第10話 約束、な

 翌日は、もう、元気!

 早く部活をしたくて仕方ない。

 わたしは急いで学校へ向かった。

 レイともちゃんと話さなきゃ。

 一週間も誰とも話せなくて、レイ、さびしがってないかなぁ……。


「って……レイ!?」


 校門の手前。

 そこにきょろきょろと周りを見ているレイの姿があった。

 必死そう。

 でも、何で?

 レイは学校から出られないんじゃ……。


「千秋!」


 わたしに気づいたレイが飛んでくる。

 文字通り、びゅんっとすごい勢いで。


「千秋! 千秋! 良かった! 会えた!」

「れ、レイ。どうしたの。何で学校から出てるの?」

「オレ、千秋が心配で……! オレのせいで部活もやめちゃうんじゃないかって……。居ても立ってもいられなくて、気づいたら学校から出ることができたんだ! でも千秋の家知らないから、近くを探し回ったりもしたんだけど見つからなくて……っ」


 そう言って、レイは泣きそうなくらい顔をくしゃくしゃに歪めた。

 ……本当に心配してくれてたんだ。

 縛られてた学校から出られちゃうくらい。

 レイのせいなんかじゃないのに。


「あのね、レイ」


 わたしは、一呼吸。

 ゆっくりとレイに話しかける。


 ユーレイになる前の記憶をなくして、ずっとひとりぼっちだったレイ。

 それでも演劇が好きで、一人でずっと演劇部にいたレイ。

 そんなレイが、わたしを導いてくれた。

 演劇なんて何もわからないわたしのそばにいて、たくさん励ましてくれた。


「レイの演技を見て、わたし、思ったの」


 前にレイが言っていた、『それにさ。演劇って、たしかにフィクションだけど、ウソつくためのものじゃなくて……』って言葉。今ならその続きが分かる気がする。

「演劇って、夢を見させてくれるものなんだね」

「千秋……」


 そりゃあ、練習は大変だし。

 上手くいかなくて、不安になったり泣きたくなったりもするけど。


 でも、わたしも夢を見たい。

 そしてできるなら、たくさんの人に夢を見せたい。

 だから……レイには感謝、してるんだよ。

 だから、ねえ。


「これからも、わたしと一緒にいてくれるとうれしい……な」


 わたしの理想として。

 それから……ライバルとして。

 なんて、おこがましいかな?


 目を丸くしたレイが、くしゃりと笑う。

 本当にわたしよりずっと表情筋の柔らかいユーレイだ。

 まあ、ユーレイに表情筋があるのか、分からないけどね!


「ああ……! 一緒にろう、千秋!」

「うん!」

「約束、な」

「うん。……約束!」


 わたしは小指を立てた。

 レイも笑って小指を絡める。

 やっぱり素通りしちゃって、絡めてる感覚はないんだけど……でもわたしたちは、不思議と満足で。

 なんだか楽しくなって笑い合った。




「――公演!? 夏休み明けに!?」

「ええ」


 部活が始まる直前の時間、びっくりな知らせが桜台部長から発表された。

 わたしもレイも、能代くんも思わず立ち上がっちゃった。

 レイは立ち上がったっていうより、天井近くまで飛んじゃったんだけどね。


 あ……ちなみに、部活に顔を出したわたしに、桜台部長は笑顔で「おかえり」って言ってくれたんだよ。

 もう、それだけで感動のわたし。

 それなのに、さらにこんなびっくりなニュースまで聞いちゃったら……。


「毎年恒例というわけではないのだけど……こないだの舞台を気に入ってくれた人からお誘いがあったの。もっと大きな舞台でやってみないかって」

「もっと大きな舞台で……!」


 それって、すごいことだよね。

 学校の外の人たちにまで見られんだ。

 どうしよう。なんだかドキドキしてきちゃった。


「……まあ、それくらい当然ですけどね」


 座り直した能代くんが澄ました顔で言う。

 能代くんは本当に素直じゃない。

 わたしとレイは思わず顔を見合わせた。


「こっそりガッツポーズしてたのにな」

「ねー」

「居森さん、なんか余計なこと話してないか!?」

「余計なことは話してないよ!」


 ジロ! とすごい勢いで能代くんに睨まれて、わたしはぶんぶんと首を振る。

 見えないレイまで一緒になってぶんぶん。

 ウソじゃないよ。余計なことじゃないもんね。

 それにしても、能代くんってば地獄耳なんだから。

 って、あれ?


「そういえば、柱センパイは?」


 さっきから姿がどこにも見当たらない。今日は休みなのかな?


「ああ……居森さんは休んでたから知らなかったわね。詞子は……」


 うーん、と唸った桜台部長が、手を頬に当てる。

 それからコテンと可愛らしく首を傾げてみせた。


「最近、一生懸命何かを調べてるみたいで」

「調べてる?」

「もしかしたら新しい台本を考えているのかも。あの子、夢中になったら集中力がすごいから……最近は空いてる時間はだいたい何かを調べ回ってるみたいなの。あ、ちゃんと部活の時間には来るから安心してね」

「そうなんですか……」


 詞子センパイのそういう行動は、何も今に始まったことじゃないみたい。

 むしろ演劇部の中では名物みたいなものよ、って桜台部長はクスクスと笑った。

 柱センパイ、一体何を調べてるんだろう……?

 ともかく、新しい目標ができた。夏休み明けの、大きな舞台!

 今は七月だから……夏休みがあるといっても、練習していたらきっとあっという間だ。


「頑張ろうな、千秋!」


 笑顔で親指を立てるレイに、わたしはにっこりと笑い返した。


「うん!」


 ……とはいえ、ね。

 心配は、あるんだよね……。



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