさせてやろうぜ?」
「レイ……。……騙したの!?」
「千秋ってば人聞き悪いなぁ。なかなかの迫真な演技だったろ?」
「もー!」
ポカポカとレイを叩こうとするけど、当然すり抜けちゃう。
もう! ユーレイって不便だ! びっくりしたんだよ、本当に!
「あははっ。ごめんごめん。なあ、千秋。お詫びに……ってわけじゃないけど、練習、付き合うよ」
「え?」
きょとんと瞬いたわたしに、レイはニヤリと口の端を上げた。
わたしに手を差し伸べる。
「せっかくこうして学校から出て来れたんだし、今のオレなら部活の後も練習に付き合えるよ。オレと二人で自主練、しないか?」
「……! する!」
制服から私服に着替えて、わたしとレイはすぐ近くの公園に向かった。
夕飯までもう少しだけ時間があるからね。
居ても立ってもいられなくなっちゃった。
レイは軽やかにブランコに着地する。
ゆらゆら。
ただ風に揺れてるだけのブランコの上で、いかにも乗って漕いでますって顔をしているレイ。
なんだか変な感じ。
「公園か。覚えてないけど、なんか懐かしい気がするなぁ」
「ユーレイになってからずっと学校にいたんだもんね」
しかも死ぬ前の記憶もないなんて。
……レイはこれまで、どんな気持ちでいたんだろう。
やっぱり、思い出したいのかな。
レイの記憶を取り戻すことができたら、わたしも少しはレイの力になれるかな――……。
「『グレチル、そんな顔をしてどうしたんだい?』」
レイがわたしを見て笑う。
もう。そこは笑って言うセリフじゃないでしょ。
……でも、返すわたしも、つい、笑いそうになっちゃうや。
「『あのねミチゼル。本当に青い鳥なんているのかしら』」
「『どうだろう。でもあの魔女が、いもしない鳥を探させようとするかな。とっととぼくらを食べてしまった方がよっぽど有意義じゃないか?』」
「『結構な年齢のおばあさんだもの。認知症の疑いはないかしら?』」
「『ぼくの腕と鳥の骨を間違うくらいだものな』」
くすくす、くすくす。
言葉を交わすたびに笑みがこぼれる。
ほんのりと月明かりが差してきた公園で、わたしたちは飽きることなく演技を重ね続けた。
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